ピリカの寝言

twitterに書くには長くなりすぎて連投が面倒なので、noteを作ってみました

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最近の記事

チャンピオンのプロレス

神戸で新日本プロレスの興行を観てきた。 この日、一番印象に残ったのはIWGPジュニアのタイトルマッチだった。 DOUKIというチャンピオンに金丸義信というベテランが挑むかたちの試合なのだが、とにかくこの金丸という男が上手い。それもそのはず、98年にジャイアント馬場が率いる全日本プロレスでデビューし、同団体のジュニアシングル、タッグ王者を経験、その後三沢光晴らと新団体ノア旗揚げに参加し、ここでもジュニアのシングルとタッグ王者として、ノアジュニア黄金期に君臨した名レスラーなのだ。

    • やましさ

      最初に下山事件のことを知ったのは松本清張の本だった。『日本の黒い霧』を読むと、ああ世の中は陰謀陰謀また陰謀、という感じになるのだけれども、清張作品の面白さはそのスレスレ感というか、向こう岸に乗り出した感にあるので、そこに収録されていた下山事件論もまたすこぶる刺激的で、すこぶるあやしい。 下山事件について書かれた本は何冊か読んだ。結論が出たわけでもないのでなんとも言えないのだけれど、今のところは柴田哲孝の本が「決定版」のような扱いになっているのだろうか。この作者の本が出る近辺に

      • 楽園

        漫画の闇金ウシジマくんに楽園くん編という章があって、90年代から2000年代にかけての大都市圏にいた人間には、借金云々はともかく、なんとなく知っている空気感が詰まっている。 80年代後半以降、求人情報からのし上がった企業が煽りに煽ったフリーターというまぼろしは、24時間働けますかという企業戦士像と対になって時代相を描いていた。フリーター幻想はノマドワーカーと非正規雇用の二極というか、明暗というか、わかりやすい対比となって今もいきている。もう少し前はイケハヤ現象のようなかたちを

        • 米騒動

          70年代にはオイルショックがあってトイレットペーパーの購入に人が溢れ、という報道写真は何度もみたが、その頃の直接的な記憶はない。それ以降そんな騒動は平成の冷夏による米不足騒ぎくらいしか体験することがなかったが、令和に入って感染症騒動でトイレットペーパーやマスクがなくなり、今年は新米が出回る直前に南海トラフへの不安がひろがった時期に店頭から米が消えることになった。 わたしの生活圏である大阪や京都の郊外地域では、どのスーパーにも米がなく、パックご飯ですら玄米系のものが少し在庫して

          新札がでた

          今回は小ネタ。 新しいお札、まだ馴染まない。渋沢と北里ががっしり型のせいで何となく被った印象があって、もう少し違うキャラのやつはおらんかったんか、とおもったりする。そうおもうと、諭吉-一葉-英世の並びはキャラがバラけていてよかった。 わたしの子どものころは、まだ聖徳太子黄金時代で、伊藤博文と岩倉具視がふんぞりかえっていた。使うひとはほとんどいなかったが、ごくたまに板垣退助の百円札をみかけることがあった。そのなかでも、伊藤博文の千円札は全体的にカラフルな作りになっていていまだに

          性善説

          わたしは性善説を採っている。今まで書いてきたことを読んでくれたひとからすれば「?」かもしれないけれども。 厳密にいえば「善」ではないのかもしれないが、満足や納得、得や利、プラスのようなことまで含めて、わたし達は選択のなかで自分自身を含めた誰かにとって、何かにとっての「よきこと」以外の選択ができない。これがわたしのおもう性善説だったりする。 誰かに苦しみを与えるとか、何かを破壊するとかいうことも、己の快に向けて舵がきられている。これは自分以外には悪や害であっても、自分自身に対し

          否定肯定

          否定神学、という方法論がある。「〜ではない」というもの言いでしか語れない「ありよう」を通じて神を語る、いや神を称えるしぐさと言えばいいだろうか。 世の中には、とかく否定的なことばばかり吐いてしまうひとがいる。それを真に受けると彼の世界は破滅しか残らなくなるのだけれど、そのことばを杭のようにして立てていった場所を遠くから見つめると不思議となにかの輪郭線のような絵柄が浮かび上がることが多いと感じる。ことばの結界によって、何かを守ろうとしている姿は、多かれ少なかれ否定神学のかたちを

          力とはなんだろう

          昔、松本健一という研究者がいて、昭和の超国家主義などについて色々と書いていた。人によっては、民主党政権時の内閣官房参与だったことを覚えているかもしれない。このひとが大川周明について書いた本の中に忘れられない一節があった。それは日本の植民地支配に関することで、もちろん松本は戦前の日本のそうした帝国主義的なものが生み出した暴力や支配を否定するのだけれど、同時に植民地となった土地に住む人々をその場の旧政府が「守れなかった」ということ、弱さにまつわる罪は問われなくてよいのかということ

