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短編小説「シリアルキラーキラーテレパシー」

※良い朝食さんからのTwitterリプライ「シリアル」よりー
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『シリアルの語源は、豊穣の女神セレス、だって。てっきり大量生産だからかと思ってた!また賢くなっちゃった』
愛犬のデルトロがシリアルの箱を見ながら、広角を上げる。ドヤ顔に見える。
あたしは返事しないでシリアルをシャクシャクと歯ですり潰す。
『シリアルキラーってのはなんだかかわいいと思ってたけど、そうか、語源が違うのかー!まいったな。知らない事だらけだ!』
人間でさえ、生まれてから死ぬまでに知覚できる世界はほんの一部なのだから、犬はもっと少ないだろう。
「朝からよく喋るね」
『この"話す"ってほんと楽しいよ!他の犬にも教えたいな、この喜びを!』
その後、歓喜の吠えを2回ほどしてくるくると回る。

先週地元でも有名な科学おじさんエメットのところにデルトロの散歩がてら立ち寄った時の事だ。

「犬の気持ちが分かる装置を開発した!今までの紛い物とは訳が違うぞ!」
大はしゃぎのエメットは、デルトロとあたし、自分にヘルメットの様なものをつけて、嬉々としてレバーを下ろした。
部屋が激しい閃光に包まれる。
それからというもの、デルトロの気持ちが分かるどころか、デルトロの言葉がわかる様になってしまった。

普段のエサがそれほど好きじゃないとか、あたしのお尻を見て興奮しているとか。知らなくて良い事というのは世界に沢山ある。犬の言葉なんて分からない方がかわいい。
言葉がカタコト同士のコミュニケーションの方がかわいくて平和なことがあるけど、あれにもちょっと似てるかも。

ボウルとマグカップをシンクに下げる。デルトロはついてくる。
『今日も良い尻だね!』
こいついっつもそうやって尻尾を振っていたのか。

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学校から戻ると、デルトロが
『今日はどうだった!?ぼくがいなくて寂しかったんじゃない!?ねえ!』
と駆け寄ってきた。
ソファーに身を沈めてヘッドホンをつける。
『ねえねえ何聴いてるの!?』
なんだか、今日はやたらとデルトロが飛びついてくるなぁ。ヘッドホンを外して、
「どうしたの?」と訊くと、

『後ろにいる人誰なの!?』

そこで頭に強い衝撃を感じて意識が遠のいた。

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「シリアルの語源は、豊穣の女神セレス。知らなかったな。大量生産だからかと思ってたよ。僕らシリアルキラーみたいにさ、連続で"生産"するから。」

今朝聞いた様なセリフを、男はシリアルの箱片手に言った。

「ところで、君は僕を知ってる?」
「知らないわ」
「ニュースとか観ないの?巷でそこそこ話題なってるはずだし、学校でも噂だと思うんだけど」
「生憎テレビ観ない。YouTubeしか観ないし、友達はほとんどいない。」
男はやれやれと肩をすくめた。
「現代っ子だね。なんだか張り合いがないな。有名人に会った喜びと殺人鬼に遭遇した恐怖をもっと体感してほしいんだけど。まぁ良いや、このシリアル食べて良い?お腹すいた」
「お好きに」
デルトロが見当たらない。
「犬はどこ?」
男はボウルにシリアルを盛ると、ミルクをたっぷりとかけた。あたしとしてはかけ過ぎだと思う分量。
「あの犬ね、知らないな。捕まえようと思ったけど、逃げられちゃったよ。薄情な家畜だね」
「そうね」

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「ふぅ…久しぶりに食べると美味しいね。今度買おうかな。…さてさて、そろそろこの世とお別れだ。何か思い残してる事はある?」
男はスプーンをナイフに持ち替えた。
「好きなYouTuberが今日新作を投稿するはずだったけど」
「待てよ、もっと他にないのか?誰かに会いたいとか、最後に何か食べたいとか」
「そうね、特にないかな。シリアルは毎日食べてるし。」
「はぁ…いよいよ張り合いのない娘だよ。なんでこんな娘選んじゃったんだろ。やっぱり赤毛限定とかやめようかな。もっと生への執着とか恐怖が見たいのにさ。いいや、サクッと終わらせよう。それがお互いの為だ。」

喉元にナイフが当てられる。目を瞑る。
そうか、死ぬのか。
最後にデルトロに、あとエメットにはお礼を言いたかったな。

「最後じゃないさ」

鉄製の何かが、固い何かにぶつかる音、そして人の倒れる音がした。
目を開けると、エメットがスコップを持って立っていた。
足元には男が倒れている。そしてその上にデルトロが飛び乗る。
「待たせたな」
デルトロの広角を上げる仕草がキメ顔に見えた。

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「どうやら、今回のことで我々3人は、いや、2匹と、いやいや、2人と1匹は、お互いの考えていることを理解できる様になってしまったらしい。謂わば超心理学、テレパシーだ。まだ精度は良くないが。つまり犬の言語が分かる様になったのではなくて、感情を受け取ってそれを脳が言語に変換しているのだ。しかしこれのお陰で君を助けることが出来た!!デルトロが私の家を訪ねて来なかったら…。科学は偉大だ!!!」
とあたしを抱きしめた。

殺人を未然に防ぎ、連続殺人犯を取り押さえたというヒーロー的高揚感なんてものはエメットにないらしく、あるのはあたしが助かったことへの喜びと新しい発明に対するワクワクである。

『エメットはシリアルの語源を知ってる!?』
「シリアルとは朝食の穀類のことかね?それなら豊穣の女神セレスだろう」
『なーんだ、知ってるのか!いつかエメットを驚かせたいね!』
「頼もしい犬だ!」
あたしが1人と1匹に対して持つ愛おしさは、思念で伝わってしまっているのだろうか、と思うと恥ずかしくなった。
多分これも伝わってる。

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