怨霊鎮魂使 第8話
第8章 橋本希美は、異変に気づく
学校の校門前で、美晴と待ち合わせをしていた。
今日は土曜日で、学校は休み。最近は、わけが分からないことがたくさんあって、心のなかが曇りがちだ。だから、美晴と、あーだこーだしゃべって、スッキリしたい。
わたしは美晴を待ちながら、スマホを操作する。
午後の塾を終えてからの待ち合わせだから、日は傾きだしていた。でも、できれば長い時間、美晴とおしゃべりしたい。
美晴はいつもと同じように、20分ぐらい遅れて来るだろう。
それぐらいの時間を見込んで、わたしも待ち合わせ時間より遅く来るのだが、結局は彼女の方がさらに遅い。
『怨霊鎮魂使』
気づくと、そう、検索窓に入力していた。
やっぱり、……気になる。いくら検索してもヒットしないのに。結局、同じことを繰り返している。塾でも全然集中できなかった。
本当なの? 北畠翔太がわたしに向けてきた真剣な眼差し。おばあちゃんの手紙――。
「何を見てんの?」
「ぎゃっ!」
美晴が来たことに気づかなかった。
「怨霊鎮魂使じゃん」
目ざとくスマホ画面の文字を拾った美晴が、口にした。
「知ってんの?」
検索にひっかからない事柄を美晴が知っているのが意外だった。スマホ画面から顔をあげ、美晴に問いかけるや、彼女の目もとに、ぞわっとした恐怖を感じた。
美晴の目玉がらんらんと光っている。
嬉しくて目を輝かせるのとは、違う種類のものだと思った。
それはどこか――妖しさを感じさせた。
「まあね。てゆーか、どうして希美は『怨霊鎮魂使』なんて調べてるの?」
美晴が声を低くした。
同時に、彼女が、下からわたしをのぞきこむように、背をかがめる。
ぞくり。
腕に、ぞぞぞとした感触。鳥肌が立っている。何だろう……この感じ。ぶびーぶびーと、脳内で警報が鳴っているんですけど。
なんとなく、直感がはたらいた――怨霊鎮魂使の話題は避けよう。
わたしは、その言葉をを口にせずに、北畠翔太が源平時代や弁慶の本を読んでいたことを美晴に伝えた。この話題だったら、彼のファンである美晴は喜ぶだろう。
「弁慶……」
美晴があえぐように声をもらした。そこに同い年の子どもっぽさはまったく無かった。
とても、とても――違和感だらけだ。
「美晴、そんなに歴史好きだっけ?」
軽い気持ちで尋ねてみると――。
ギロリ
美晴が、憎しみをぶつけるような眼差しで、わたしをにらんだ。
「あんた、ちょっと今日は何を持ってきてるの?」
美晴が、私のバックパックを指さす。
え!?
どうして分かったんだろう。わたしは、どうしてか、おばあちゃんの箱の中にあったハッピをバックパックの中に入れておいた。たぶん無意識のうちに。
だけど、意識が働いていたような感じもする。今日はそうしろ、と血が教えてくれたみたいに。
それでも、どうして美晴がそのことに気づくのだろうか。
「ねえ、ちょっと美晴……」
様子が変だよ、そう言おうとした言葉を飲み込んだ。
美晴が、いつもの彼女とはまったく違う顔つきで、わたしを見下ろしていた。
目の前にいる彼女が、自分と同じ高校生には思えなかった。
確かに、彼女はちょっと大人っぽいところがあるけれど、いまの美晴は、まるで何年、何十年も、いやもっと長い年月を生きてきた女みたいだ。
怒り、悲しみ、狂い、色々な感情が、彼女に宿っている気がした。
悪い女、どころか、とてつもなく、怖い……。
わたしは声さえ出せずに、後ずさる。
美晴が、だらりと目尻を下げた。目もとに深いシワが寄る。口もとがひん曲がった。
彼女の表情に、わたしはぞっとし、うつむく。
ん?
黄昏どきをむかえようとしている初夏の強い夕陽は、あらゆるものに影を投じているのに、美晴には、――影が無い。
前触れなく、美晴が駆けだした。
わたしとの待ち合わせなんかしていなかったかのように、彼女の背中があっという間に遠ざかっていく。
オレンジ色に輝く夕陽の中に、美晴が吸い込まれた――そんな感覚を抱くや、もうわたしの目に、彼女の姿は映っていなかった。
辺りを見やる。彼女が走っていった並木通りは一本道だ。角を曲がって姿を消せるT字路やY字路、横道は無い。
……変なの。
その時だった。
ぐらりと来た。
また地震! 多い、多すぎる! いや、それよりも、大きい。地震の揺れが激しすぎる。スマホから緊急地震速報が鳴ってないし。何で? 強い揺れだったらあちらこちらで鳴るのが聞こえるのに。おかしくない? って、立っていられない!
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