ピヨピヨ音

自分の人生で数少ない怪現象体験を、一度ある怪談会で話したことがあるのだけれど、苦笑というか、失笑というか、はいはい次、という状態になり、あまりに情けなくて、以後怪談絡みの人の集まりには近づかないようにしている。そういう扱いを受けても仕方ないような、ショボいはなしであることもまた確かで、言い換えれば、いわゆる「ザ・怪談」を体験するなんてことはレアケースなんではないかとおもっているのだがどうだろうか。
高校生の頃。わたしの住んでいた地域は、夏になるとあちこちで大小様々な規模の盆踊りが開かれていた。その日もどこからかドスンドスンと太鼓の低音が、結構遅い時間にも関わらず聴こえてきた。ハードコアやなあ、とか思いながら、あっち側から聴こえるんやったらどこの盆踊りやろ、とか考えながら横になっていた。
その地域は隣あっている場所なのにほとんど関わりがない。集落とつながっている道も少なく、その道もやたら遠回りの上に細く使いにくいもので、人的交流も少なくなんの情報も入ってこないから、盆踊りがあるということも知らなかった。わたしの一家も引っ越してきた人間なので彼我の関係はよくわからない。そんな地域のほうから太鼓が聴こえてきたのだ。遊びに行きたいけど、そこそこ遅い時間だし諦めた。
そのうち、太鼓とは違う音がどこからともなく聴こえてくるではないか。それも、かなり非現実的というか、アナログシンセのような、ピヨピヨピヨピヨ、という音がするのだ。しかも、こちらに近づいてきている。自宅二階の部屋、戸障子を閉めた状態。そして障子越しにこちらに近づく謎の光がある。近づくほどにピヨピヨは大きくなる。
その時、わたしの頭の中には、いつぞや見た矢追純一スペシャルのキャトルミューティレーションとかのような感じでトラクタービームで吸い上げられるイメージが浮かんだ。これはまずい、あのピヨピヨに捕獲されたら怖いことになるんじゃないか、とビビり倒したわたしは、きっと連中は存在を知った人間を消しにかかるに違いない、だったらとにかく気付いてないふりをするしかないのではないか、ということで、ものすごく慎重かつ自然に見える様に寝ぼけてる風にタオルケットを被り、かつ「…うう、エアコン寒い…」とかいう寝言風のことばも付け加えつつ、身を捩り光に背を向けた。
目を瞑り、背を向け、さらにタオルケットを被ったことで光の様子はわかりにくくなったが、ピヨピヨは聞こえていて、それがさらに近づいたかとおもうと、今度は逆に遠ざかっていった。よかった…わしの寝ぼけてる演技がよかったのかな…などと思いながら障子を開けて外をみるといつもの風景だけがひろがり、太鼓の音はまだ響いていた。一応、一階にいた両親に聞いたがそんな光や音は聞いてない、と言われ、翌日学校で我が家と近い場所に家があるひとに聞きまくったがなんの収穫もなかった。それで、ああこれは誰に聞いてもダメなやつだ、と諦めて今日に至る。
これが怪談会で話した怪現象のはなし。特にピヨピヨピヨピヨという面白サウンドの再現に力が入ったことで、怖いはなしを求めて集まっていたひと達には大いに不評であったが、ピヨピヨ聞こえたんだから仕方ない。ついでに言うと、翌日以降黒いスーツとサングラスの男を目撃する、ということもないので、よくわからんが今のところピヨピヨの主にこちらのことは気づかれていないのだろう。あのタオルケットを被る自然な流れ。我ながら「役者やのー」と言わざるを得ない。
あと、今になっておもうのは、向こうのほうから聞こえてきた太鼓の音は、ほんとにほんとのそれだったのか。夜の10時にそんな音をさせて大丈夫だったのか。そもそも、盆踊りはほんとにあったのだろうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?