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怨霊鎮魂使 第9話


第9章 北畠翔太は、召喚する

 
 え? と思った時には、激しい揺れに見舞われていた。
 いきなりの地震なので、これが首都圏直下型地震か、とニュースで見たことのあるフレーズを思い出した。
 緊急地震速報さえ鳴らないぐらいの、突然の出来事だ。

 俺はとりあえず、大急ぎで庭に出ようとする。この家屋はそれほど新しくないから、念のため外に出ておきたい。

 でも、どうしてか、ハッピを掴んで階段を駆け降りていた。

 何だろう……無意識なのに、意識が働いた気がする。ハッピを持っていけ、と。まるで俺の中に流れる血がそうさせたみたいに。

 庭に出ると、さらに揺れが激しくなってきた。
 同時に、どこからか声が聞こえてくる。誰の声だ? 周りに視線を走らせるも、声を出している人を見つけられない。つうか、声が俺の頭の中でガンガン響きだす。じーちゃんがカラオケマイクでアホみたいにエコーきかせて歌ってるみたいに、ズキズキくる。

 何だよこれ? 耳をおさえても、聞こえてくる。野太いオッサンの声が、聞いたことないよこんなオッサンの声! 誰だよ、俺に直接声かけてくんの! って、ひょっとして!

 野太いオッサンの声って……弁慶のイメージにピッタリじゃね?

 この大地震も……え、マジ? ちょっと、今じーちゃんいねーのに、っつか、ジジイ! こんな時に呑気にカラオケなんかに行きやがって! 痛い。声が耳に痛いっちゅうの。

 これってもう、俺が弁慶の怨霊を召喚するしかねーのか!

 でも、心の準備できてねーよ。まさか今日やるなんて思ってなかったし。
 うわっ、ひでー揺れ。ちょ、待て! マジか? 向かいの家で赤ちゃん泣いてる声聞こえてくるし、オッサンの声も聞こえてくるし! 俺がやるしかねーの?

 ――まだまだおまえは未熟だから、くれぐれも一人で弁慶の霊を召喚するなよ。

 分かってるよ。分かってるけど、しょうがねーじゃん。今は俺しか召喚できねーんだろ。じーちゃんにはもう能力ねーんだろ! 交渉士かもしれない橋本希美がいないのもしょーがねーだろ! だったら、だったら……――、

「俺がやるしかねーだろっ!!」

 ハッピを身につけ、拾った枝で、揺れる地面に魔法陣を描く。大地が揺れて書きにくいことこのうえない。でも、さんざん練習してきたから、へっちゃらだ! 俺は一心不乱に枝で地面を削る。大地に命を吹き込むように、力一杯に描く。
 描き終えた俺は、左手を天にかざし、右手で素早く印を切る。そうして召喚の言葉を口にする。

 すると――
 さっきまで頭の中に鳴り響いていたオッサンの声が、向かいの家の赤ん坊の泣き声が、消えるように間遠になり――……

 俺がいたはずの庭が、宇宙空間みたいになった。暗黒世界に、チカチカ星が瞬いている、そんな感じ。

 つうかさ、やっぱマジだったんだ。

 今さらだけど、イヤになってきた。じーちゃんの言うことの半分を疑って聞いてたからかな。でも、やっぱ本気だったのね、じーちゃん。え、心臓がバクバク暴れてるんですけど。うわっ、俺、怨霊鎮魂使なんてやりたくなくなってきたよ。サッカーしてたいよ。

 ミシリ、ミシリ……

 フローリングが踏みしめられる音が、聞こえた。庭なんだから土を踏めよ。
 しかも、こっちに向けて、近づいてくる……。

 うわっ! どーしよ! 超勘弁なんですけど。逃げてもいい? ミシリ、ミシリはヤバいって。いまからダッシュしてここから抜けだして、……俺は最後まで自問することなく、その場でターンをして、駆けるために足を浮かせた、その時だった。

 スポットライトが当たったみたいに、目の先に光の筒が浮かぶ。
 マンガで見るような袈裟頭巾をかぶった大男が、降臨した。

 どーして俺が逃げようとした背後から現れるのぉおおーっ!!

「おまえか、それがしを呼んだのは」

 なんすか、その目ヂカラ! ハンパないって。しかも、その声、さっきまで俺の頭の中で響いていた声そのもの! しかもデカい! プロレスラーよりも頑強な身体してる。黒い袈裟(←お寺の住職さんが着るような服)なのに、筋肉ムキムキなのが分かるし。白い頭巾に血の跡もあるじゃん! 

 ドッキリでしたー、パフパフ、とかなってさ。衣装もドンキで買ってきたんですー、ってオチがつくとか……て、ないよね。やっぱないよね?

 のしのしと弁慶がこっちに向けて歩いてきた。歩き方も、ヤンキーレベルを越えている。

「おまえか、と聞いているのが分からぬのか」

 弁慶の目が、完全に俺をロックオンした。しかも、手にはギラリとした、薙刀!
 おもちゃには見えない立派な刃。ドンキで売ってる? 売ってるわけ……ねーよな。

「答えろ」

 弁慶が俺の方へと手を伸ばしてきた。

 こんな雰囲気の人、日常生活で会ったことないよな? ドンキでも、近所でも、公園でも、学校でも、電車でも、会ったこと……ないよな?

 ヤバすぎる。目の前の弁慶って、
 
 本物――。
 

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