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《連載小説》おじいちゃんはパンクロッカー 第三十二回:ライブ開場前のトラブル

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 露都はライブハウスへ向かう電車の中で絵里にメールを送った。しかし絵里からはしばらくたっても返信はなかった。彼は絵里とサトルがすでにライブ会場に入っているか、あるいは自分と同じように電車で会場に向かっている最中かと考えたが、ふと垂蔵と同じようなパンクスがたむろしているライブ会場を思い浮かべて、急に不安になってきた。それで妻の所在を確認するために家時にあいさつ程度のメールを送ったのだが、これも全く返信がなかった。電車の中なので電話も出来なかったので、一旦近くの駅で降りて電話しようと考えたが、今電車から降りたら何らかの事故で電車が止まって開場前に入れないかもしれないし、また絵里と家時がメールに気づいていない可能性も十分に考えられることから、我慢して電車の中に留まった。露都はドアの上の電光掲示を見てあと目的地まであと5駅だと確認した。時間的には20分程度である。

 近づくごとにいろんな不安がこみあげてきた。まずは絵里とサトルがもめごとに巻き込まれず、ちゃんと会場に到着しているか。そしてライブ中に特に絡まれたり、危害を加えられることなく家族三人そろって無事に家に帰ることができるか。そして、垂蔵が無事にライブをやり遂げることができるか。露都は垂蔵の事ばかり考えている自分に呆れた。本の一週間前まで垂蔵の事なんて考えさえしなかったどころか、むしろ頭の中から追い出していたのに。今になってどうしてこんなに垂蔵の事ばかり浮かんでくるんだ。あんな自分勝手な事ばかりして、母さんを死なせたクズみたいな人間のことなどどうでもいいと思っていたのに。露都は電車が止まる度に驚いて顔を上げた。その電車が止まるときの揺れと振動が彼の心情と妙にリンクしていたからだった。

 手前三駅あたりから車両にパンクスみたいな連中がやたら乗ってきた。露都は連中を見てサーチ&デストロイのライブに行くに違いないと思いすぐに連中から目を背けた。全く何十年ぶりに見ても酷い恰好だった。そんなばかばかしい恰好よくできるなと思った。連中は露都の座っている席の近くに座を占めてサーチ&デストロイのライブの事を口々に語りだしたが、露都はそれを聞いてやっぱりだと思った。

「まさか、復活ライブ直前に垂蔵が倒れるなんて思わなかったよ。で、俺らを心配させてからの復活だろ?やっぱりサーチ&デストロイは持ってるんだよ。今夜はホント目出度よ。ダブルで復活だもんな」

 露都は連中の能天気な言葉を聞いてまた不安に苛まれた。しかし何が起ころうとも目的地に電車は止まるし、自分は家族と垂蔵の元に行かなくてはいけない。彼は再びスマホを見た。しかし絵里からや家時からはメールの返信はなかった。


 駅に着くと露都は真っ先に電車から降りて早足で会場に向かった。人込みは多かった。会場のライブハウスのある辺りは繁華街で元々治安が悪い上に、今夜はサーチ&デストロイのライブがある。露都はいまだなんの連絡もない事態に不安になって電話しようとスマホを手に取ったが、その時会場のライブハウスが駅からほど近い場所にあるのを思い出しもうこのまま行った方がはやいと会場まで全速力で駆け出した。無事にいてくれ絵里、無事にいてくれサトル。お父さんが今そっちに行くから。今、横断歩道の向かい側に並んでいるのは男女共に赤青黄色緑ピンクに髪を染めたバカなパンクファッションのバカたち。連中を見て心臓の鼓動が早くなった。絵里もサトルもちゃんとライブハウスの中に入ることができたのだろうか。信号が変わったので露都は会場に向かって一目散で渡った。だがライブハウスへと向かおうとした彼の前に突然パンクスが現れた。ああ!なんだこのピンクの髪のバカ女!しかも子供まで連れてきてるじゃないか!なんだこのガキは革ジャンに突っ立てた髪の毛。このガキ俺の前ではしゃぐな!まったくこの親子はどんな教育を受けてきたんだ。ホントに恥ずかしくないのか!いや、ホントに……?

 露都は目の前の信じがたい光景に唖然として目と口を開けたままその場に立ち尽くした。その露都に向かって子連れのピンクの髪のバカ女は言う。

「何やってんの露都?ドッスンみたいな顔して」

「何がドッスンだ!それよりもその恰好は何だよ!なんで髪をピンクに染めてんだよ!それにサトルの髪まで立たせて、しかも鋲柄の革ジャンまで着させるなんて!」

「ああこれ、ウィッグだから心配しなくていいよ。あなたのお母さんの真似よ。私たちも頑張ってパンクファッション決めてみたのよ。どう、結構似合ってるでしょ?」

 そういうと絵里とサトルはドヤ顔でポーズを決めた。

「似合ってくるもくそもあるか!お前らまさか家からその恰好で来たんじゃないだろうな?」

「着てきたわよ。ここまでくる道で知り合いにあう毎に人から凄い恰好ねってびっくりされたよ。なんかのイベントに行くんですがって聞いてきたから旦那のお父さんのライブに行くのって言ってやったわ」

「バカ野郎!そんなことされたら俺の立場はどうなるんだ!」

「ああうるさいうるさい。あなたこそここじゃ完全に浮いてるよ。ここにスーツ姿の人なんて全くいないよ。ねぇ~サトルぅ。お父さんおかしいよね」

「おかしいおかしい。お父さんどうしてみんなと同じ格好で来なかったの?」

 露都は妻と子供からそう言われてふと周りを見た。確かにスーツ姿の人間等一人もいない。半数以上がパンクファッションで後は今風の服装を着ていた。彼は意外に若い連中も来ているのに驚いた。彼よりもはるかに年下に見える若者もいる。彼らの中にもパンクスみたいな恰好をしたやつがいたが、大半は今風のお洒落な恰好だった。

