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お猿さんファミリー

動物園のお猿さんファミリーのほっこり話です。

お猿さんたちが何を喋っているのか不明です。

私にも分かりません。

それは皆さんの想像にお任せします。

宜しければ読んでやってください。

登場人物
・飼育員
 猿渡さん:猿の世を渡り歩いた、この道30年の大ベテラン。
 猿飼さん:5月から猿園担当になった新人さん。代々猿飼育員の家系。

・猿園のお猿さん(合計5匹)
 大二郎:猿の父親
 町子:猿の母親
 中二郎:猿の息子(長男)
 小二郎:猿の息子(次男)
 市子:猿の娘

・お客さん
 赤帽子A〜C:小学生
 白帽子A〜C:小学生
 女性:先生
 爺さん:爺さん(夫)
 婆さん:婆さん(婦)


お猿さんファミリー

ある街。

ある動物園の猿園。

5匹の猿たちが暮らす。

全員が家族。

大二郎と町子。

そして、その子どもたちが3匹。

中二郎、小二郎、市子。

今日もいつもと変わらず元気に暮らす猿たち。

大二郎:「ウキーッ!ウッ、ウッ、ウキー!」

町子:「ウキ、ウキ、ウッウッ」

大二郎と町子は昔からすごく仲良しで有名だ。

この街の広報誌の表紙を飾るほど。

夫婦関係が悪くなれば動物園に行って大二郎と町子を見てこい!と誰かが言ったとか、言わなかったとか。

真偽の程は分からないが、いつの間にか夫婦円満、恋愛成就のスポットになっている。

猿園の他のお猿さん達は何をしているのか。

皆、思い思いに木の枝によじ登って遊んだり、寝転んでみたり。

今日も楽しく過ごすお猿の子どもたち。

猿園の前に人集りができ始めた。

赤白帽子を被った子どもたち。

小学生の遠足だろうか。

赤帽子A:「お猿さんだ!」

赤帽子B:「あそこのお猿さんは先生みたいだ」

肩まで伸びた長い茶色の髪の毛の女性。

おそらく、この女性が先生。

女性:「こら〜!何を言うてるの!?先生の方が可愛らしいでしょう〜?絶賛彼氏も募集中よ〜!」

赤帽子B:「お猿さんがいい!」

赤帽子C:「お猿さんの方が可愛い」

女性:「ああ、そうですか。ハイ!じゃあ、次はフラミンゴでも見に行きましょう〜!米津玄師さんがいるかもよ〜」

白帽子A:「米津玄師さんって誰ですか?」

白帽子B:「先生の元カレ?」

咄嗟に赤帽子を被った子がシッと指を口元に立てて、小声で呟く。

赤帽子C:「そこは触れちゃダメ」

白帽子C:「喧嘩した時はここに来た方が良いって母ちゃんが言ってた!」

赤帽子B:「先生も早く来たら良かったのに、ね〜」

子どもたちの会話を小耳に挟んだ女性は小学生相手でも容赦無く嫌味を口にする。

女性:「人生色々あるのよ〜、未だ分からないでしょうけど〜!ハイ!移動します!先生に着いてきてください!」

どうやらこの女性は最近パートナーと別れたらしい。

女性と子どもたちは猿園の前から離れていった。


猿園では大二郎と町子が仲良く毛繕い中だ。

大二郎:「ウ〜ウッキ、ウキッ」

町子:「キ〜キ〜、ウキー」

大二郎は腕を伸ばして背中を触る。

大二郎:「ウキキ、ウ〜」

町子:「ウキ、キー、ウッキー」

町子は大二郎の背中を毛繕い。

大二郎も町子も表情は特に変わらず。

大二郎:「・・・」

町子:「・・・キ」

大二郎:「ウキ・・・・ウー、ウッキ〜ウッ」

町子:「ウッウッウ・・ウッキ〜・・」

大二郎:「・・・」

