最終章 橋本希美は、希望の明かりを灯す 「この度は、お世話になりました。数々のご無礼、この弁慶めが死してなお未熟だったと、どうかお許しください」 弁慶が、わたしと北畠翔太に対して、深くお辞儀をした。 「それって、もう……」 わたしは言いかけて、続く言葉をためらう。 「黄泉の国へ、帰ります」 弁慶がはっきりと口にした。とたんに、目の奥からわく涙を、わたしはおさえられなくなった。美晴も、葵も、そして弁慶までもが消えてしまう。 「ご心配には及びませぬ。ただ、帰る
第13章 北畠翔太は、優しい仕返しを知る 「ふざけんな!」 俺は橋本希美を守るために、一条美晴に立ちはだかった。 考えている余裕なんてなかった。刺される怖さよりも、身体が先に動いていた。 一条美晴の唇がはげしい勢いで震えた。直後、口から垂れたよだれが糸を引いた。悲しみを帯びたおたけびを彼女があげる。怨霊となっていた弁慶があげた声とはまた違う、腹の底に染み入る泣きそうなほどに痛ましい声だった。 俺は右手と一緒に左手を前にかざす。もうこれしかなかった。 怨霊
第12章 橋本希美は、交渉士である 北畠翔太が、相手を『弁慶』と呼びかけていた。 弁慶って、あの弁慶だよね。わたしの空想世界にたくさん出てきた。そして今、日本中で大ブームが起きている、あの――弁慶。 にわかには信じられない。 でも、消す、とか、結界とか、北畠翔太があの時言ってたこと、おばあちゃんの手紙に書いてあったこととリンクする単語が出てきている。 何よりも、声が聞こえる。 何かに共鳴する感じがある。 【結界が破れ、怨霊が解き放たれるとき、18歳
第11章 北畠翔太は、交渉が下手だ 「近寄るな!」 俺は精一杯に怒鳴る。だが、弁慶が伸ばす手は、たじろぐことなく迫ってくる。アホみたいにぶっとい腕。たぶん俺の太ももよりも逞しくがっちりしている。ちくしょう、俺だって部活で一生懸命きたえてるのに、と妙な対抗意識が芽生える。 「消すぞ!」 咄嗟にその言葉を吐いた。俺は同時に手で印を切る仕草をしようとした。 「!」 明らかに、弁慶がひるんだ。この言葉は効いているようだ。実際に、じーちゃんに教えてもらった消滅呪文
第10章 橋本希美は、疾走する 嫌な予感がする。びんびん、する。 さっきから、いつもと違う何かを感じとってしまう。ナニこれ? 呼ばれている、そんな感覚を抱く。 行かなきゃいけない、と使命感みたいなものがムクムク湧いてくる。 これって、北畠翔太がわたしに訴えかけてきた時の感情に近いのかな。 先祖うんぬんって、気持ちを吐露してたあいつは、ひょっとして同じ家業の血を継ぐわたしにだからあんなにも必死になってたのかな。 だったら、わたし……逃げちゃった。
第9章 北畠翔太は、召喚する え? と思った時には、激しい揺れに見舞われていた。 いきなりの地震なので、これが首都圏直下型地震か、とニュースで見たことのあるフレーズを思い出した。 緊急地震速報さえ鳴らないぐらいの、突然の出来事だ。 俺はとりあえず、大急ぎで庭に出ようとする。この家屋はそれほど新しくないから、念のため外に出ておきたい。 でも、どうしてか、ハッピを掴んで階段を駆け降りていた。 何だろう……無意識なのに、意識が働いた気がする。ハッピを持ってい
第8章 橋本希美は、異変に気づく 学校の校門前で、美晴と待ち合わせをしていた。 今日は土曜日で、学校は休み。最近は、わけが分からないことがたくさんあって、心のなかが曇りがちだ。だから、美晴と、あーだこーだしゃべって、スッキリしたい。 わたしは美晴を待ちながら、スマホを操作する。 午後の塾を終えてからの待ち合わせだから、日は傾きだしていた。でも、できれば長い時間、美晴とおしゃべりしたい。 美晴はいつもと同じように、20分ぐらい遅れて来るだろう。 それぐらいの時
