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短編小説一覧

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#小説

短編小説『屹立』

短編小説『屹立』

それは、中年の痩せた男が大木に背中を預け、立っている様な絵だった。何故"立っている"ではなく、立っている"様"なのかと言えば、その男が既に死んでいるからだ。
題名は『遺体』。
その男の胸にはナイフが深く突き刺さっており、そこから赤い筋が白いシャツの裾に向かって流れ、ズボンにまで伸びている。シャツの上に描かれた顔には絶望からの弛緩が見て取れた。静的だが、インパクトのある絵だ。嫌に生々しく、リアリティ

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短編小説『楽園と蛇と僕の間にあった木について』

短編小説『楽園と蛇と僕の間にあった木について』

”香り”から呼び覚まされる記憶がある。
私の場合は、いちごみるくのキャンディーを舐めると学生時代の通学路の光景が目の裏に現れる。
君の場合はどうだろう。

「この実は勝手に食べちゃ駄目。」
母は幼い僕と柚子の木の間に立ってそう言った。普段にない厳しい表情だった。その小振りな黄色い果実を母の肩越しに見つめる。一見、蜜柑に似ている様に見えるけど、食べちゃいけない。なんでだろう。

しかし食べてはいけな

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短編小説『Contact』

短編小説『Contact』

「私の何処が好き?」
そう訊かれて僕は、
「笑顔」とか「意外と男勝りなところ」とか応える。
そうすると相手は満足そうな表情を浮かべたり、はにかんだりして見せた。
しかし僕は本当の事を話してはいない。勿論彼女の笑顔や、そのさっぱりとした性格を魅力と感じているのは事実だ。しかし本当のところ、それらは付属品として、後から魅力と感じただけで、僕がそもそも彼女に惹き付けられた理由は違うところに存在する。

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短編小説「治せないなら食べればいいじゃない!」

短編小説「治せないなら食べればいいじゃない!」

ワトソン博士はカレンダーを睨んでいた。
自分の持つこぢんまりとした診療所に、最後に患者が顔を見せた日が思い出せなかったのだ。一週間前?いや、先月のカレンダーを破る時に「最近お暇そうですね」と看護師のメアリーに嫌味を言われた記憶はある。そう!記憶がある!!!私の灰色の脳細胞が機能していないわけじゃない。本当に患者が来ていないのだ!ワトソン博士は引き出しから双眼鏡を取り出すと窓辺に立って町を見下ろした

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極短編小説「日常」

A.気温はそれほど高くない日だったが、雨季特有のまとわりつくような湿気がどうも嫌な汗をかかせる。
張り付いたシャツが気持ち悪い。
こういう日は細かいことに苛立ってしまう。
他人の笑い声、やたら引っ掛かる信号機、湿度で曇る眼鏡、のんびりした歩行者、ぶつかるバッグ。
許容範囲を超えてしまいそうだ。
表面張力の様に、ギリギリで持ち堪えているフラストレーション。
そしてついにその時が来た。
駅のホーム。

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短編小説「夜を覗く時」

短編小説「夜を覗く時」

黒尽くめは宵闇に紛れる。
夜の【散歩】にうってつけだ。
「趣味は?」と訊かれれば【散歩】と答える。
今日は何処に行こうかな。
今夜は、"どう"しようかな。

通称「42団地(シニダンチ)」。
別に42棟あるって訳でも無いし、番地でも無い。
名前の由来は諸説ある。八という字がつく村があったから。都市開発の際に42人の変死体が出てきたから。
自殺の名所だからとか。
変な噂が受け継がれるのも仕方がない

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短編小説「シリアルキラーキラーテレパシー」

短編小説「シリアルキラーキラーテレパシー」

※良い朝食さんからのTwitterリプライ「シリアル」よりー
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『シリアルの語源は、豊穣の女神セレス、だって。てっきり大量生産だからかと思ってた!また賢くなっちゃった』
愛犬のデルトロがシリアルの箱を見ながら、広角を上げる。ドヤ顔に見える。
あたしは返事しないでシリアルをシャクシャクと歯ですり潰す。
『シリアルキラーってのはなんだかかわいいと思ってたけど、そうか、語源が違うのかー!