「で、お前らなんで外にいるんだ。俺散々言ったよな?会場着たらすぐにチケット見せて中に入れって。いつまでもこんなとこにいたら危ねえだろうが。それに俺さっきお前が首にぶら下げているそのスマホにメール送ったんだけど確認してねえのか?」

「あっ、ほんとだ。メール届いてる」

「届いているじゃねえよ。俺はお前らが心配で駅からここまで走ってきたんだぞ!なのにお前らは会場に入りもしないでそんな派手な格好して能天気に道端に立っているんだから」

 この露都の言葉を聞いて絵里はライブハウスの入り口を指さして露都にこう言った。

「あなた。あれでまともに入れると思ってる?あんなんじゃ近づくことだって出来ないよ」

 その時入口の方から怒号が飛びこんできた。露都はその怒鳴り声にハッとして入口の方を向いたのだが、人だかりの奥で革ジャンの男たちが会場のスタッフたちを怒鳴りつけているのが見えた。

「あんなぁ~、このガキ。お前ら今まで俺らがどれだけサーチ&デストロイを盛り上げてきたかわかってんのか!本来ならてめえらが俺らのためにチケットを差し上げなきゃいけねえんだぞ!なのにもう完売したからチケットは売れませんだぁ~!なめてんのかコラ!こんなサーチ&デストロイ知らねえガキどもにチケット売って俺ら見てえな爺はお引き取りおってか!フザケンなゴラ!」

「申し訳ありません。今回は予想外の人気でどうしても当日券が出せないんです。もうすぐ開場時間ですし、ほかのお客様もお待ちしているので場所を変えてお話できませんか?」

「出来ないね!お前ら俺らをなめてるだろ?はいはいわかりましたおじいちゃんそこどいてねって感じか!俺らはそのお前らの見下した態度が許せねえって言ってんだよ!」

「ねっ、近づけないでしょ?さっきからずっとあんな状態よ。あの人たちっ全然ひかないんだから」

 全く酷いありさまだった。これじゃとてもライブ会場に入れはしない。露都は家時はどうしたのかと彼の姿を探したが、その時中から黒いスーツ姿の男が出てきて革ジャンの男たちに深く一礼してからこう言った。

「責任者として申しますが、彼の言う通り、席はもう満杯でもうスペースの確保ができない状態です。だから今までサーチ&デストロイを手厚く支えて下さり、さらにわざわざこうして復活ライブの会場まで来てくださったのに何もできないのはこちらとしても申し訳なく大変心苦しいのですが、やはりお帰りいただくよりしかたがありません」

「何が責任者だよ、このガキ。とってつけたような事ぬかしやがって!責任者だったら今すぐここにいるバカどもからチケット買いとれよ!どうせこいつら話題になってるから来ただけなんだろ?ひょっとしたらどっかから転売で買ったかもしれねえし、そんな奴らとずっとサーチ&デストロイを応援してきた俺らとどっちが大事だと思ってるんだよ!さあ早くこいつらからチケット巻き上げろよ!俺がお前らの代わりに払い戻ししてやっからよ!」

 露都はこんな連中の相手をさせられている家時を気の毒に思った。余命一年の垂蔵のためにライブを実現させるためにどれほど彼が苦労を重ねてきたかと思うと堪らなかった。こんな連中のためにもしライブ自体が中止なんてことになったら、何もかもが救われなくなる。家時も、自分も、絵里も、イギーたちバンドメンバーも、そして垂蔵も。

「ねえ、露都まさか入口に行くつもり?危ないからやめなよ」

「いや、ちょっと話に行くだけだよ」

「だからやめなさいって!」

 露都は彼を引き留めようとする絵里と心配そうな顔で見るサトルに大丈夫と声をかけて前へと歩きだした。しかしその時、突然家時が耳が壊れそうなほどでかい声でこの年配のサーチ&デストロイのファンを怒鳴りつけたのである。

「うるせえんだよジジイ!チケットがねえっつってんのがわかんねえのかよ!テメエらのせいで今日のライブが中止になったらどうすんだよ!垂蔵さんが今日のライブにどんだけ懸けているのかわかってんのか!ほかのメンバーだってそうだ!みんなみんな命懸けでやってんだよ!そのライブをテメエらが見れねえからってぎゃあぎゃあ騒ぎやがって!ガキガキって言ってるけどてめえらの方がずっとガキじゃねえか!ファンだファンだっていうならどうしてライブをぶち壊すような真似ができるんだ!こっちに不満があるんだったらなんでも聞いてやるよ!だけどバンドのライブだけは邪魔すんじゃねえよ!」

 家時の突然の怒号に露都たちだけでなくその場にいた人たちが一斉に呆然とした。近くにいた連中は怒鳴り声がスーツ姿のもやしみたいな男から発せられたとは信じられなかった。彼に怒鳴られた年配のサーチ&デストロイファンもその怒声に圧され完全に縮こまり、なにやらぶつぶつ言いながら逃げるようにその場を去った。入口の方に向かおうとしていた露都とそれを止めようとしていた絵里とサトルはこの思わぬ怒号に呆然としてその場に立ち尽くした。サトルは露都と絵里に「あのスーツのおじちゃん怖いね」ぼそりと呟いた。


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