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天かす生姜醤油全部入りうどん初めて物語

 現在我々がよく知っている天ぷらが日本に伝来したのは戦国時代以降にポルトガルから長崎に伝来したものだと言われている。その前にも小麦粉を使用した揚げ物料理はあったが、西洋から伝わった天ぷらが広まったせいで廃れてしまったようだ。

 天ぷらに関するエピソードとして最も有名なのは徳川家康が天ぷらにあたって死んだ話だろう。家康は天ぷらが好きで肥満と糖尿に苦しみながらそれでも天ぷらがやめられなかった。それほど当時の日本人にとって天ぷらは美味なものであった。

 しかし天ぷらといえば家康というくらいに家康ばかりが注目され、何故か織田信長が天ぷらを好んでいた事は殆ど語られていない。そこで今回は織田信長の天ぷらについての逸話を紹介する。


 武田氏を滅ぼした織田信長は戦勝祝いをするため京に徳川家康を呼んだ。信長は明智光秀を饗応役として天ぷらとうどんを作るように命じた。うどんは日本古来の料理だが当時は精進料理であり、寺院などでしか食べられていなかった。天ぷらとうどんを一緒に出すというのはいかにも信長らしい発想だ。西洋と日本の垣根をぶっ壊し世界へと飛び立たんとした英雄織田信長でなければこんな事は思いつかないだろう。旧式な考えの持ち主であった光秀はうどんと天ぷらを出すとは何事かと不満であったが、信長を怒らせたらどうなるか身に染みてわかっていたので家来に命じて天ぷらをせっせと揚げたのである。

 しかしここで大事件が起こってしまった。光秀は信長が揚げたての天ぷらを出せというので信長が家康一行をもてなしている間家来にせっせと天ぷらを作らせていたが、なんとその天ぷらを全部焦がしてしまったのである。なぜ家来が天ぷらを全部焦がしてしまったかというと恐らく光秀も家来も天ぷらに関する知識がなく、天ぷらを揚げるタイミングを見誤ったせいである。おかげで仕入れた魚も野菜も全てなくなってしまった。後に残ったのは煮えた油の中からなんとか拾い上げた天かすだけである。光秀は生きた心地がしなかった。これで自分は終わりだと思った。彼はどうしようかと頭を抱えた。信長からはたびたび使いがやってきて天ぷらはまだかと催促された。光秀は天ぷらを全部焦がしてしまいましたと正直に打ち明けることもできず、もう少しで出来ると上様に伝えよと使いのものに言った。

 とりあえず光秀は魚と野菜を調達せよと家来に命じてそれからうどん作りに取り掛かったが、なんとここでも大失敗をしてしまった。なんと家来が出来たうどんに天かすと生姜と醤油を全部ぶちまけてしまったのである。光秀はこのバカものが!と家来を叩っ斬ろうとしたがもうそんな事をしている場合ではなかった。とうとうしびれを切らした信長が使いを寄越してさっさと天ぷら出せ!と言ってきたからである。もはや具材の調達は間に合わない。光秀は天かす生姜醤油全部入りうどんを見せられた信長の反応を想像して恐怖に足がすくんだ。

 彼はもう生きた心地がしなかった。お盆を持つ手は震え天かすと生姜と醤油の入ったうどんはこぼれそうになった。こんな気持ちの悪いものを出さなければいけないとは。光秀は身をブルブル震わせながら自ら家康一行と、そして信長にうどんを置いた。

 光秀がうどんが配った時、場が一気に凍りついた。天ぷらを楽しみに待って待っていた家康一行は天ぷらの代わりに天かすと生姜と醤油がまぶされたうどんの化け物を見て不愉快になり思わず口に手を当てた。信長はうどんを見て怒りにわなわな身を震わせ扇子をへし折ってしまった。そして光秀に天ぷらはどうしたんだと怒鳴りつけたのである。

「光秀!天ぷらはどうしたんだ!家康は天ぷらを楽しみにしてたんだぞ!なのになんでこんな天かすと生姜と醤油をぶっ込んだうどん出してくんだ!お前俺を舐めてんのか?100万石の大名になったから接待役なんてやりたくねえってのか?お前どうなるかわかってんだろうな!」

 この信長の激怒に光秀は正直に家来の不注意で天ぷらを焦がしてしまった事を述べて頭を床に擦り付けて謝った。うどんを作ったが緊張して頭が真っ白になった家来が天かすと生姜と醤油をうどんに溢してしまったことも謝った。だが猜疑心の強い信長はわざとやったに違いないと取り合わなかった。彼は光秀を叩っ斬ってやろうと蘭丸に刀を持てと命じた。しかしその時である。その場にいた家康が天かすと生姜と醤油の入ったうどんを啜りながら信長に言ったのである。