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短編小説「ニドネ•オン•ザ•ベッド」

短編小説「ニドネ•オン•ザ•ベッド」

柔らかくて気持ち良い。興奮している。
脳の奥底から何かが溢れ出す。
彼女の潤んだ瞳。
水中から水面に顔を出す時の様に。
モコモコにカットした中高音を徐々に元に戻していく時の様に。
音の解像度が上がる。
その中でアラームの音をより鮮明に掴んだ。
瞼が上がる。

[am 7:00]

アラームを止めて、枕に顔を埋める。昨晩の酒で頭が痛い。
夢の続きが見たい。
もう少し寝かせてくれ。
さっきのは念の為の

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短編小説「メリーゴーランド」

短編小説「メリーゴーランド」

「どうしたの?」
彼は振り返って、心配そうな顔で私を見つめている。
「乗りたくない。」
急激に思い起こされる幼少期の記憶。
「メリーゴーランドだよ?皆好きだ。怖いの?」
彼は無邪気に笑う。その幼さの残る顔に今は嫌悪感を覚えてしまう。
「帰る。」
なんとなく遊園地に足が伸びなかったのは、絶叫マシーンに乗せられるのが嫌だからだと思い込んでいた。
なんで忘れてしまってたんだろう。
「待ってよ」と彼に声が

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短編小説「代理的ファムファタル」

短編小説「代理的ファムファタル」

サークルクラッシャーという者がいるというのは知っていた。
むさくるしい男の魔窟にふらりと現れ、最速で玉座に腰を据える魔性。
有象無象どもは甘い香りに誘われて、我先にと姫君の靴を舐めに行くが、ある者は顎をしたたか蹴り上げられ、またある者は同士討ちして塵になっていった。こうして、我がミステリー研究会は終焉を迎えた。
何故俺がこうして語り部を担える、言わば無傷の状態でいられるかと言えば、それは俺が同性愛

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短編小説「高所恐怖症」

短編小説「高所恐怖症」

少女は脚立の上で震えながら、僕を見つめていた。
「多くの人が勘違いしているんだが、」
声のする方を見ると教授だった。
教授は少女を脚立から大事そうに抱え上げて地面に下ろす。
「こういった日常生活で使う程度の高さのものでも恐怖を感じるのが、高所恐怖症だ。」
少女は未だに落ち着かない様子で震えている。
「続きは部屋で話そう。」

少女はふかふかのソファーの端でその小さい体を沈めて、未だ落ち着かなげに膝

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短編小説「腹ん中」

短編小説「腹ん中」

※良い朝食さんからのTwitterリプライ「増えるわかめ」よりー
ーーーーーーー

私が学生で、生活に困窮していた頃の話である。

幸いどこでも寝られる、性欲はそれ程強くないと、その2つに関しちゃとんと困らなかった。

しかし食欲。これは兎に角旺盛で苦労した。
空腹の虚しさは何にも代えがたい。
そんな私は、安く入手できて、少ない量でも腹の中で膨らむものの追求に日々勤しんでいた。パンの耳なんかを恵ん

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短編小説「パンデサル」

短編小説「パンデサル」

※ゆうさんからのTwitterリプライ「パンデサル」よりー
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高校生の頃の話だ。

「パンデサルとはなんでしょう?」
木村はクイズが好きで、僕は時々それに付き合わされた。

「なんだろう…哲学者とか?」
「違いまーす」
「何処かの王様?パンデサル国王陛下」
「その方向じゃ当たらないよ」
たったこれだけのやり取りでコイツにムカつき出すのは、コイツの顔のせいかもしれない。
整った顔立ちだが

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短編小説「HAPPY_TURN」

短編小説「HAPPY_TURN」

※ゆきんさんからのTwitterリプライ「ハッピーターン」よりー
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「イイの欲しい?」

女は俺に跨ると、オレンジ色のカプセルを2つとエナジードリンクカクテルを口に含んでから口づけしてきた。

冷たく甘酸っぱい舌が俺の舌に絡み合う。
バクテリアが交換される。
互いのDNAの差異を検知する。
脳みそに響く。刺激される。
脳の奥底から何かが溢れ出す。
背筋に沿ってゾリゾリとした快感が這い上

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