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【エッセイ】駿河③─徳川家康について─『佐竹健のYouTube奮闘記(74)』

 駿府城を巡ったあとは、近くにあった博物館へと向かった。

 博物館には、徳川家康についての展示がなされていた。主なものとしては、家康の生涯や海外との関わりといったところであろうか。

(徳川家康か)

 一般的な日本人が戦国武将と聞かれると、織田信長、明智光秀、豊臣秀吉と並んで必ず名前が出てくる武将だ。また、都民ならこの名前を必ずといっていいほど耳にする。 

 徳川家康は征夷大将軍の職を息子秀忠に譲って大御所となったあと、ここ静岡の駿府城で余生を過ごした。そして死後は久能山に埋葬された後、日光に改葬され、東照大権現という神になった。

 そんな家康の展示が、この博物館の二階ではメインとなっている。

 生涯の展示については、駿府の今川氏のもとで過ごした人質時代、武将として独立したとき、秀吉の家臣として仕えていたとき、関ヶ原の戦いで石田三成を破り将軍となった後、将軍職を秀忠に譲って駿府に隠居してから亡くなるまでのことが展示されていた。

 特に若い時と隠居時の展示が充実していた。

 若い時のものとしては、家康が青年時代に着てぽいた黒い鎧があった。隠居時のものとしては、イギリスから輸入してきた望遠鏡を復元したものを展示している。

 江戸時代といえば鎖国しているイメージが強いかもしれないが、家康在世のころの江戸幕府は、他国との貿易も積極的に行っていた。

 その国々は、明(後に清国になる)や朝鮮、スペイン、ポルトガルといったところだろうか。もちろんオランダも入っている。

 意外なのはイギリスである。

 当時のイギリスは、日本からかなり離れていた島国であった。そんな島国同士が交流していたと考えると、少し胸が熱くなる。


 家康に関する展示を一通り見終えたあとに、

「家康のイメージを書いてみてください」

 と書かれたパネルがあった。パネルの下には、鉛筆と消しゴム、そして付箋か置いてある。

 パネルには家康のイメージが書かれていた。家康のイメージには、

「腹黒たぬき親父とは違う」

 とか、

「忍耐強い人」

 といった感じのことがよく書かれていた。

(徳川家康のイメージか…)

 私は鉛筆と付箋一枚を手に取り、徳川家康のイメージについて考えた。


 徳川家康という人物は、我々凡人に限りなく近い人物である、と私は思う。

 奥州筆頭伊達政宗、甲斐の虎武田信玄、越後の軍神上杉謙信、日の本一の兵真田幸村、保守的な革命児織田信長、日本で一番出世した男豊臣秀吉、将軍に近づいた男三好長慶、剣豪将軍足利義輝、ボンバーマン松永久秀、文武両道のチート武将細川藤孝、策士毛利元就、薩摩の狂戦士島津義弘……。

 ここに挙げたのは、戦国時代を語るうえで欠かせない人物だ。歴史に名を残す戦国武将は、みんなキャラが濃い。良くも悪くもやってることが常軌を逸している。

 彼らには、様々な逸話がある。一騎打ちをしたとか、劇的な討ち死にをしたとか、一代で国を盗ったとか、わずかな軍勢で大人数を討ち取ったとか。他にも70回戦って3回ぐらいしか負けてないとか、有名な人物を討ち取った(もしくは討ち取りかけた)とか、武だけでなく文化にも精通していたなど、その逸話を逐一挙げていたら、キリがないくらいである。

 戦国の世が産んだ怪物は、これだけではない。一芸に優れた人物や奇人変人もたくさん排出している。

 一芸に優れた人物だと、武では剣聖塚原卜伝や信長を狙撃した杉谷善住坊、流浪の関白にして軍師である近衛前久などがいる。文化面では、茶道の原型を作った村田珠光、侘茶を完成させた千利休、儒学者藤原惺窩、連歌師里村紹巴だろうか。変人については、やはり前田慶次が一番有名だ。他にも、家康とは世代が離れているが、戦国乱世が生み出した奇人変人の一人という意味では、細川政元という人物も入る。

 当時全国各地にいた少年マンガのキャラのように濃い人たちと比較すると、徳川家康という人物が人間味ある人物に感じられる。

 一番家康の人間味を感じる話が、やはり三方ヶ原の戦いで脱糞をした話だろう。

 武田信玄は足利義昭から信長追討の御教書を得て、3万の軍勢を率いて遠江を攻めた。このとき浜松まで攻めたのだが、信玄は浜松城を攻めること無く迂回した。

 素通りされては武士のメンツに傷がつくと思った家康は、信長からの援軍を合わせた1万1000の軍勢を率いて信玄の大軍と戦った。

 3万VS1万1000。やりようによって勝てる見込みは無いわけではなかったが、陣形をミスしたことで退却せざるを得なかった。また、信玄の迂回は家康を浜松城から誘き出すための策であったとも言われている。