町子:「ウッキーウッウッウ〜ウキ〜」

大二郎:「・・・ウキ」

大二郎は背中の毛繕いに満足したのか立ち上がる。

それを見つめる町子。

町子:「・・・」

大二郎は床に落ちていた木の実のようなものを右手で掴み口に放り込む。

食べ物では無いと分かると口から吐き出す。

それを無言で見つめる町子。

町子:「・・・」

次に大二郎は町子の後ろ側へと向かった。

どうやら今度は町子の背中の毛繕いを始めるようだ。

町子の表情は変わらない。

しかし、そこには嬉しさと同時に早く始めてくれと言わんばかりの空気感が漂い出す。

大二郎も早く始めれば良いのだが、なかなか始めない。

何を勿体ぶっているのか。

大二郎が町子の背中に手を伸ばす。

大二郎は町子の背中の毛繕いを始める。

大二郎:「ウキッウキッーウ〜ウッキ〜」

町子:「ウッキー、ウ〜ウ〜キ〜」

大二郎:「・・・キッキッウ〜」

町子:「・・・」

大二郎:「ウッキ〜・・ウッウッウ・・ウキ〜」

町子:「・・・」

大二郎:「・・・ウキ」

町子:「・・・」

町子は大二郎の毛繕いを払い除けて背中に左手を伸ばす。

ここを重点的にしてくれと言わんばかりに。

どうやら位置が合ってなかったみたいだ。

大二郎も気が付かなかったのだろう。

大二郎:「・・・ウッキ」

町子:「ウ〜ウ〜ウ〜・・ウッキ」

大二郎:「ウッキー・・キキ」

町子:「ウ〜ウ〜・・・ウッキー」

大二郎:「・・・ウーキー」

町子:「キ・・・」

そんな大二郎と町子の毛繕いの様子を外から見守っていたのは高齢のご夫婦。

爺さん:「おお、婆さんや、大二郎と町子が毛繕いしとるわい」

婆さん:「あらそうなのですね。こうして爺さんとまたここに来れて幸せですよ」

爺さん:「急に何を言い出すんじゃ。わしもじゃよ」

婆さん:「初めてあなたと出会ったのは忘れもしないこの猿園の前です。あの時のことを覚えていますか?未だ猿園の側に大きなソメイヨシノの木がありましたよね。もう桜は散って若葉が生い茂っていた頃でしょうか・・・」

爺さん:「もう何十年も昔の話じゃな。あの時、わしは婆さんを見て一目惚れしたんじゃよ」

婆さん:「あなた、少し離れたところからソメイヨシノの木を写生していたでしょ?私はちょうどソメイヨシノの木の下で休憩していたところで・・・」

爺さん:「そうじゃ。わしはソメイヨシノを描きに来たのに綺麗な女性に目が奪われた。心がその女性に釘付けになった。ソメイヨシノの若葉を描こうにも、目は婆さんにいっとったよ。これが一目惚れと言うやつかと思ったわい。」

婆さん:「あら、そう言ってくれると嬉しいわ」

爺さん:「ソメイヨシノの若葉の葉脈を描こうと必死に目を凝らしていたら、気が付いたら婆さんの顔の輪郭や風で靡く髪の毛を描いておった。あの時の可愛らしいピンクのワンピースを着た婆さんの姿を今でも鮮明に覚えているよ」

婆さん:「・・・・・」

爺さん:「もう今年は桜が散って若葉のソメイヨシノしか描けないと思っていたから、あの時の婆さんはこれまでに見た中で一番綺麗な桜に見えたよ」

婆さん:「まあ、爺さんは昔から褒め上手ですね」

爺さん:「今の婆さんもすごく素敵じゃ。わしにとって世界で一番綺麗な桜じゃ。でもこうして二人寄り添っていつまでもここに来れるというのは幸せなことじゃよ」

婆さん:「爺さん、ありがとう。私も爺さんの若い頃の姿が今でも瞼の裏に焼き付いておりますよ。今の爺さんもきっと素敵な爺さんになったのでしょう。少し顔を触らせてくれませんか」

