見出し画像

アート・オブ・ライフ

 ポエマーの龍崎香澄とペインターの華丸武司は文学界と美術界の華麗なるコラボカップルであった。二人は共にルックスが良く、またファッションセンスも抜群だったので雑誌はこの二人をこぞって取り上げた。二人をちょっとでも取り上げた文芸誌や美術雑誌はすぐさま売り切れになるほどだった。二人を表紙にしたとあるポエム雑誌などすぐに売り切れ、書店やネットからの注文で増刷を繰り返しているうちにいつの間にかその月の月間ベストセラーのトップになってしまってしまっていた。

 この新たなるハイカルチャーの寵児の評判は文学界や美術界に留まらず、ファッション界や芸能界さえ轟いた。雑誌は二人を取り上げ始めた。先日とある週刊誌のグラビアに颯爽と街を歩く二人の写真が載ったが、それを見たある人はその写真のあまりのカッコよさにため息をついてこう呟いていた。

「二人はこの東京にソーホーの風を吹かせているのさ」

 その東京にソーホーの風を吹かせまくっている龍崎香澄と華丸武司は、月一で銀座の有名ギャラリーを借りてアートパフォーマンスを行っていた。ポエムとアートの一夜のセッションと題して行われているそのアートパフォーマンスで二人は言葉とペンキの一大セッションを行っていた。龍崎は白い壁に溢れでる言葉をそのまま筆で書き殴り、華丸はペンキを撒き散らしてその言葉に彩を添えた。いつかのイベントで二人のパフォーマンスを見物客の一人は、その二人の激しく互いに言葉とペンキをぶちまけるセッションを見てこんなことをつぶやいていた。

「まるでセックスしているみたいだ」

 確かに二人のアートパフォーマンスは挿入なしのセックスだった。二人は互いに言葉とペンキをぶちまけている時、剥き出しの心で相手を求めていた。これはあくまで噂だが、二人はイベントの終わった後いつもギャラリーを一晩借りてイベントの熱気そのままに夜通しで生身の激しいセッションをしているという。


 龍崎香澄と華丸武司の出会いはいかにもアート的なものであった。高校時代にポエマーとしてデビューした龍崎は大学に入ったころからスランプに陥った。彼女はスランプから脱出しようとインスピレーションを求めて街を彷徨った。そんな時にたまたま入ったのが、美大生の華丸が自費で展覧会を行っていたギャラリーだったのである。

 彼女はそのギャラリーの展示品の中の一つの作品を見て立ち止まった。その作品は『解放』というキャンバスに真っ白なペンキがそのままぶちまけられたものだった。龍崎はその白いペンキがトロリと生々しく垂れる作品を見て体が熱くなるのを感じ動揺して震えた。その彼女の前に現れたのが作者の華丸武司だった。

 華丸はこのポエム以外まるで熟していないおぼこ娘に向かって囁いた。

「君自信を解放しないか?」

 二人はその場ですぐに結ばれた。『解放』の白いキャンバスをシーツにして二人は猛然と抱き合ったのである。ギャラリーには二人の他にも観覧者がいたのだが、二人は互いに解放を求めて腰を激しく打ち合っていたのでそれに全く気づかなかなった。その結果二人はギャラリーから出入り禁止を言い渡されたが、それが二人のソーホーの風を吹かせまくったコラボの誕生の瞬間だった。


 龍崎と華丸は自分たちの生活はアートとして完璧でなければならぬと思っていた。二人で一緒に暮らすと決めた時、二人は自らの心のソーホーにアートにすべてを捧げると誓ったのだった。朝は軽いショートポエムと水彩画、昼は散文詩とヌードデッサン、夜は激しいポエトリーリーディングとアクションペインティングの応酬。二人は毎日こうして互いのアートを放出しまくって一日を終える。そして翌日もその繰り返しである。何が何でもアートでなければならぬ。アート・オブ・ライフ。それが私たちの全てだ。

