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怨霊鎮魂使 第4話

第4章 橋本希美は、空想する顔を見られる

 
 母方のおばあちゃんも、普段から、わたしみたいに空想をたくましくしていたらしい。

 らしい、というのは、おばあちゃんは既に亡くなっているからだ。
 お母さんが言うに、おばあちゃんはよく、暗い部屋で正座をし、じっとしていたようだ。
 ――眠っているのかな? と思い近づくと、おばあちゃんは目を開いたままだったとのこと。

 ただ、
 その目が、ネコのような細い黒目になっていた。

 ――何をしていたの? と尋ねると、
 ――昔の人と話していたんだよ。
 と返答があった。もっと物騒に、
 ――昔の人とケンカをしていた。
 そう答えることもあったという。

 どこかわたしに似ている気がする。さすがにわたしは空想中にケンカをすることはないけれど、なんとなく、頭の中に現れる歴史上の人物とは、しゃべることができるんじゃないかと思うときがある。

 おばあちゃんは、その後、まだ六十歳にもなっていないのに、死んじゃった。
 いつものように畳の部屋で空想中に、そのまま亡くなった。

 お母さんに空想癖はないが、おばあちゃんのそのまたおばあちゃんには同様の症状があったらしい。なんだか、一世代飛び越えての隔世遺伝みたいだな。

 おばあちゃんはこうも言っていたらしい。
 ――孫が18歳の誕生日を迎えたら、この箱を開けさせるように。

 おばあちゃんが自分の部屋にしていた畳の部屋は、まだお母さんの実家に残っている。おじいちゃんも死んじゃってるから、普段は誰も住んでいない。ときどき、家の空気の入れ替えをしに行く程度。
 おばあちゃんが示した箱は、その家にある。

 それって、いったい何だろう。何が入ってる?
 とっても、とーっても、早く見たい。フライングをして箱を開けたいくらい。
 でも、ここまできちんと待ったんだから、せめてもう1日は我慢しよう。

 なにせ、明日、わたしは18歳の誕生日を迎えるのだから――。
 

 そうして誕生日の日、わたしは昼休みに図書室に来た。
 昼休みは、比較的、図書室が空いているのでねらいめだ。もくろみどおり、図書室内にはわたし以外は誰もいなかった。

 弁慶ブームはとどまるところを知らず、ますます膨れ上がっていた。
 昨日は、テレビ放映されていた弁慶の立ち往生シーンが突然真っ暗になって、びっくりした。ネットでも、今朝教室に来ても、話題はそのことばかりだった。

 そういや、朝に、また地震があったな。岩手県が結構揺れたらしい。ここ最近、岩手県ってよく揺れるよね。中尊寺金色堂の辺りで木が倒れたとニュースが盛んに報じていた。

 何だろう。わたしの血が騒ぐ……。
 昔から霊感みたいなものはあったけど、今回は特に何かを感じる。これは気のせいだろうか。いてもたってもいられない気持ちにかられるんだよね。あー、これが勉強に対してだったらいいのに。この前の数学の模試結果、お母さんにゲリ怒られた。はぁ……。

 わたしはドサドサと、源平時代の書籍を机に並べる。
 歴史の成績はそこそこ良かったのになあ。

 誰もいない図書室で、独り静かに、本の世界に没頭する。
 自然と、廊下の方から聞こえていた物音が消えるように間遠になり、黒目がすぼめられていく感覚があり……――。

 
【希美 脳内空想中】

 義経・弁慶ら一行は、奥州を治めていた藤原秀衡のもとにたどり着き、ひとときの安らぎを得た。
 藤原秀衡が、「義経を差し出せ」という頼朝の脅迫をはねつけてくれていたのだ。

 しかし、藤原秀衡が亡くなると、状況が一変する。
 秀衡の子・泰衡が、頼朝にビビって、義経が住む衣川の館を急襲した。

「何事だ!」と義経。
「どうやら泰衡が攻めてきたようです」と弁慶がかしこまる。既に薙刀を用意していた。
 館の前には、敵兵が押し寄せているようだ。

「殿」弁慶が目をうるませて義経を見た。
 義経も、弁慶のその態度に感じるものがあったようだ。ゆっくりと首を縦に振り、
「おまえと出会えて幸せだった」と涙ながらに言った。

 弁慶が館を出ると、敵兵から一斉に矢を浴びた。

「それがしを倒せると思うなあああっ!」

 弁慶が大薙刀を一閃させる。バサバサっと矢が地面に落ちた。
 だが――遅れて放たれた一本の矢が、弁慶の肩に刺さった。

 一瞬、弁慶は顔をゆがめるも、すぐに目つきを鋭くさせた。

「おまえらの矢が何本当たろうが、それがしは倒れん!」

 弁慶が群がる敵に向けてかっと目を見開いた。声は大地を揺らさんばかりだ。

「射よ!」

 敵兵が声を裏がえす。矢が弁慶に降り注ぐ。弁慶が大薙刀で払う。が、何本かが弁慶の身体を貫いた。

 しかし、もう、弁慶が顔をゆがめることはなかった。
 大薙刀の柄を地面につき、義経がこもる衣川の館を、身をもって守るように、弁慶は仁王立ちした。館は火に包まれている。

「射よぉ!」と叫ぶ敵兵の声は甲高く、弁慶に恐れをなしていることが分かるほどだ。
 矢を射る敵兵も、腕と足が震え、まともに弓を引けた者は少ない。それでも、何本かの矢は弁慶を貫いた。

 が――、
 弁慶は、倒れなかった。

 立ったまま、敵兵を射すくめるように、前方をにらんでいる。

「射よぉおっ」その声は涙声だ。射る兵は弁慶が怖くてへっぴり腰、情けないくらいだ。
 ひゅんひゅんと矢が飛ぶも、ほとんどは弁慶から外れ、あらぬ方向へ、または、弁慶に届かずに地面に突き刺さる。

 館を燃やす炎が、パチパチとはぜ、弁慶の影を揺らめかすほどに巨大なものにした。

 ひいいい、と何人かの敵兵が逃げだす。逃げるな、射よ! わめき、絶叫する声がとびかう。矢が放たれる――。

 いつしか、弁慶の身体を、おびただしい数の矢が貫いていた。それでも弁慶は倒れない。
 目を剥き、敵を見すえ、義経に敵兵を近づけずに、立ったまま――死んでいた。

 後世の人は、これを、弁慶の立ち往生と呼ぶ。

 ……声が、聞こえた気がした。
 
「おまえ、何してんの?」

 びくうっ、と肩がはねる。身体が硬直し、同時に空想が強制終了する。すぼまっていた瞳が、ゆっくりと現実社会を映しだした。ぼやけていた映像が鮮明になる。図書室の、さっきまで閉まっていたドアが開かれ――そこに、北畠翔太がいた。

 最悪な誕生日になりそうだ。

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