 迫り来る武田軍。風林火山の旗をたなびかせた戦国最強の騎馬軍団に追われ、命からがら家康は浜松城へ帰還した。また、この途中で食い逃げもしていたらしく、お勘定! と叫びながら餅屋のおばあちゃんにも追いかけられたそうだ。

 武田軍は浜松城の前まで迫っていた。

 どうしようもないと思ったのか、家康は城の門を全て開け、篝火を焚かせて城内を明るくした。もちろん警備も手薄である。

 信玄は城へと入ろうとしたが、城の門をわざと開けてるのは何かの罠だろうと考え、去っていった。

(よかった……)

 その後家臣の一人が、

「なんか臭うぞ。それに股に茶色いシミがあるから、もしや脱糞したのか?」

 と言った。

 苦し紛れで家康は、

「み、味噌をこぼしただけだ」

 と苦し紛れの言い訳をしている。

 この話を聞くと、よく戦国最強の武田騎馬隊から逃れられたな、と思う。だが、それと同時に、この逸話からは家康の人間らしさが見えてくる。

 家康級の有名武将ともなると、逃げるときは鮮やかに逃げ、挑むときは勇敢に立ち向かうものである。人によっては、上杉謙信の川中島や島津義弘の釣り野伏のように後世まで語り継がれる伝説となる。だが、家康は逃げるまではよしとして、そこで食い逃げと脱糞をしている。武将としてあるまじきことをしてしまっているのだ。だが、逃げたり時々失態を犯しているところが人間らしさを感じられて、逆に親しみが持てる。

 他にも、こんな話がある。

 豊臣家を滅ぼす最終仕上げとして、家康は大坂夏の陣を行った。

 大坂夏の陣で、豊臣家累代の家臣や関ヶ原のときに西軍について浪人となっていた者たちが詰めていたのだが、このとき次々と討ち死にしていった。

 次々と剛の者が討ち取られていく中、真田幸村は一発逆転の策として、家康に奇襲攻撃を仕掛けることにた。

 幸村の奇襲を受けたときに、もう無理だということで自害しようとしたが、家臣に諫められて生き延びた。

 上杉謙信のように一騎討ちをしたり、島津義弘のように少ない人数で大人数を破ったり、織田信長や先ほどの真田幸村のように鮮やかな奇襲をしたりした武勇伝が無い。また、豊臣秀吉のように交渉に長けていたとか、石田三成みたいに特別頭の回転が速かったみたいな話も聞かない。どうやら徳川家康という人は、豪傑でも策略家でもなかったらしい。そういうところが、家康の人間らしさを感じさせるポイントになっている。


 そんな家康が、なぜ天下を取れたのか? と考えてみると、一つは彼の家臣団が有能な人で構成されていたことであろう。

 知将本多正信に無敵の本多忠勝、伊賀忍者の服部半蔵、顔担当の井伊直政。これだけでも錚々たるメンツである。他にも、伏見城に籠って石田三成の軍勢を足止めした鳥居元忠などの忠臣が多かったこともある。晩年には天海や金地院崇伝といったインテリ僧侶が家康のもとにいた。

 そんな家臣たちについて家康は「宝」と言っている。

 また、家康は密かに甲斐武田家や小田原北条家の遺臣を匿っていた。

 その一人に大久保長安という人物がいる。かつて甲斐武田家に仕えていて、長篠の戦いが滅んだ後に家康に仕えた。彼は効率的なやり方で金銀の採掘をし、幕府の財政に大きく貢献した。だが、素行はあまりよく思われていなかったようで、彼の死後不正蓄財を理由に一族縁者は罰を受けている。

 長安のように、主を無くした武田・北条遺臣たちは、家康に召し抱えられて、新天地関東平野の開発の手伝いをしていた。このおかげで、当時はド田舎だった関東を発展させ、現在の首都圏の基礎を作り上げた。

 二つ目は、家康は加藤清正や福島正則、山内一豊といった豊臣恩顧の大名の一部とも懇意にしていた。彼らとの交流の中で、外交や遠隔地の情報など、様々な情報を交換していたことだろう。そこから得た情報が、関ヶ原の戦い以後の大名の配置を考えるうえで役立ったことは間違いない。

 最後に歴史研究を趣味としていたことや、信長や秀吉の失敗を見ていたこともあるだろう。

 家康は歴史研究を趣味としていた。特に『吾妻鏡』を愛読していたらしい。

 歴史研究をしていたので、

「なぜ源氏将軍は3代で滅び、北条氏に政権を奪われたのか?」

 などといったことは、考えていたことだろう。そしてそこから答えを導き出し、徳川家が彼らのような末路をたどらないためにはどのようにしたらいいか考え、行動に移していた。

 信長や秀吉の失敗に関しては、家康はこの二人の様子を間近で見ていた。そのため、二人のやり方の何が良くて、何が悪かったかもしっかりこの目で見ていた。

 様々な人たちや自身の経験、歴史から多くを学び、決して驕ることなくやって来たこと。人を大切にしてきたことが、家康が天下を取れた大きな理由であると思える。同時に人間らしさの秘訣でもある。


 家康についていろいろ考えた私は、付箋に、

「人を大事にする人」

 と書いた。


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