西崎景

どんな風に書いていくか試行錯誤中。1話目『これがあるからやめられない』→2話目『ラブレ…

西崎景

どんな風に書いていくか試行錯誤中。1話目『これがあるからやめられない』→2話目『ラブレターズ』→3話目『シグナル・レッド』更新中。週2更新目標です。twitter@nishizacky

マガジン

  • いつかの記憶、いつかの未来

    フルーツサンド屋「日々果」の日常、4作目。BLです。

  • 雨だれに傘を差す

    休業中の日本画家・雨谷智理(あまがいさとり)と、傘ブランドで働く木村全(きむらぜん)。日本画家の師匠である糸永との関係を忘れられない雨谷は、懐いてくる木村にも惹かれ始め…。BLです。

  • シグナル・レッド

    フルーツサンド屋「日々果」の日常、3作目。BLです。

  • ラブレターズ

    フルーツサンド屋「日々果」の日常、2作目。BLです。

  • これがあるからやめられない

    フルーツサンド屋「日々果」の国吉轍と城慧一の日常。BL。

最近の記事

nokto etapo 05

   エピローグ  建物の窓から漏れる明かりが一つまた一つと消え、街路は闇へと溶け込む。静寂が鎮座する夜の街において、テヤルト・レドの外灯は異次元への門のようだった。鮮やかな原色の看板が照らされ、道しるべのように浮かびあがる。  壁や窓の向こうから聞こえる大人たちの笑い声に、少年はベッドの中で身動ぎした。ようやく幼児を卒業するほどの年齢だ。その額を撫でていた母親は、あかぎれた手をわずかに離した。 「……うるさい」  不機嫌な声が少年の口から零れる。尖った唇は忙しなく動き、自

    • nokto etapo 04

         照らすもの  エードラムはカウンターの席に座りながら、前の二つを眺めていた。  最初の楽隊(バンド)はうるさい。演奏自体はうまいが、基礎がガタガタしている印象を受けた。舞台映えもして魅力もあるが、その演奏スタイルは聴く者を選ぶだろう。大丈夫、賛否はあっても好いてくれる奴も多いさ。  二つ目のトリオは、ちぐはぐ。一応の恰好はついているけれど、個々の技量も特徴もバラバラ。リュートは緊張しちゃってせっかくのいい音が出てないし、フィドルはうまいけどちゃんと合わせてない。ピアノ

      • nokto etapo 03

           一夜の集い  舞台に上がると、フィーロはマダム・ルイーゼに披露した時のように椅子に座った。リュートの弦を確かめる。  舞台後方に置かれたピアノの鍵盤に、メルキロは手を添える。向きを変えて、彼の声が響きやすいようにした。顔も見やすい。  アリアンは調律をしながら、目を閉じて集中していた。滑らかな指の動き。  三人の音が止む。  トンタンタララポン  リュートから曲は始まる。それにピアノの雨粒のような音が重なる。フィドルの低音がその屋根から落ちる雨だれを受け止めると、

        • nokto etapo 02

             ラインボ・スレブラ  裏手から扉を開いたリーエタットは、首を動かさないまま瞳だけで劇場内を見渡す。客入りは上々。所狭しと並んだテーブルには、老若男女を問わず酒と音楽を待っている人間が座る。後方に陣取った老人、友人同士だろう若い女性たちは前方隅の席、酒を煽りながら苛立つ男は中央に居座り、舞台ではなく客を見に来た派手な少女は全体が見られる斜め奥の席。そのテーブルと椅子と人間と酒瓶と紫煙と……ようするに、あらゆるものでごった返したフロアを掻き分けるようにリーエタットたちは進

        nokto etapo 05

        マガジン

        • いつかの記憶、いつかの未来
          6本
        • 雨だれに傘を差す
          13本
        • シグナル・レッド
          6本
        • ラブレターズ
          6本
        • これがあるからやめられない
          8本

