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短編小説「代理的ファムファタル」

ゆきんさんからのTwitterリプライ「ファムファタル」より

サークルクラッシャーという者がいるというのは知っていた。
むさくるしい男の魔窟にふらりと現れ、最速で玉座に腰を据える魔性。
有象無象どもは甘い香りに誘われて、我先にと姫君の靴を舐めに行くが、ある者は顎をしたたか蹴り上げられ、またある者は同士討ちして塵になっていった。こうして、我がミステリー研究会は終焉を迎えた。
何故俺がこうして語り部を担える、言わば無傷の状態でいられるかと言えば、それは俺が同性愛者だからである。

「カミングアウトしていないのに、モーションすらかけられなかった。」
「バレてたんじゃないですか?」
イヤホンから笑いを含んだ可愛らしい声が聴こえる。通話相手のオム子である。正式にはハンドルネーム「オムライス大佐」。声とは対照的な、それでいて名前にはピッタリな厳めしいイケメンアイコン。ネットゲームで出会って、それから時折こうして駄弁る様になった。
男にセクシャリティがバレた後気まずくなった経験から、ことネット上において俺は女性の友達を作ることを好み、オム子は特に接しやすい相手だった。
「まぁ勘の良い子なら分かるか。」
「その子とは仲良かったんですか?」
「うん、普通だと思うけど。それこそ他の部員みたいにべたべたはしなかったけど、一緒に学食でお昼食べたり。でもあんまり喋らない子でさ。だからまさかこんなに内部が蝕まれてるなんて、崩壊直前まで気付かなかった。」
「ぼんやりしてますねー、情けないな。その子今どうしてるんですか?」
「それが分からないんだよ。サークルが壊滅した途端姿が見えなくなった。まぁ学内にはいるんだろうけど。」
「へぇ、それこそミステリーじゃないですか。皆で研究すれば良いのに。」
「うへ、煽るな煽るな。」
そんないつものお戯れフリートークを終え、オンラインゲームに移る。
「そういえば、オム子っていっつも男性アバターだよね。」
「はぁ?そういう貴方は毎回美少女じゃないですか!」
「まぁ確かに。でも可愛いし。」
「美少女になりたいんですか?」
「契約して魔法少女にしてくれます?」
「敵来てますよー」
気付けば深夜2時を回っていた。
「そろそろ切り上げますか?」
「そうだね。」
「あ、そうそう、えっと」
逡巡している様な呼吸が聴こえる。
「言おうか言うまいか迷ってたんですけど、やっぱり言います。来月東京に行くんですけど、オフ会でもしませんか?」
珍しく緊張した面持ちが画面越しに伝わる。
意外な申し出に少々戸惑うが、嬉しくもあった。
「えぇ、そうなの!?オム子ちゃんオフ会とか大丈夫なの?言っても俺男だし。」
「ちゃん付がくすぐったいですね。大丈夫ですよ。」
オム子はキャハハと笑った。

「もしかして…」
ふと顔を上げると少年みのある美青年が立っていた。
黒スキニーにビビッドな黄色いパーカー、金髪に赤いカラーコンタクト。ピアスはやたらと多い。なんか棲み分けされるはずの変なのに絡まれたと身構えていると、青年は俺が待ち合わせの目印にと握っていた情報誌を指差して笑う。
「やっぱりそうじゃないですかー!オム子ですよ!イメージと違いました?」
確かにオムライスを彷彿とさせる色合い。しかしイメージどころか性別が違う。
「オムライス大佐であります!」
過去本物の敬礼を見たことはないが、その敬礼は本物であろう美しさを孕んでいた。俺はスンとした気持ちでその気持ちの良い敬礼を見上げていた。

「え、うそ、ずっと女だと思ってたんですか!?」
「うん、いや、そう、ごめんなさい。」
「まぁ確かに自己紹介で男ですとか言いませんもんね、アハ」
一生ネタにされるのだろうと思う程、オム子、もといオムライス大佐の笑い声は喫茶店の中に響き渡った。しかし知った今でも女声に聴こえる。所謂男性が頑張って出す女声とは違う、淀みのない本当に綺麗な声だった。
「でもこれからもオム子って呼んでほしいな。」
オムライス大佐、戻りましてオム子の綺麗な指先がクリームソーダのグラスを撫でる。そして美しく整列した白い歯を見せて微笑んだ。犬歯が唇から少し覗く。なんだこの状況は。心臓が苦しい。ざわざわする。顎の奥がゾワッとする。頭の奥に何かが染み出す。放心状態でオム子を見据えていると、
「元気ないですねー。気にしてないから、いつもみたいにお話しましょうよ。」
俺のアイスカフェラテのグラスにオム子がグラスをコツンと当てる。小気味いい音と共にまた俺の心臓に負荷が掛かる。
それからオム子は自分の話や最近面白かったことをクルクルと話した。
俺はその一挙動一挙動を見つめ、相槌を打つだけで精一杯だった。
「ちょっとお手洗い行ってきますね。」
オム子が立ち上がり、席を離れる。心臓を休めようと、姿勢を崩して深呼吸する。すると急にテーブルがぶるぶると震え出した。オム子の携帯だ。不用心だなと思っていると携帯が震えながらグラスに触れる。咄嗟に危ないと思って携帯を避けようとすると画面に触れてしまった様で、通話画面が表示される。仕方ない。後で事情を説明するとして、今はこの通話に応対しよう。

「もしもし。」
「もしもし、こちらファムファタール代行サービスの西田と申します。大村様の携帯でよろしいでしょうか?」
「え、ああ」
大村でオムライスか、とやけに納得して生返事を返してしまった。
「先日の案件ですが、ご満足いただけましたでしょうか?」
「いや、すみません。大村は今席を外しておりまして…」
「これは失礼致しました。また改めてお電話致しますとお伝えください、それでは。」
電話が切れて、すぐにオム子が戻ってきた。

俺は、何か引っかかると、その言葉を反芻していた。
「ファムファタール」ってなんだっけ?

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