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涙の速報ニュース


 アナウンサーを目指す小田切恵美と登山家を目指す本丸武は大学に入ってからずっと付き合っていたが、互いの卒業を前に別れる事にした。小田切はテレビ局の内定が決定し、本丸も登山家を目指す若者としてyoutubeなどで注目されていた。そんな矢先である。二人は互いの夢を実現するためにはどうしても互いの存在が障害になってしまうと考えた。

「やっぱり私たち一旦別れて互いの夢に向かって一直線に突き進んだ方がいいと思うの」

 別れを切り出したのは恵美の方であった。登山家として生死を分ける冒険に向かう武には自分の存在が邪魔になる。だからいっそ彼のために別れた方がいい。それが三日三晩24時間ぐっすり寝て頭をスッキリさせた末に出した結論であった。武は涙で濡れた恵美の顔がやたら艶がいいのが気になったが、しかし彼女の言葉に偽りなどないと信じて別れを受け入れた。

「そうだな。恵美の言う通り確かに俺たちは一旦別れてそれぞれの道を選ぶべきべきなんだ。恵美が俺の登山家としての成功を願ってくれているように、俺も恵美がアナウンサーとして活躍してくれる事を願っている。じゃあここで俺たちの関係をリセットしようぜ。そして互いの夢が叶ったその時には……」

「武、私あなたがエベレストの登山に成功したら絶対に速報でニュース読むよ。登山家本丸武さん日本人初無酸素登頂で登山成功って!」

 そして二人は固い握手をして別れた。互いの夢が叶う事を誓って。


 それから何年かが過ぎた。小田切恵美は晴れてアナウンサーとなり、ニュース番組のキャスターに抜擢された。彼女の評判は非常によく番組も視聴率は同時間帯でトップにさえなる事があった。しかし本丸武の方はそれから一向に消息が掴めなかった。大学時代からやっていたYouTube番組もとっくに終わり、登山界で彼の名など全く出る事はなかった。恵美は時折彼の消息が気になっていたが、彼女は別れた日に見せた武の決意を秘めた清々しい顔を思い出して、きっとどこかで元気に登山しているに違いないと思った。いずれ世界のどこかで武がビッグニュースを持ってくるに違いない。彼女はそう信じて武のビッグニュースを待った。

 そんなある日突然武のビッグニュースが飛び込んできた。それは恵美がニュースでコメントをしている最中であった。彼女はADから差し出された原稿を見て思わず目を疑った。これは本当にあの武なのかと。

「ここでニュース速報です。つい今し方、主にタワーマンションを狙っていた下着泥棒が現行犯逮捕されました。犯人は登山用のロープを張って最上階から一階までの各部屋の下着をまるでスパイダーマンのように器用に盗んでいたそうです」

 ここで本丸武容疑者の逮捕時の映像が映し出された。ああ!何という事だろう。武は何から何まであの時のままではないか。引き締まった体。よく焼けた肌。そしてあまりにも場違いな爽やかすぎる笑顔。武は周りを囲むマスコミに向かって申し訳ありませんと大きな声で挨拶を繰り返していた。そしてカメラに向かって「恵美観てるんだろ?観てたらなんかコメントくれよ!」とかほざいた。

 小田切恵美はもうボロボロであった。思い出は完膚なきまでに破壊され、惨めな現実だけが目の前に映っていた。しかし彼女はニュースキャスター。あくまで速報を伝えねばならない。恵美は涙ながらに原稿を読んだ。

「本丸武容疑者はかつては登山家と称していましたが、いつしか山よりもマンションの下着に夢中になり登山で培った技術で器用にロープを使って下着を盗んでいたそうです。バレそうになった時はマンションの窓の点検だと言い張って誤魔化した事もあったそうです。彼は下着泥棒仲間にいつか都内で一番高いマンションの最上階の部屋の下着が盗みたいと語っていたそうです。それが俺たちのエベレストなんだとか言って……」

 ここまで読み上げたところで小田切恵美は耐えきれず号泣してしまった。こんなバカと付き合っていた自分への後悔と悔しさで涙が滝のように溢れてきた。恵美は後ろのスクリーンに映っている本丸武容疑者に向かって叫んだ。

「お前のエベレストってそれかよ!」

 


 

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