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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第三十一回:ライブの当日

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 サーチ&デストロイの待望の復活ライブの当日の朝、露都は夜明けと共に目覚めた。まだ起きるのは早いので寝ようとしたが、目を閉じて寝ようとしたがやたら目が冴えて寝ることは出来なかった。その彼の上に隣で寝ていた絵里が覆い被さってきた。彼はバカと驚いて目を見開いたが、絵里は単に寝返っただけのようで思いっきりいびきをかいていた。露都はもう寝るのを諦めて絵里をそっと脇にのけてベッドから出た。その時絵里がボソッと寝言を言った。「大丈夫よぉ〜、サトルぅ〜、今日はお父さんちゃんと帰ってくるからぁ〜」

 絵里の寝言を聞いて露都はあらためて彼女に申し訳ないと思った。来週からはもうまともに家に帰れなくなる。でも家にいる時は父親らしいことをしなくては。と、思ったところで彼は今日の垂蔵のバンドのライブの事を思い浮かべた。皮肉な事にこの憎むべき父親がやるライブが自分と息子の仲を取り持ってしまった。垂蔵のバンドのパンクみたいなクズ音楽のライブだなんて家族サービスだなんてとても言えないが、でもサトルはそれを望んでいるのだ。しかし垂蔵は本当にライブが出来るのだろうか。確かに家時から毎日垂蔵の体調が良くなっているとの報告は受けている。だがそれはあくまでも今だけであり、今後どうなるかは分からない。今だって急に体調が急変することだって十分に考えられる。もしライブ中に垂蔵に何かあったらその時はどうすればよいのか。

 露都はその不安を吹き飛ばすためにシャワーを浴びた。殆ど常温に近い水を頭に浴びてなんと心を落ち着かせた。そして浴室から出ると書斎に入り仕事の準備をして、それが終わるとスマホで家時からメールが送られてないか確認した。家時からの新着のメールはなかった。彼はまだ朝早いしくるわけがないと思いメールを閉じて今度はグーグルで垂蔵を検索した。やはり復活ライブの当日だからかライブについての話題がトップに並んでいた。ニュース記事、SNSでの発言、ブログや掲示板。それらの記事は一応に垂蔵の完全復活を祝い、サーチ&デストロイのエピソードや今夜行われる復活ライブについて熱っぽく語るものだった。露都はその記事の、今夜のライブを見逃すな!サーチ&デストロイの伝説はまたここから始まるんだ!垂蔵さんの雄姿を目に焼き付けようぜ!等という調子の文章を読んでまるで死亡フラグじゃないかと思った。だがそこで彼はいかんいかんいい加減悪い想像をするのはやめろと頭を振った。もう窓を見たら日が昇っていた。そろそろ絵里も起きるころだと露都はスーツに着替えた。

 出勤する露都を見送りるために絵里とサトルが出てきた。露都は絵里に向かって改めて今夜のライブについて注意した。

「いいか、もう何度も言ってるけど、会場に来たらすぐ近くにいるスタッフさんに声かけて会場に入るんだぞ。そして席でじっとして俺が来るのを待ってろ。全く外にいたら何されるかわかったもんじゃないからな。お前はそんな事はありえないっていまだに思ってるかもしれないが、そういう油断が災難を巻き込むんだ。だからだな……」

