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nokto etapo 05

   エピローグ

 建物の窓から漏れる明かりが一つまた一つと消え、街路は闇へと溶け込む。静寂が鎮座する夜の街において、テヤルト・レドの外灯は異次元への門のようだった。鮮やかな原色の看板が照らされ、道しるべのように浮かびあがる。
 壁や窓の向こうから聞こえる大人たちの笑い声に、少年はベッドの中で身動ぎした。ようやく幼児を卒業するほどの年齢だ。その額を撫でていた母親は、あかぎれた手をわずかに離した。
「……うるさい」
 不機嫌な声が少年の口から零れる。尖った唇は忙しなく動き、自分を支配するだるさを何とか発散しようとしているようだ。
 下がった毛布を首元まで引き上げ、母は子どもの丸い肩口に手を置いた。
「あら、賑やかなの好きでしょう?」
 いつもなら、楽しげな声や音がお祭りのようだと目を輝かせるのに。母親がからかうように微笑むと、少年はさらに眉根を寄せる。
「だって、ママの歌きこえない」
 眠たい目で拗ねたことを言う我が子に、女性は小さく声を漏らして、その肩をゆっくりと叩き始めた。心音よりももっと遅く、ゆりかごを揺らすように。外の喧騒に負けないように、しかし眠りを妨げないように。彼女は歌いだす。
 はるか はるか とおく はるか
 めがみさまの うたごえが
 せかいのいろをつくった
 ゆらり ゆらり ゆれる なみが
 せかいのいろをなくして
 めがみさまの うたごえが
 せかいのいろをすくった
 細く、不安定で、掠れて引っかかる母の声に、少年は瞼を閉じる。尖らない、丸くこもった世界で一番耳慣れた歌声は、瞼の裏の真っ暗闇の世界にぼわんと弱い光を灯す。
 初めのメロディーに戻る。二番を知らないのか、母は鼻歌のように続ける。
 やがて、その声も聞こえなくなる。灯りがあったという、名残だけ。トクン、トクンと胸におもい音が響く。体の奥で震え、動いている。一番身近に鳴っているビートが、どことは知らぬ世界へ自分を連れていき、次の朝、きっとまたここへ帰してくれるのだ。アルテブルクの誰しもがそうして、今日も夜を越える。

(終)

【2013/08/18】

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