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短編小説「パンデサル」

※ゆうさんからのTwitterリプライ「パンデサル」よりー
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高校生の頃の話だ。

「パンデサルとはなんでしょう?」
木村はクイズが好きで、僕は時々それに付き合わされた。

「なんだろう…哲学者とか?」
「違いまーす」
「何処かの王様?パンデサル国王陛下」
「その方向じゃ当たらないよ」
たったこれだけのやり取りでコイツにムカつき出すのは、コイツの顔のせいかもしれない。
整った顔立ちだが、そこに僕を不快にさせる表情が乗る。気がする。僕だけかもしれない。木村はモテる。モテるけど彼女はいない。彼女がいないどころか、女子とはあまり話さず僕のところに来る。そうすると木村のファンも僕のところにこぞって来る。それが返って僕のコンプレックスを擽る。

木村は彼女もいなければ部活もやらず、高校近くにあるコンビニのアルバイトに精を出していた。そんなに稼いで何に使うんだろう。僕はアルバイトもしていない。何もしたくない。

以前、なんでモテるのに彼女を作らないのかと訊ねたことがあった。
「告白されたってことは、俺はまず相手にピンときていない証拠で、俺はピンとくる人に自分から告白して付き合いたい」とか、それらしい事を抜かしてきた。ふざけろ。

そんな風に考えを巡らせていたら、そこに吉井が通り掛かる。しめた。
僕は言った。
「吉井、パンデサルって知ってる?」

吉井はスマホから顔を上げると、
「知らないけど…どこかの国の塩パンとかじゃない?」
「どうしてだよー!!!」
木村が某俳優の様な叫び声を上げて卓上に崩れ落ちる。
ざまぁみろ。

吉井は口数も少なく、いつもスマホとお友達なのだが、話し掛ければ普通に話す。そしてこいつの凄い点は、やたらと勘が良いところなのだ。

「ちなみになんで分かったの?」
僕が訊ねる。
「パンデサルだから、パンはパンとしてサルはソルトっぽいから。まぐれだよ」
まぐれとは言いつつ、吉井を木村クイズに巻き込んだ時の正答率は100パーセントだ。

その流れで珍しく吉井も一緒に帰路についた。
「吉井は普段スマホで何見てるの?」
吉井は意外そうな顔でこちらを見る。そんなこと訊かれるとは思ってもいなかったのだろう。
「官能小説」
処理が追いつかず、一呼吸置いてから木村の方を見る。
木村も衝撃を隠せない様子でいる。
「お前むっつりかよ!!官能小説読んでんの!?しかも今時官能小説って」
木村が吉井を冷やかし始める。
吉井は変わらぬトーンで答えた。
「いや、読んでない。書いてる」
こちらが先程の衝撃を逃しきれていない内に2発目を投下され、そのダメージは我々の脳髄まで到達した。

浮き足立った帰り道はその話で持ちきりになり、木村の質問攻めは吉井が自宅に入るまで続いた。

「木村、うまくいくと良いね。じゃ」

と言って、吉井は扉を閉じた。
なんのことだ?と木村を見ると真顔で扉を見つめていた。

それから吉井との会話数が増えたかというと、特段増えることもなく、僕たちは卒業した。

それから5年が経った今、
僕はぼんやりと大学5回生に足を踏み入れていた。

なんでこんな話を思い出したかと言えば、木村からメールでもなく、写真付きで手書きの手紙が届いたからだ。
木村とは高校卒業後、なんとなく疎遠になっていた。

「久しぶりだな、吉井」
新書らしい、印刷の香りが乗った本を吉井に手渡す。
「ここではペンネームで呼んでほしいところだけどね」
吉井は本に手早くサインをすると、僕に返した。
吉井は高校卒業後、大学へは進まず、ひたすら小説を書いていたらしい。そして少し前、官能ミステリー作家として華々しくデビューした。官能と謳っていながらも、そこまでしつこくない性描写と、練られたロジックが主婦層に受けているらしい。ウケる。
サイン会に列をなしているのも、僕以外ほぼ女である。
後ろの女の早くしてよという視線を背中で感じた。
「この後時間あるか?」

1時間ほどすると、吉井は指定した喫茶店に現れた。
さっきは座っていて気づかなかったが、高校時代より身長がいくらか高くなった様に思えた。
高校時代まぶたに深くかかった癖毛は、今では体よく整えられ、形の良い眉と瞳がしっかりと見える。
こいつこんなに格好良かったっけ。
「背が伸びたんじゃないか?」
「そんなに時間はないけれど。アイスコーヒーを」
ウェイトレスが去ったところで、僕は本題に入る。
「木村から手紙が来たんだよ、吉井には?」
「それほど仲が良かったわけではないからね、来てないよ」
吉井は煙草に火をつける。こいつ喫煙者だったんだ。
「それで思い出したんだ、パンデサルクイズをした日を。吉井はあの時木村に、うまくいくと良いねって言ったよな?」
吉井は紫煙を右に吐きながら目をクルと左に向け、
「そうだね。そう言った」
と答える。
「その意味を聴きに来たんだ」

吉井は届いたアイスコーヒーを一口飲むと、つらつらと話し出した。
「あの時、なんで木村はそんなクイズを出したんだろうって思ったんだよ。うちの母親ってクイズ番組が好きで、片っ端から観てるんだけど、俺もそれを横で観ようとせずとも耳に入るんだよね。でもそういう問題ってその近辺で聴いた記憶がなくて、かと言って木村って本を読むタイプでもないから、その出処を考えてみたんだ。それで帰り道、スマホでパンデサルを調べたら、フィリピンのパンなんだよね。で、思い出したんだ。木村のバイト先のコンビニにはフィリピン人の女の子がいるんだ。でも木村って普段あんまり女子とは話さないだろう?聴かれれば答えるスタンスで。そんな木村がフィリピンのパンの名称についての知識を得て、尚且つ君にクイズまで出した。そして木村は随分頑張ってアルバイトをしている。ということは、その子が好きなんじゃないのかなーと思ったんだ」

吉井は一仕事終えたという顔でコーヒーに口をつける。

僕は木村の手紙をポケットから取り出し、吉井に手渡した。

「なるほど、彼女と向こうで結婚したんだ。返事するなら、俺からもおめでとうと添えておいてほしいな。あと、俺のサイン本も贈ろうか、あ、でも木村は本を読まないか」

吉井は笑う。高校時代には見られなかった表情だ。
随分変わったな。

「お前、あの日に全部わかってたのかよ」

「まぐれだよ」
吉井は笑う。

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