爺さん:「いいとも、ありがとう」

爺さんは婆さんの手を掴みながら自分の顔の位置まで持ってきた。

婆さんは呼吸を整えるようにゆっくりと息を吸う。

皺が入り骨が浮き彫りになった婆さんの手が優しく爺さんの顔を包み込む。

爺さんの頬、少し高い鼻、ほりの深い目、逞しい毛量の眉毛、皺の入った額、爺さんの唇、顎を触ると柔らかい顎髭も生えていた。

婆さんは爺さんの顔を優しく触りながら温かくも柔らかい笑みを浮かべた。

次第に婆さんの手は小刻みに震え出した。

そして、婆さんの目からは一雫の涙も流れていた。

婆さん:「やっぱり爺さんは歳を取っても男前ですね。ありがとう」

爺さん:「ありがとう。婆さんと一緒じゃよ」

爺さんは震える婆さんの手を優しく握ってやった。

二人は束の間、猿園を眺めた。

しっかりと強くお互いの手を握りながら。

大二郎と町子は毛繕いを終えて仲良く身を寄せ合っている。

まるで爺さんと婆さんのようだ。

爺さん:「そろそろ、お腹も空いてきたし移動するとしようかのう」

婆さん:「そうですね。行きましょうか」

爺さん:「では、行くかの。また一緒にここに来ような」

婆さん:「はい」

婆さんは自分の右手を爺さんの左腕に廻す。

左手には白杖を持って。

爺さんは猿園の大二郎と町子に向かって一言だけ呟いた。

爺さん:「ありがとう。また来るからな。元気でな」

高齢のご夫婦は猿園を後にした。

その後ろ姿はまるで大二郎と町子のようにも見えた。


猿園では大二郎と町子から生まれた子どもが3匹いる。

皆、楽しく戯れ合っている。

その子どもたちというのが中二郎、小二郎、市子だ。

3匹とも猿園の見物に来たお客さんには気にも止めずに戯れ合う。

中二郎:「ウッキー・・・ウ〜ウ〜キー」

市子:「ウッウッウ〜ウッキー」

小二郎:「キッキーウッキー」

市子:「ウ〜・・・ウッキ〜」

中二郎:「ウッウッ〜・・ウッ」

市子:「キッキー・・ウッウッ」

小二郎:「・・・ウッウッウ」

3匹が戯れあいに夢中のところ猿園の奥の扉がゆっくりと開く。

モスグリーンの作業着を着た二人の飼育員が入って来た。

その手に持つバケツにはバナナやリンゴが溢れんばかりに入っている。

猿園にもお昼の時間がやって来た。

中二郎、小二郎、市子の3匹は飼育員の足元に近寄る。

それを遠目から見ている大二郎と町子。

大二郎:「・・・ウキ」

町子:「・・・」

猿園を担当する飼育員は猿渡と猿飼。

猿渡はこの道30年の大ベテランだ。

猿の世を渡り歩いてきただけのことはあり、この猿園のお猿さんたちも猿渡の言うことは素直に聞き入れる。

猿飼はこの5月から猿園の担当になったばかりの新人飼育員。

どうも先祖代々猿の飼育員をしてきたらしい。

それもあってか他の新人飼育員より猿園のお猿さんたちにも直ぐに受け入れて貰えた。

猿渡:「猿飼、そっちの餌はこの辺に置いておいてくれ。それが終わったら少し園内の掃除をしてくれ」

猿飼:「はい!わかりました」

猿飼はバケツに入った餌を慎重に猿園の所定の位置に置いた。

中二郎、小二郎、市子は我先にと餌に手を伸ばす。

猿渡はもう一つの餌を大二郎と町子の近くに置いて園内の掃除を始める。

お猿さんたちは器用にバナナの皮を剥きながら口いっぱいに頬張る。

猿飼:「猿渡さん、このホース途中で穴が空いているみたいです。新しいのを事務所から取って来ます!」

