【私小説】私の進路と死(前編)
11月も終わりに差しかかったころ、総合の時間に高校の話が出た。
話の内容は、入試の種類や学科について。どこの中学校でもやっているような高校の説明会だった。
「高校か……」
正直私には、将来なりたい職業がない、というより、無能すぎてどの職業を選んでも上手くいかない。そんな気がするのだ。
世の中は、人としっかりコミュニケーションが取れ、何でもそつなくこなせて、話が上手な人間だけが必要とされている。反対に私のように、暗くて言いたいことを上手に伝えられない愚図で不器用なタイプは、あまりよく見られていない。仮に一つでも人より優れた部分があったとしてもだ。
運良く職につけたとしても、持ち前の無能ぶりコミュ障ぶりを発揮し、誰からも嫌われてストレス解消用のサンドバックにされるか、何かあったときに容赦なく首を斬られる対象になる。だからこそ、なりたいと思える職業が何一つ無かった。というよりも、私が何かしらの職に就くというのは、天地がひっくり返るような奇跡でも起きない限りはまずないのだが。
「どうしたらいいんだろう……」
考えれば考えるほど、憂鬱になってくる。
頭の悪い無能には就ける職業が何一つない。そう考えると、数ヶ月後の未来でさえもノストラダムスの予言の中にある1999年のように見えてしまって、どうしようもなかった。
将来のことを考えると、学校へ行くことさえも憂鬱に感じられた。
学校へ行けば、
「進路」
「5年後のことを考えましょう」
と口酸っぱく言われる。5年後のことなんて、誰も知るわけがない。その5年の間に誰かが死んで、誰が東京の片隅で隠棲しているかなんて、神様仏様ぐらいしか知るあてがないというのに。
「ああ、嫌だな。もう死んでしまいたい」
おかげで私は、また朝起きることが億劫になってしまった。体育祭のときのうつ状態の私に戻ってしまったのだ。ただ、体育祭のときと違うのは、怒鳴られたり、できないことを攻められたりしないところだろうか。それでも、見えない未来のことを考えるというのは、元々頭の足りない私にとっては、苦痛そのものでしかなかった。同時に重荷でもあった。
「本当に死んでやろうかな……」
そう思い立った私は、台所から包丁を取り出し、自分の腹を切ろうとした。
(これで、辛い辛い未来から逃れることができそうだ)
長かった。好きだった人たちに会えなくなるのは正直辛い。だが、私は決めた。憂い俗世を捨てるため、未来という重荷を背負いきれないため、この命を捨てることにした。みんな、ありがとう。
包丁の切っ先を腹に突き刺そうとしたとき、
「ちょっと、何やってるの!!」
たまたま入ってきた母親に止められた。結局死ぬことができず、いつものヒステリックな説教を受けることになった。このときの怒鳴り声の声量とそこに籠る殺気は、いつもの数倍はあった気がする。
(どうやら私には、死ぬことも生きることも許されていないらしい)
これだけははっきりとわかった。死のうとしても妨害されるし、生きようとすれば無理なことできないことばかりを求められる。暗くて無能で口下手な私は、どうやって生きればいいんだよ。
自分の人生の不如意をかこった私は、鬱憤晴らしのために、進路調査票に、
「何になったらいいか、ずっと考えていますけど、わかりません。5年後のことなんて知ったこっちゃない」
と書いた。本当であれば、死にたい、と書きたかった。けれども、それで大騒ぎにするのはやり過ぎだろう。だから、その代わりに文句の一つや二つでも書いて、一矢報いてやろうと思った。どちらを選んでも先生に叱られるのなら、やけになって不満を言った方がいい。
「佐竹くん、放課後に職員室へ来て」
案の定、先生から呼び出しを喰らった。
約束通り放課後、私は職員室へと来た。連絡などで度々来ることがあるけれど、そうでなくてもやはり緊張する。
デスクの上に置いていた私の進路希望調査票を見せて、
「やりたいこととか、本当に無いの?」
と聞いてきた。
「ありません……」
緊張して震える唇を必死で動かして、私は答えた。それ以上でも、それ以下でもない、これが私の答えだったからだ。もし仮に何でも答えていいのなら、平知盛や楠木正成のように自分の引き際を認めて潔く逝く、と本音で答えていた。