「もう、それこの一週間で何回言ってる?もううざすぎて耳にタコどころかフジツボが生えてきそうなんだけど」

「お前はやっぱり俺の言うことがわかってない。俺だってこんなにうるさくいたくないよ。だけどなそれもこれもお前とサトルの安全を最大限に考えてだな」

「ああ!うるさい!もう時間なんだからさっさと仕事行きなさいよ!後それと……ちゃんと課長さんに今日は残業は出来ないって言うのよ。父のライブがありますからって」

「あのな、そんなドラマみたいな事言ったら職場の笑いものだぞ。恥もいいとこだ」

「じゃあ、あなたやっぱり残業するからライブ行けないとか言うわけ?」

「ええ~っ、お父さんおじいちゃんのライブ来ないの?おじいちゃん可哀そうだよ」

 絵里に加えてサトルまで露都に突っかかってきた。彼は困り果てもうやけくそになって言った。

「サトルまでそんなこと言うなよ。お父さんちゃんとおじいちゃんのライブ行くから。信じてよ」

「じゃあ」と再び絵里が口を開き、もう一度さっきの言葉を繰り返した。

「課長さんに今日は残業できません。父のライブがありますからってちゃんと言うんだよ」

 露都は再び繰り返されたこの言葉を聞いて思わず顔をしかめた。絵里とサトルはその露都に向かって一斉に今の言葉を復唱した。

「課長さんに今日は残業できません。父のライブがありますからってちゃんと言うんだよ」


 露都は勤務中は出来るだけ垂蔵の事は考えまいとしていたが、それでもやはりどうしても垂蔵の事を思い浮かべてしまった。昼休みにベンチでスマホを見たら家時の報告のメールがあったので早速開いて読んだ。彼は昨日垂蔵は家時の家に泊まっていた事を思い出し一瞬不安が頭をよぎったが、家時は垂蔵はいつものように元気でライブに向けて盛り上がっていると書いていた。垂蔵の写真も勿論貼られており、そこにはバンドメンバーや家時とにこやかに朝食を取っている垂蔵の姿が写っていた。家時はメールの末尾に「一時はどうなる事かと思いましたが、ようやくここまで行きつくことが出来ました。これも露都さんのご協力のおかげです。ホントありえないほど上手くいって、後はライブを無事にやり遂げるだけです」と書いていた。露都はこの文面に朝感じた嫌なものを思い出してすぐにスマホを閉じた。

 午後になりライブ開始の時間が近づくにつれ急に不安が大きくなってきた。ライブで垂蔵に何かあったらどうするんだ。大体ステージ4の人間に一時間も歌わせていいのか。下手したらそのまま死ぬ可能性だってあるかもしれないんだぞ。散々彼の頭を悩ませていた問題が今こうして再び彼の頭を占めてしまった。あと数時間後に垂蔵のライブは始まる。俺はそれをどんな風に見ればいいんだ。何事もなければそれでいい。ただこの胸のざわざわ感はなんなんだ。まるで何かを予告しているような胸騒ぎは一体何なのだろう。だが露都はそこで考えるのをやめた。バカバカしい、もういい加減そんな事考えるのはやめろ。どうせ何を考えたって運命ってやつは来るときは来るし、来なきゃ来ないんだ。もう今はただ垂蔵のライブに行くことだけ考えるんだ。

「おい」とどこかからか呼び声がした。気づいて振り向くとそこに課長がいた。露都は気づかなかったことを謝り用件を聞いた。すると課長は一息おいてからこう言った。

「君今日残業やんの?休日出勤だからあれだけどちょっと立て込んでんだよね。まぁ一時間ぐらいやってもらいたいんだけどさ」

 露都はこの残業の誘いを聞いて朝の絵里とサトルの言葉を思い出した。

(今日は残業できません。父のライブがありますから)

「はぁ?今なんて言ったの。小さくて聞こえない」

 露都は自分が知らずに絵里たちに言われた言葉をつぶやいていたことに気づきハッとして口を閉じ、そして改めてこう言った。

「課長、申し訳ないんですが、今日はちょっと……」

「あっそ、また家族サービスね。まぁ残ったメンバーで何とかやるから君は好きに帰っていいよ。じゃ」

 ドラマとは正反対の後味の悪すぎるやり取りだった。だけどこれが現実だ。現実なんてこういう嫌なことも積み重ねだ。露都はそう自分に言い聞かせてとにかく時間が過ぎるのを待った。

 そうして待っていたらようやく終業のチャイムが鳴った。露都は大急ぎで出る準備をし、そして挨拶もそこそこに走るように出て行った。庁舎から出た途端強い風にぶち当たった。風は地下鉄の入り口の方に向かって吹いていた。露都はその吹き付ける風に妙な解放感を感じた。待っていろよ絵里、サトル。お父さん今すぐそっちに行くからな。そして彼は垂蔵の顔を思い浮かべてこう思った。もうここまで来たら観るしかない。たとえ何が起ころうがその時はその時でしかないんだから。

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