          力とはなんだろう

          時代のサンドイッチ・覚えていることなど⑨

          ムック本の別冊宝島から映画宝島が派生して、最終的に雑誌・映画秘宝になっていく流れと、宝島本誌がバンドブームとともに一時的に肥大しつつも弱体化して、サブカル雑誌の要素が雑誌・SPAやTVブロス等に散っていくのはパラレルになっている。 前にも書いたけれども、宝島30という派生雑誌があって、別冊宝島でよく見かけた呉智英関連の評論家、ライターが重用されていた覚えがある。90年代以降の保守はそういう文脈から出てきたという感じがあって、かれらの仮想敵は「ポストモダンがどうとか言っている連

          時代のサンドイッチ・覚えていることなど⑨

          広く、遠く

          松岡正剛が亡くなった。 SNSではいろんなことが言われている。言われるだろう、ともおもっていた。自分自身がそこそこに年齢を重ねると、ひとの死と、そこに重ねられることばの関係を、そこそこ見ることになる。このくらいの年齢のひとならこういう言い方をするだろうとか、こういう職種のひとならこういう反応をするだとか、そういった諸々を再確認させられ続けるのが加齢ということなのかもしれない。 松岡正剛の方法論を好まないひとがいるのはよくわかっている。このひとがサジェストすることがどういう効果

          ひげ

          昔、ヤンキー漫画には口ヒゲを生やしているキャラが、さほど疑問も持たれずに普通にいた。どおくまん先生のキャラはもちろんだが、ガクラン八年組の西条大鉄や、湘爆の原沢や権田、ビーバップの菊リン、男塾の富樫、押忍空手部の高木…時代によって流行りのカットはあるのだろうが、それぞれ皆、ヒゲを生やして通学している。 うちの親父も、高校時代に口ヒゲを生やしてみたところ、部活の鬼顧問にヒゲをつままれながら「おー、お前、貫禄やのう」と凄まれ、即、剃られたらしい。ほかにもイキってヒゲを伸ばしてる連

          ピヨピヨ音

          自分の人生で数少ない怪現象体験を、一度ある怪談会で話したことがあるのだけれど、苦笑というか、失笑というか、はいはい次、という状態になり、あまりに情けなくて、以後怪談絡みの人の集まりには近づかないようにしている。そういう扱いを受けても仕方ないような、ショボいはなしであることもまた確かで、言い換えれば、いわゆる「ザ・怪談」を体験するなんてことはレアケースなんではないかとおもっているのだがどうだろうか。 高校生の頃。わたしの住んでいた地域は、夏になるとあちこちで大小様々な規模の盆踊

          暑い

          わたしは関西在住なのだけれど、今年の夏はとにかく恐ろしく暑い。日差しが強すぎて、日傘なしには長時間外を歩くのは厳しい。 昔、夏の沖縄で、長時間原付で移動したことがあって、なんの対策もとらなかったことで肌が露出していた部分がひどい日焼けになって、皮膚科にいったら2度のやけどだといわれた。あのときの日差しの中の沖縄はなにもかもが白くみえたけれども、今日の昼飯どきの大阪もまたあの時のようにぼんやりと白かった。これが人間に見える紫外線のありようなのだろうか。 子どもの頃、南国に生まれ

          世界の半分の国が「敵」だった時代

          今の若いひとに、その雰囲気を伝えるのはとても難しいのだけれど、ソ連があって、東側諸国があった頃の世界は、今とは全く違うものだった。 今、わたし達は、行こうと思えばどこにでも行けるとぼんやりおもっているし、戦争でもしていなければ人はそこまで敵対していないし、しないものだとおもっている。しかし、世界が東西に分裂していたあの頃、その壁の向こう側に行くことは特別な意味を持っていた。おそらくどちら側にとっても。そしてその深刻さは同じような重さであるわけがなかった。 人々は思想を同じくし

          世界の半分の国が「敵」だった時代

          90年代サブカルの思い出・覚えていることなど⑧

          90年代は直前にあったネオンカラーがキラッキラの80年代を拒否して、ほこりをかぶっていた70年代の生の質感を再解釈する時代だったようにおもう。今は否定的なニュアンスで語られる「昭和」だけれど、90年代は昭和歌謡や和モノという枠で日本のレアグルーヴが掘り起こされていく最初期になった。 80年代の後半には、たとえばミントサウンドのようなレーベルからネオGSという括りが当てられたりもしていたのだけれど、70年代のレイドバックした感じや大仰なハードロックスタイルを嫌って60年代のクー

          90年代サブカルの思い出・覚えていることなど⑧

          どんでんからアレへ

          久しぶりに本のはなしをする。かつ、しょうもないはなしをする。 本屋に行くたびに、時間があれば一応大まかにそれぞれの棚をみるようにしている。さすがに大型書店の場合はパスする分野が出るが、まあなるべくざっとは目を通したいとはおもう。で、さほど興味はないのに、ついついパラパラとめくってしまうのが野球関連の本だ。選手名鑑とか技術論には全く手が伸びない。昔はパリーグの歴史本とかにも少しは興味があったが、今は監督経験者かく語りき的なやつが暑くてたのしい。 その中で、行くたびに毎回手にして

          どんでんからアレへ