「恐れながら上様、この天かすと生姜と醤油がまぶされたうどんなかなかの美味にござりまする。きっと光秀殿も上様を喜ばせようとこのうどんをあえて上様に出したのでしょう。かつての公方足利義政公が割れた茶碗に美を感じたのと同じように、光秀殿もこの失敗したうどんに美を感じたのです。上様ならこの天かす生姜醤油全部入りうどんを美味しく召し上がっていただけるだろうと」

 思わぬ助けに光秀は思わず涙した。彼は家康の心遣いに感謝した。ハッキリ言って光秀はうどんの味見さえしていなかったが、家康が美味しいと言ってるんだからこのクソ不味そうなうどんも美味しく見えてきた。

「家康!お前光秀を庇うのか?とんだお人好しだ!コイツは俺とお前をおちょくったんだぞ?」

「いえいえ、上様拙者は光秀殿を庇ったつもりはありませぬ。ただどんなに不味いか確認しようとしてちょっと食べてみただけです。したらこれがなかなかに美味ではありませぬか。上様も一口召し上がってみては?」

 信長はキッと光秀を睨みつけた。そして光秀にうどんを突き出して食べるように命じた。

「光秀!この天かすと生姜と醤油が全部入ったうどん残さず食べてみよ!」

 光秀は突き出されたうどんを見てやっぱり不味そうだと考え直した。とても食えるような見た目ではない。さっき家康が美味しそうに食べていたのは自分を庇ってのことだ。いやもしかしたら焼き味噌を食べるような田舎者の家康には料理の味なんてわからないのかも知れない。

「よく噛んで味わって食べるんだぞ?飲み込んで誤魔化そうとしたら叩っ斬るからな!」

 目の前の信長が第六天魔王そのままの顔で光秀に早く天かす生姜醤油全部入りうどんを食うように迫る。光秀は覚悟して箸を手に取るとうどんを摘んでゆっくり口に持っていった。

「あっ、美味しい」天かす生姜醤油うどんを口に含んだ光秀は思わずつぶやいた。何という美味であろうか。これはとても坊さんが食べる精進料理ではない。天かすと生姜と醤油の味が幾重にも折り重なり複雑な味を作り出していた。天かすは天女の衣のようにうどんを包み、生姜は白粉のようにうどんに艶を与えていた。そして醤油はまるでお歯黒のようにうどんと天かすと生姜に微妙な印影を与えていた。なんという美味なのか。うどんに南蛮料理の天ぷらの残りものの天かすを入れただけでこんなに美味しくなるのか。光秀は感激して目をキラキラさせて思わず叫んだ。

「美味し〜い!」

 信長はどう見てもクソ不味く見えるこの天かす生姜醤油全部入りうどんを家康と光秀が美味いと言っているのが納得出来なかった。コイツらは揃って不味いものを美味いと言って俺を謀っている。光秀は勿論自分自身のためにこの失敗うどんを美味しいと嘘をつき、家康はその光秀を庇うためにうどんは美味いと言い張っている。だがそんなものに騙される俺ではない。信長はそう思い自分でうどんを食べることに決めた。まずかったら二人を叩っ斬ってやる。俺は天下人。もう家康なんか用無しだ。信長は箸を手に取りうどんに白カビのように天かすがまとわりついたうどんを摘み、そして口に入れた。

 光秀はうどんん口に含んだ時の表情の変化を見逃さなかった。その一瞬信長の目がキラキラしたのをしっかり目に焼き付けた。しかしである。一口食べた途端信長はうどんをぶん投げこんなクソ不味いうどんなんかくれるかと喚いて出て行ってしまったのである。

 その後光秀は饗応役を解任され、さらに領地まで奪われてしまった。光秀は敬愛する主君が素直に天かす生姜醤油全部入りうどんが美味かったと認めるどころか、逆ギレして自分に処分を下した事にどうしようもないほど幻滅を感じた。自分の間違いを認められず、家来の率直な感想に逆ギレして左遷するなんて天下人としてあるまじき振る舞いだ。光秀はこの信長の所業にブチ切れ、とうとう謀反を起こした。

 勝敗はすでに決し、今燃え盛る本能寺の本堂で切腹せんとしていた信長は光秀の顔を思い浮かべながらあの時一口だけ食べた天かす生姜醤油全部入りうどんの味を思い出していた。あの時もっと素直にうどんが美味しいと認めればこんな事にはならなかったのに。だがあの時くだらない天下人のプライドがそれを許さなかった。せめてあの時天かす生姜醤油全部入りうどんを全部食べていればこんなに世に未練など残さないのに。だがもう遅い。火の粉が舞い散る中、信長は意を決して切腹した。




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