        記事

          nokto etapo 01

           テヤルト・レドの主人であるマダム・ルイーゼは、カウンターの奥からその少年を見やった。  金茶色の短い髪、そして編んだベストや装飾品から判断するに、北のウアナティール王国の出だろう。未発達な背丈や体格、そして幼く生命力にあふれた顔は、成人もしていない年頃。毎日、様々な客を見てきたルイーゼは、己の目に疑いを持たない。 「で? ぼうや」 「フィーロです」 「そう。で、フィーロ。うちの舞台に立ちたいって?」  はい、と口で言うよりも速く、彼は首を縦に振る。そこに物怖じや遠慮はない。

          nokto etapo 01

          ラプンツェルの御用達【J庭サンプル】

          ※10/18 J.GARDENのサンプルです。 ※完成しなかったので途中までです。引きまで行かずに終わります。 『すわん亭』のテラスから夜更けの空を見上げる。  もう初夏になろうというのに、夜はまだ冷える。鵠(くぐい)はシャツの襟の中に首をしまいこんだ。  都心には珍しく低い建物が並ぶこの街で、ひと際大きなビルが嫌でも視界に入った。『家賃三桁』はする高級マンションで、ガラスの外壁に輝く夜景が映っている。屋上には住居者向けの庭園があり、緑が生い茂る様は近未来的だった。  地べ

          ラプンツェルの御用達【J庭サンプル】

          【音楽ファンタジー】ミミルの旋律・後編

           どこか沈鬱な空気が漂っている王城の地下酒場とは比べものにならないほどの活気が、ここには渦巻いていた。  狭い店内にはスラングが飛び交い、安酒と油まみれの皿が行き来する。意味を持たない鳴り物のリズムが心を高揚させ、人々の声は一層高くなった。  十年以上他国との大きな戦はないが、かりそめの平和であることを誰もが知っている。この休戦状態はどこかで破られるだろう。大陸各地にある『波』の観測所が、『世界の危機』を予見していた。それは、大陸全体を巻き込んだ戦乱になると、学のない者でもわ

          【音楽ファンタジー】ミミルの旋律・後編

          【BL連載】いつかの記憶、いつかの未来06

             城慧一・3 「城さんから、兄にもっと表に出るよう言ってくれませんか?」  と、歩ちゃんが言ってきたのは、歩ちゃんが大阪に帰る当日のことだった。  赤いキャリーケースを引いて店内に現れた歩ちゃんは、フルーツサンドを三つと甘夏サンドを二つ購入した。 「大阪まで?」 「はい。あ、でも、一つは帰りの新幹線で食べます」  三、四時間くらいか。長時間の持ち歩きはオススメしないが、できる限りの対処はしよう。保冷バッグに保冷剤を入れて、その中にフルーツサンドを詰める。お手拭き、それ

          【BL連載】いつかの記憶、いつかの未来06

          【音楽ファンタジー】ミミルの旋律・前編

           音は空気を震わせて、初めて人々の耳に届くという。  幼い頃、ヴァイオリンの師にそう教えられた。  世の理を知った時の新鮮な驚きを、ミミルは今も胸に留めている。  自分が弦を弾くと、空気にのって誰かに伝わる。空気に音色が満ち、皆は息を吸うように自分の音を取りこむ。  我ながら捻くれた支配欲と自己顕示欲だ、とミミルは自分を慰めた。  弓が弦を引っ掻くその行為の意味を、位置づけて、飲みこんで、ようやく尊厳を保っている。  三人の楽団員に目配せをする。はいはい、とでも言うような視線

          【音楽ファンタジー】ミミルの旋律・前編

          【まとめ】楽師が旅する物語チェスムジコ(暫定版)

          波が満ちた世界。 大陸の四つの楔となる波の石をめぐり、 国は争いをくりかえしていた。 そのわずかな隙間にある平穏な時代 ――楽師や傭兵、識者たちの物語である。    *** 『チェスムジコ』は、楽師が主役のファンタジーRPGです。 ただし、ゲーム本体は存在しません。 そのRPGをノベライズしている、というていで小説を書いております。 旅をする楽師が場末の劇場で演奏する姿や、酒を酌み交わす光景。護衛として雇う傭兵や、楽器をつくるマイスターたちとの出会い。やがて、国と国との

          【まとめ】楽師が旅する物語チェスムジコ(暫定版)