 二人のアートパフォーマンスはその二人の心情をアート的にぶちまける絶好の場であった。画廊でアートパフォーマンスをやろうと決めた時は二人はまだ遠慮がちであった。龍崎のポエムは出版された詩集をそのまま読んで書いたようなものでしかなかったし、華丸のペインティングもボロック等のアクションペインティングの模写みたいな想像力の欠けたものであった。しかしアートパフォーマンスを続けていくうちに二人は遠慮がなくなり、その時その時の心情を思いっきりぶちまけるようになった。龍崎はだんだん奔放になり、汗だくの体で熱情的に華丸への愛を叫び、殴るように書いた。華丸も龍崎の激しい思いに応えるように龍崎への愛をペンキに変えて壁にぶちまけた。

 龍崎香澄と華丸武司の生活はすべてがアートであった。愛も、セックスも、朝昼晩の食事も、買い出しも、犬の散歩も、風呂も、トイレもすべてがアートであった。二人のアート・オブ・ライフはこのまま続くかと思われたが、そんな二人にソーホーらしからぬ大事件が起こった。なんと華丸がグラビアアイドルと浮気をしてしまったのである。あのソーホーの風の片割れがグラビアアイドルと浮気とは完全にイメージダウンであるが、しかし人間だからしょうがないのである。

 一応浮気の経緯を説明すると、某番組でグラビアアイドルと共演した華丸はグラビアアイドルが以外にも美術に詳しいことに親しみを感じ、さらに彼女から自分のファンであることを打ち明けられて完全に舞い上がってしまったのである。それですぐにホテルでいたしてしまったのだが、即刻各マスコミにばれて大変なことになってしまったのである。

 龍崎は当然この華丸の裏切りに激怒した。中でも彼女が一番激怒したのは華丸が寄りにもよってグラビアアイドルといたしたことだった。全く私というアートな恋人がいながら、あんなアートのかけらもないバカ女といたすなんてどういうつもり?龍崎は華丸を怒鳴りつけてやろうと思ったが、しかし彼女はこれはあまりにもアート的な行為ではなく、まるでソーホーの風の吹かないはしたない行為だと思い直して、アート的に華丸に反省させようと、彼に緊急のアートパフォーマンスを開催することを提案したのであった。

 そのアートパフォーマンスはすさまじかった。龍崎は華丸への怒りをポエジーに叫び、そして筆で壁にぶつけた。華丸は真摯にその怒りを受け止め、白と黒のペンキで謝罪の気持ちを表現した。この謝罪アートパフォーマンスは大成功し龍崎と華丸のソーホーカップルの名声は一段と高まったのである。

 だがそのソーホーの風を吹かせて来た二人にも終わりの時が来た。長く一緒に暮らしてきた二人だったが、暮らしているうちにだんだん互いのソーホーの風が吹かない部分が見えてくるようになったのである。まるでアートじゃない。二人は毎日互いにそういい合うようになってしまった。これじゃソーホーの風なんかとても吹かせられない。互いにそんな思いが頭をかすめるようになってしまった。龍崎は実は韓国アイドルのファンだったことがばれてアート的じゃないと華丸に叱られ、華丸は下半身の毛に白髪が生えて来たのをアート的じゃないと龍崎に叱られた。知れば知るほど互いのソーホーの風が吹かない部分が露わになってくるのを見て、二人は別れる事を決心した。

 龍崎香澄と華丸武司はお別れ記念として最後のアートパフォーマンスを行うことになった。相変わらずソーホーの風を吹かせまくっていた二人は颯爽と観客の前に現れてパフォーマンスを行ったが、それは完全に二人のアート・オブ・ライフの終わりを示していた。龍崎はただ別れる理由をつらつら壁に書き、華丸は緑の線でその龍崎の文章の周りを囲っていた。龍崎は華丸が描いた囲いに自分の名前をサインして印鑑を押した。華丸も同じように自分の名前を書いて印鑑を押して、それが終わると龍崎のために場所を開けた。龍崎は壁に前に立ち一息おいて天井近くの何も描いてない部分に緑の筆で『離婚届』と書いた。 

この記事が参加している募集

私の作品紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?