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雨だれに傘を差す

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休業中の日本画家・雨谷智理(あまがいさとり)と、傘ブランドで働く木村全(きむらぜん)。日本画家の師匠である糸永との関係を忘れられない雨谷は、懐いてくる木村にも惹かれ始め…。BLで… もっと読む
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【BL連載】雨だれに傘を差す13(完)

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 空は灰色から青へと色を変え、雨雲ではなく入道雲が浮かぶ。ますます蒸し暑さは加速し、照りつける日差しと相まって連日警報が出るほどだった。
 智理は木村とともに、糸永瑞行の個展へ足を運んだ。暑さも人混みも嫌いだが、関係者のみに公開されるプレオープンデイだ。『NIHON-GA アンブレラ』と同じように早い時間に赴いた。
 天井が高い広大なホールに、瑞行の作品が美しい配置で並んでいる。ほと

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【BL連載】雨だれに傘を差す12

   12

 小さな骨が、うすい皮膚を押し上げている。
 木村は智理の首の付け根を、指の腹で柔く撫でた。髪の間から脊椎がカーブを描いてタオルケットの中に潜りこんでいる。ところどころ吸った跡が赤く残っていた。
「ん……」
 くすぐったかったのか、寝返りを打った智理が木村の正面を向いた。
 胸の真ん中で力なくまとまった手、そのくぼんだ手首を見ながら、木村は昨晩ちからいっぱい握りしめた感覚を思い出す。

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【BL連載】雨だれに傘を差す11

   11

「どうして、よりによって白さんなんだよ」
 くそっ、と木村が地面を蹴った。
 情けない顔が上がる。智理と瞳が合うと、木村はふてくされたように肩を小さく落とした。
「悪い」
 大人げない所作を謝り、木村はまた大きく息を吐く。
「安心した。既読ついたのに返信ないから、また倒れてるかと思った」
 どう返したらいいかわからないまま智理の家に宮が来訪して、メッセージを放置してしまっていた。
 

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【BL連載】雨だれに傘を差す10

   10

 自分を引きずるように自宅へ戻ると、買った食材を冷蔵庫にしまえないまま、智理はしばらくちゃぶ台に倒れこむ。
 どうして、こんなに自分を持て余すのだろう。木村は……木村だったら、どう振る舞うだろうか。
 あの憎らしいほど輝いている笑顔は、やはり手にすることができない。そう打ちのめされた気分だ。

 ピンポーン
 チャイムが鳴った。
 智理は鈍る足を叱咤して、サンダルをひっかけ引き戸を開

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【BL連載】雨だれに傘を差す09

   09

 朝起きると、何日ぶりかの青空が広がっていた。
 すぐに次の低気圧が来て夜から雨だと天気予報が告げるので、智理は溜まった洗濯物を洗う。
 傘立てを確認して昨夜、木村が差した夕日の傘は会社から持ってきた新品だとわかった。愛用していた方は、どうやらどこかに忘れてきたらしい。せっかくの晴れ間に干そうと思っていたのに、かわいそうなことをしたと智理は肩を落とす。
 せかせかと家事をするのは、昨

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【BL連載】雨だれに傘を差す08

   08

 体が冷たい。
 寒気に意識が表出する。
 暗くぼやけた視界に智理が目を凝らすと、そこは自宅の客間だった。少し離れて土間が映る。
 畳の固い感覚が体に響いた。手足を丸める。
 あれから、どうやって帰ってきたのか憶えていない。髪や服がびしょ濡れだ。傘を差さなかったのか、どこかへ忘れてきたのか。
 真っ暗な室内に、雨音が聞こえる。
 怖い。
 雨粒が降る音の小さな振動が、棘のように智理の

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【BL連載】雨だれに傘を差す07

   07

「智理が来なくなってからかなあ」
 尚枝は前を見据えたまま、世間話のようなトーンで話し始めた。
 喋ると動く薄い頬を見て、智理はシートベルトに指を引っかける。
「お父さん、元気なくなっちゃって。孫みたいなものだから、しょうがないかなって思ってたんだけど、ちょっと長く引きずりすぎておかしいなって。それで病院の検査受けたら、認知症って」
 スコン、と側頭部を強い力が殴った。視界が点滅し、

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【BL連載】雨だれに傘を差す06

   06

 さて、と話題転換をはかるように、宮は上体を前へのりだす。
「今日は僕から説明するだけだけど、もし智理がOKなら主催との打ち合わせにも参加してほしい」
 宮の指がテーブルに散らばったコピー紙に触れる。
 ホチキスで冊子にまとめられた資料を宮から渡され、智理は姿勢を正した。ぱらぱらと捲り、目に入った文字や画像を拾う。
 一ページ目に戻ると、尚枝からのメールにあった『描(びょう)――糸永

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【BL連載】雨だれに傘を差す05

   05

 雨戸の向こうから、シトシトと静かに雨が降る音が聞こえた。
 頭が重い。昨夜のことを考えながら眠ったからか。
 スマホから機械的なメロディーが流れている。アラーム音ではない。
 智理は錆びついた腕をのばす。スマホを掴むと、霞む視界で相手先を確認できないまま通話ボタンを押した。
「……もしもし」
 聞こえてきたのは、涼しげで明瞭な声だった。
『あはは、ひどい声だ。さては、寝てたな』
 

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【BL連載】雨だれに傘を差す04

   04

 木村が智理にそうする根元に何があるのか、わからないわけではない。直接的な言葉にはしないが、視線に、口元に、手に、所作の全てに心は滲んでいる。
 紳士的で友達然と接するその奥に、似つかわしくない色を見る。
 智理は自分の容姿について認識はしている。線が細く、女性から「美人」とよく言われた。そして、一部の同性愛者から好まれることも、この何年かでよくわかっていた。
 自分が羨望する相手が

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【BL連載】雨だれに傘を差す03

【BL連載】雨だれに傘を差す03

   03

 スーパーストアのカゴを手に取り、智理は買い物リストを確認しようとスマホを叩く。
 スリープを解除すると、母からショートメールが入っていた。
『もう描かないなら、あの家売ろうかと思うんだけど、どう?』
 まず脳を支配したのが怒り。その後、すぐに悲しさに取って代わった。
 両親にとって、描かない自分に価値はないのだ。少なくとも、あの土地代に勝るだけの価値は。

 幼い頃から、両親は智理

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【BL連載】雨だれに傘を差す02

【BL連載】雨だれに傘を差す02

※やや性表現あり

   02

「雨谷先生、か」
 久しぶりの呼び名に、智理は胸のしこりがまだあることを確認した。当然だ、消えるわけがない。停滞したままで、消えるわけがない。
 春になる頃から『先生』と呼ばれていない。智理がそう望んでいるからだ。
 自宅への坂道をのぼる。急勾配で足取りは重くなる。
 早見總本店とのコラボから、智理は作品らしい作品を生み出していない。いや、『NIHON-GA アン

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【BL連載】雨だれに傘を差す01

【BL連載】雨だれに傘を差す01

 雨は少し安心する。
 名前に『雨』という漢字が入っているからだろうか、と雨谷智理(あまがいさとり)は考えて、傘立てに置きっぱなしの雨傘を取った。
 梅雨の早朝は灰色の雲が空を覆い、水気が肌にまとわりつく。まだうすく残る冷気を感じるが、数秒経てば皮膚の下から汗が滲んだ。
 玄関の引き戸を閉め、砂利の中に置かれた飛び石を踏んで門扉を出る。
 不透明に濁る空を見上げると、傘の内側に描かれた風景が視界に

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