チャンピオンのプロレス

神戸で新日本プロレスの興行を観てきた。
この日、一番印象に残ったのはIWGPジュニアのタイトルマッチだった。
DOUKIというチャンピオンに金丸義信というベテランが挑むかたちの試合なのだが、とにかくこの金丸という男が上手い。それもそのはず、98年にジャイアント馬場が率いる全日本プロレスでデビューし、同団体のジュニアシングル、タッグ王者を経験、その後三沢光晴らと新団体ノア旗揚げに参加し、ここでもジュニアのシングルとタッグ王者として、ノアジュニア黄金期に君臨した名レスラーなのだ。その後はフリーとなり、現在は新日本に参戦し、ここでもタッグ王者を奪取している。
そんな金丸のレスリングスタイルは旧全日スタイルを濃縮したような、今となってはクラシカルな展開の妙を感じるものだ。徹底した一点責めが、後半への伏線になり、否が応でも観客の感情にフックしていく。そういう意味では物語構成は長く、立ち上がりから一気に激するような感情のハイスパートレスリングとは一線を画している。細かな攻めで、観客の意識を「意識させたいほう」に誘導していく。相手の負傷ポイントなどあれば尚更だ。
執拗な脚攻めに苦悶するDOUKI。観ている限りでは、試合の展開を主導し続けていたのは金丸だ。観客の感情が痛みへの同情から攻撃への怒りに変わる時、DOUKIがそれをうまく拾い上げ、または反撃に失敗し絶望させ、何段階も織り上げていけるか。金丸はリング上のどこにいても、そのポジションで一番意味のある動きをしている。だから小憎たらしさが際立ち、空気のコントロールができる。残念ながらDOUKIは会場の空気感を切らしてしまった瞬間が何度かあったと感じた。
説得力。プロレスにおいてはこの要素が非常に大切になる。名勝負には圧倒的な説得力がある。それは勝ち方だけではなく、負け方においてもそうだ。切り返し合戦のような展開は鬼面人を驚かす式のもので、連発するとパズル的興味としてありきたりになり感動が薄れてしまう。ザックセイバーjrはパズルマスターとしての説得力を身につけたが、そのポジションは複数用意できるものでもない。
今回の大会のメインイベントは内藤哲也とグレートOカーンのIWGPヘビーのタイトルマッチだったが、今回も内藤は薄氷の勝利というか、土俵際に踏み止まり続けるというスタイルを極めたような、内藤的説得力に溢れた試合だった。引退前の武藤敬司もそうだったが、このスタイルに説得力を持てるには絶対的にキャリアが必要になる。いや、過酷なレスラー人生の中で積み重ねたダメージへの想像が、そのスタイルに観る側の感情を吹き込むのだろう。少なくとも、長らく日本のプロレス文化のなかで、クレバーな切り返しや一発逆転の関節技や締め技というのは、極めて限定的な立ち位置のレスラーの専売だった。
DOUKI金丸戦に戻る。金丸はていねいに自らの必殺技を、展開の中で順を追って重ねていく。それはコース料理のような、ある意味ではオールドスタイルの、同時に技量がなければできない、きちんとしたプロレスだ。最終時点でのDOUKIのラリアットに大きく回転し、反動で一瞬立つという、ミエが大きく、下手するとわざとらしく見える受けを、自然な流れで見せた時、試合の終わりをちゃんと締め括れるレスラーとはこういうものなのだと感動した。ああ、金丸はこれで立てない、という説得力を、金丸自身が完璧に表現してくれた。金丸が勝たせた、ではなく、DOUKIが勝てた、ということの説得力として。だからこそ金丸は尊敬を集めるレスラーなのだと。
試合前金丸は、DOUKIは防衛とか勝つとかそんなことばかり言って一番大事なものがわかっていない、チャンピオンというものがどういうものか教えてやる、と煽ったけれども、それは本当だったんだとわかった。馬場全日本から受け継いだ、ていねいな日本のプロレス、王道のタイトル戦のスタイルを金丸は伝えてくれた。今回は無理だったけれども、いつかグランドスラムを実現してほしい。しかし金丸は、ベテランヒールとして、今後もこんなプロレスをやる、それだけなのかもしれない。それもまた、格好いい。

以下余談。
今回のメインイベントを観て、内藤哲也の必殺技というか、キーになる重要な技は、掴んだ腕を引き込んで首筋周辺あたりに当てるエルボーなのではないかと思った。引き込みで芯が抜けた瞬間にいいところに当てられると想像以上に効く。受け合うエルボーやチョップとは別の、見た目は地味だけども相当ダメージを与える技だ。

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