「そっか……」
残念さ半分と後悔半分の口調で言ったあと、先生は続けて、
「さすがに『5年後』という言い方が悪かったかな。まあ、でも、高校で見つかることもあるからさ、勉強がんばろうよ」
と私を励ました。
「う、うん」
「というわけで、佐竹くんはまず勉強しよう。話はそれから。まあ、がんばって!」
そう言われて、私は担任の先生の詮議から解放された。もし仮に勉強してどうにかなるのなら、今の私は隠棲なんて選択はしていないし、考えてもいない。
日が暮れて真っ暗になった帰り道。
私は三浦くんに、将来の夢が無いこと、職員室での一連の出来事を話した。
小馬鹿にするような笑みを浮かべ、三浦くんは、私の悩みについて答える。
「『やりたいこと』ね。君にも一つはあるだろう。一般的に言われているような将来の夢じゃなくても」
「一般的に言われているような将来の夢?」
よくわからない。将来の夢には、なりたい職業という意味しか無いのではなかろうか。
「ああ。本当の将来の夢には、『やってみたいこと』や『なりたい人物像』も含むのに。だから、気に病むことはない。帰った後に、『やってみたいこと』と『なりたい人物像』の方をゆっくり考えてみるといい」
「なるほど……」
そういうことだったか。確かに、自分の夢を語るときに、
「○○をやってみたい!」
とか、
「あのとき助けてくれた人みたいなカッコいい人になりたい」
と答える人もいる。
この人生において、私は特別何かをやってみたいと思ったり、誰かに猛烈な憧れや恋心を持ったりしたことがないから、イマイチ理解できない。だが、これが願い事か夢の一種だとしたら、何だか少し理解できそうな気がしてきた。
「考えてみるよ」
「途中で考えすぎて発狂するなよ」
「発狂は余計だよ、発狂は」
「君はいつからかっても面白い」
愉快そうに三浦くんは、私をからかって大笑いしていた。
「やってみたいこと、か……」
漫画の単行本や小説の文庫本が大量に積み重なった小部屋の中で、私は一人考えた。
机の上にあるルーズリーフの上に、
と形のいびつな少年の字でやりたいことを書いた。
自分で小説を書いて、それを同人誌か何かにして売りたい。個人ブログに載せるのもいいかもしれない。けれども、私には文才がない。動画も作ってYoutubeやニコニコ動画に投稿してみたい。だが、動画を編集するだけでも何ヵ月もかかっている私には到底無理。日本刀も欲しいけど、買う金がない。美少年か美青年にもなってモテてみたい。けれども、整形をする金がない。なら、化粧なんてしたらどうか、と言われるけれど、化粧道具が母親見つかったら、何を言われるかわからない。ましてやあの母親だから、ヒステリックを起こすのは確実だろう。
「結局、ないないづくめじゃんか」
ため息が出た。私がやりたいことをするだけでも、自身の能力の無さと戦わなければいけない。そう考えると、涙が出てきそうだ。
「死のうかな……」
生きていてもやりたいことすらできないのなら、死ぬのもいいかもしれない。死ねば、これからのことは一切考えなくていいから、楽になれる。けれども、将来どうせ死ぬのなら、やりたいことの一つでもやって死にたい。
(どうせ無理でも、何かやってみようかな)
不可能な願い事ばかり書かれている紙を眺めていた私は、できそうなことを探した。
絶対できないことの先頭に✕印をつけていく。やりたいことリストの最後に残ったことをやろう。
最後に残ったのは、
「流浪の旅に出る」
だった。
「旅か。それもいいかもしれない」
これならば、私にもできそうだと思った。旅に生きて旅に死ぬのもアリかもしれない。唐代の詩人である李白や杜甫、そして平安末期の歌人西行のように。その途中で死ねるのなら本望だ。
「うん、これで行こう」
毎夜親が寝たのを見計らって、私は密かに計画を立てた。
悲しみや嘘のないどこかの町へ旅立とう。そして旅立った先で、何者にも縛られずに生きよう。大空を自由に翔る鳥のように。
そしてある日の平日の早朝。なけなしの小遣いを財布に、リュックサックには着るものやくすねてきた保存食を詰め込んで、私は旅に出た。
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