          【BL連載】いつかの記憶、いつかの未来05

             国吉轍・3 「こんにちは、フルーツサンドいただきました!」  突然、スタッフルームから聞こえた声に、俺と濱くんの体が跳ねる。完全なる不意打ちだ。  振り返ると、日々果の紙袋を掲げた歩がガラス越しに調理場を覗いて笑っていた。  濱くんに一時作業を任せ、俺はスタッフルームの歩の元へ進む。  ちらりと裏口を見ると、見慣れないキャリーケースが置かれていた。大阪に帰るのだろう。  どうやら、あれから両親に結婚することは報告したようだ。両親が関西へ行くのか、相手が東京に来るのかは

          【BL連載】いつかの記憶、いつかの未来05

          【BL連載】いつかの記憶、いつかの未来04

             城慧一・2 「菊ちゃんはさ、轍と初めて対面した時どうだった?」  オレの質問は、菊ちゃんの丸い目をさらに丸くさせる。店に客がいない隙間だったから、轍の名前を出したが、それも菊ちゃんにとっては驚きだったのかもしれない。 「あらあら、また今回は。どうしたの、急に」 「んー……」  子どもをあやすような口調になんだか情けない気持ちになるが、それと同じだけ甘えたい気持ちにもなる。大の大人だという事実をすっ飛ばして、菊ちゃんの前では高一の頃の自分になる瞬間があった。社会的な責任

          【BL連載】いつかの記憶、いつかの未来04

          【BL連載】いつかの記憶、いつかの未来03

             国吉轍・2  歩とは定休日の夜に夕飯を食べにいくことにした。休暇をとって戻ってきているから、平日でもいいと歩が言ったためだ。  赤坂に美味しい店があるから行きたい、と歩が場所を決め、俺は言われるままついていく。この辺りは慧一が少し詳しいが、俺は全くの門外漢だった。パティスリーだと、駅から十分ほど歩いたところにシュークリームが絶品の店がある。夕食後にはもう閉まっているだろうから、それが残念だ。  慧一のミッションをどう遂行するか、考えて唸る。笑顔で頬張る姿を想像すると、

          【BL連載】いつかの記憶、いつかの未来03

          【BL連載】いつかの記憶、いつかの未来02

             城慧一・1  歩ちゃんと轍が向かい合って座ると、やっぱり兄妹だな、と思う。背丈も体格も全く違うが、まっすぐな眉や口元がよく似ている。  さすがに轍と店内で話すことはできず、歩ちゃんは裏口からスタッフルームに入れた。午後の補充も一段落つき、轍が手を離しても大丈夫な時間帯だったのがありがたい。 「日々果って結構いろんなところに載ってるんだね、わたしも見たよ」  歩ちゃんはテーブルに置かれた雑誌に視線を向け、轍に嬉しそうに報告する。 「城さんばっかだけど」  やや棘のある言

          【BL連載】いつかの記憶、いつかの未来02

          【BL連載】いつかの記憶、いつかの未来01

             国吉轍・1 『日々果』から自宅に帰ると、こもった熱気が充満している。リビングダイニングのドアを開けると、西日の熱で蒸された空気に息苦しさをおぼえた。ベランダに続く窓を開け、夜の涼しい空気を部屋に入れこむ。  俺が扇風機のスイッチをつけると、郵便物を手に慧一がリビングダイニングに入ってきた。 「轍、実家からきてるぞ」  実家から?  心当たりがない。  怪訝に思いながら手を差し出すと、そこに慧一が置いたのは『国吉 轍 様』と印字されたハガキだった。母親のやけに達筆な字で

          【BL連載】いつかの記憶、いつかの未来01

          【BL連載】雨だれに傘を差す13(完)

             13  空は灰色から青へと色を変え、雨雲ではなく入道雲が浮かぶ。ますます蒸し暑さは加速し、照りつける日差しと相まって連日警報が出るほどだった。  智理は木村とともに、糸永瑞行の個展へ足を運んだ。暑さも人混みも嫌いだが、関係者のみに公開されるプレオープンデイだ。『NIHON-GA アンブレラ』と同じように早い時間に赴いた。  天井が高い広大なホールに、瑞行の作品が美しい配置で並んでいる。ほとんど来客はいない。そう安堵した瞬間、館長らしき男と話す宮と出くわした。形ばかりの

          【BL連載】雨だれに傘を差す13(完)