第7章 北畠翔太は、想いをはせる 「まだまだおまえは未熟だから、くれぐれも一人で弁慶の霊を召喚するなよ」 じーちゃんは俺にそう言い置いて、えらいド派手な衣装を着こんで外出した。 今日は仲良しのじーさん・ばーさんグループで、カラオケ用の大広間を貸し切るようだ。大声で歌うことはストレス解消になって健康にもええからの、じーちゃんがカラオケに行くときの決めゼリフだ。だけど、今日はそのセリフのかわりに、さっきの言葉を残していった。 頼むから、大声で力み過ぎて血管プチって
第6章 橋本希美は、おばあちゃんからの手紙を読む 「ちっ、違う!」 否定する声をだすよりも先に、頭をぶんぶんと、激しく振っていた。声が、ぶわーんとわたしの顔の前で揺れた気さえする。 嫌だ! バレたくない! 妄想癖女だなんて思われたくない。 「だって、おまえ、いま、妄想してるみたいにさ――」 「妄想なんかしてないっ!」 ガガガっとイスを引きながら、その場で立ち上がる。机上で積み上がった本に、腕があたった。バサバサっと本が崩れる。 「ぎゃっ!」 机の上に散
第5章 北畠翔太は、目撃する! 一瞬、目を疑った。いや、まさか、と思った。 図書室に入ろうとすると、ネコみたいに黒目を細くした橋本希美がいたからだ。 しばらくの間、声をかけずに、橋本希美を見ていた。高3になって初めて同じクラスになった彼女だが、こんな表情をしているのを見かけたことはなかった。 ――空想世界に没入すると、その者の瞳は、まるでネコのように黒目が細くなる。そう伝わっておる。 じーちゃんの言葉が頭をよぎった。つうか、その言葉がぶっ刺さる。ぶすう、
第4章 橋本希美は、空想する顔を見られる 母方のおばあちゃんも、普段から、わたしみたいに空想をたくましくしていたらしい。 らしい、というのは、おばあちゃんは既に亡くなっているからだ。 お母さんが言うに、おばあちゃんはよく、暗い部屋で正座をし、じっとしていたようだ。 ――眠っているのかな? と思い近づくと、おばあちゃんは目を開いたままだったとのこと。 ただ、 その目が、ネコのような細い黒目になっていた。 ――何をしていたの? と尋ねると、 ――昔の人
第3章 北畠翔太は、修行する 「とりあえず源義経や武蔵坊弁慶に関する本は色々と読んだぞ、じーちゃん」 じーちゃんは言葉を返さずに、俺に背を向けたまま、じっと新聞に目を落としている。とても重大なことを言うために、背を丸めているように思えてしまう。 俺は、じーちゃんが振り返ってくれるまで、しばらく待とうと思った。 その矢先、 カクッ じーちゃんのハゲ頭が、揺れ落ちた。 へ? 「……じーちゃん?」 ヤバい、じーちゃんとうとう……? 俺はじーちゃん
第2章 橋本希美は、今日も空想にふける 高校三年のわたしには、他人に知られたくない秘密がある。 それは、 〝空想癖があること〟 五月の中旬を過ぎた今日も、学校から帰ってくるなり、わたしは自分の部屋で、ひとり空想世界に入り浸る。 頭の中に描かれる世界は、自分がアイドルグループのセンターとして歌ってるシーンや、来年から始まる大学生活でS級イケメンに溺愛される日々もあるけれど、これらはメインではない。あくまでもサブだ。 わたしが今、めっちゃハマりこんでい
【あらすじ】 歴史の表舞台には姿を現わさない怨霊鎮魂使なる者がいる。 一説には、小野篁が閻魔と協議し設けた職ともされ、怨霊を召喚する怨霊召喚士、怨霊と交渉する怨霊交渉士がタッグを組み、非業の死を迎えた怨霊の祟りを鎮静化させてきた。 江戸時代初期には、優秀な怨霊鎮魂使が現世に強力な結界を張ることに成功した。これによって、大きな祟りを未然に防ぐことが可能となった。 この強力な結界のもとで月日は流れ、怨霊は弱体化し、いつしか召喚士と交渉士はバラバラになった。 だが、今、そ