猿渡:「穴空いてる!?本当だな。まあ、今日は掃き掃除くらいにしておこう。明日来る時に事務所から新しいものも一緒に持って来てくれるか」

猿飼:「はい!わかりました。それじゃあ今日は掃き掃除だけで」

猿渡:「うん、頼んだ」

お猿さんたちの食事中に二人は猿園の掃除を行う。

猿渡はさすがこの道30年も猿園の担当をしていることだけあって勝手が分かっている。

大二郎と町子の食事中はあまり2匹に近寄らないようにしたり、食事を邪魔しないようにテキパキと掃除をする。

猿飼の方はまだまだこれから、といった感じだ。

中二郎、小二郎、市子に時々威嚇されながらも掃除をする。

ある程度掃除を終えたところで猿渡が口を開く。

猿渡:「なあ猿飼、大二郎の親を知ってるか?」

猿飼:「え?いや、全く知らないです。そもそも大二郎はこの猿園で生まれたのですか?」

猿渡:「なんだ、知らないのか。そうだ。大二郎はこの猿園生まれだ。オスの父親が特二郎でメスの母親が村子。村子は町子と一緒で別の動物園からやって来たよ」

猿飼:「へー、そうだったんですか。大二郎にも兄弟いたのですかね?」

猿渡:「ああ、大二郎にも兄弟がいたな。皆、他の動物園に行ってしまったが。今ここにいる中二郎、小二郎、市子の3匹のうち2匹もいずれ巣立っていくことになる」

猿飼:「そう思うと何だか寂しいですね。親の気分というのか、感慨深くなります。」

二人の間にちょっとした静寂が訪れる。

お猿さんたちの食事をする咀嚼音だけが聴こえてくる。

先に話し出したのは猿渡だった。

猿渡:「そう言えば、猿飼には彼女いるんだっけ?どうだ?仲良くしているのか?」

猿飼:「ええ、まあ。ありがとうございます。実は最近休みが合わなくてあまり会えていないんです。それに以前電話で喋った時につい変なことを言っちゃったみたいで。向こうはあまり気にしていない様子だったんですが・・・」

猿渡:「そうか・・・それなら今度休みを合わせて二人でこの猿園に来たらどうだ?大二郎と町子を見に来るのも良いかもしれんぞ。きっと何か良いことが起きるはずだ。喧嘩したりした時はここの猿園に行けって昔から言うしな。まあ、嘘か本当かは俺も分からないけどな」

猿飼:「ありがとうございます!彼女を誘ってみます!大二郎と町子を二人で見たら何か起きるかも!」

猿渡:「おう!がんばれ!それじゃあ、空いたバケツとゴミ袋を回収して事務所に戻るとするか」

猿飼:「はい!」

猿園の奥の扉から外に出て表側へ回る。

表から再び猿園を見ると大二郎と町子は毛繕いをし、中二郎、小二郎、市子の3匹は再び戯れあい始めていた。

いつもの平和な猿園の光景があった。


その日の夕方、猿飼は帰宅前に猿園に寄った。

閉園時間はとうに過ぎており、辺りには誰一人としていない。

猿飼は大二郎と町子の前にやってきた。

猿飼:「今度彼女と一緒に来るからよろしく頼むな!大二郎、町子・・・」

そう小さく呟くと猿飼は駐輪場の方へ歩いっていった。

猿飼の背中は嬉しくて喜ぶ子どものように見えた。

大二郎と町子は二人身を寄せ合って座っている。

大二郎:「・・・ウッキ」

町子:「ウ〜ウ〜ッキ」

辺りはすっかり暗くなり、夜の帳が下りた動物園では園内の街灯だけが眩しく輝いていた。

遠くから夜行性動物の鳴き声が聞こえてきた。

終。











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