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《長編小説》全身女優モエコ 第八話:全身女優開眼

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「これで煤っこのやつ二度とここには来ないわよ!ひょっとしたら、学校にも来ないかも!」

 そう女生徒の一人が言うと、体育館の女生徒達は一斉に笑い出した。そして別の女生徒が続けた。

「だけどアイツなんなの!いきなりシンデレラやりたいとか言い出してさ!おまけに服までどっかで万引きしてきたりして!いつもは私らが何言っても口聞かないヤツなのに!」

「なんかへんなスイッチでも入ったんじゃない?でもさっき先生に怒られた時の煤っこ笑ったよねぇ〜!ああ〜!もう終わりよぉ〜!とか泣き喚いてさぁ!当たり前だろっての!ねぇ先生?さっき煤っこに木の役やれって言ってたけど、あれ冗談だよね?木なんか男子並べとけばいいじゃん!私たちアイツなんかと同じ舞台に立ちたくないんだから!」

 そう聞かれた担任はさっきの事を思い出し顔を赤らめてしまった。あの時は何故か異様に昂って臭い熱血教師ものそのまんまの台詞をモエコに吐いてしまったのだ。木の役といっても所詮木である。単にただ立ってる役である。それをあんなに大げさに言うべきではなかった。まさかモエコが自分の言葉を魔に受けるとは思わないが、それでも木の役をやりますと戻ってきたとき、クラスの連中にまた追い出されたらモエコは二度と学校に来ないかもしれない。ただでさえ最近は最近は休みがちのモエコである。このまま何事もなく卒業させなくては自分の教師としての評価が危うくなる。彼は生徒たちを集めてこう言った。

「とにかく文化祭はクラス全員がでなきゃダメなんだ!クラス全員が出ないと金賞なんかとても貰えないぞ!だからモエコが戻って来たら友達として優しく迎えてやれ!もうアイツを煤っことか言っていぢめるのはよせ!」

 しかし女生徒たちは、そんな担任を嘲笑ってこう言った。

「ヘェ〜!急に教師ヅラするんだぁ!今までモエコいぢめを見て見ぬ振りしてたのに!」

「バカヤロ!お前ら俺をなんだと思ってるんだ!俺はお前らの担任だぞ!人の話を聞け!」

 しかし、女生徒たちはそんな担任の説教をあざ笑い、彼を無視してシンデレラの稽古を再開したのだった。


 モエコは走っていた。泣き叫びながらドレス姿のモエコは目の前を歩く生徒や通行人やお巡りさんやお婆ちゃんやお爺ちゃんを突き飛ばし、尽く用水路に放り込んだが、それでも彼女の悲しみは癒えなかった。何が木だ!このモエコがシンデレラじゃなくて木だって?バカにするのも程があるわよ!畜生と彼女はたまたま目の前を歩いていたヤクザの顔をストレートで殴った。まわりの人間はそれを見てどうなることかと冷や冷やしたが、なんとモエコはヤクザをものの見事にKOしてしまった。そしてモエコは失せろとヤクザを用水路に放り投げて走って行った。絶望は果てしなく積み重なっていく。シンデレラを演じられぬなら死んだほうがマシだった。彼女は家の寝室に入るなりドレスを脱ぎ捨て床に這いつくばって泣きわめいたのだった。

「ああ!もう終わりよ!」

 その時、いつものように酒をかっ喰らっていた父親がモエコに向かって怒鳴ったのだ。

「うるせえ!泣きわめくんじゃねえや!酒がまずくなるじゃねえか!」
 
 モエコはハッとして父親の方を向くと戸に父親が立っていた。父はまた怒鳴り出した。

「おう、最近はお友達の所に行っていねえみていじゃねえか!どうなってるんだ!オメエの稼ぎがなくなったら家はもう終わりなんだぞ!お友達に嫌われたんなら今すぐ謝りに行ってこい!いろんな技使ってお友達を悦ばせりゃ、すぐ許してくれるわ!男なんてそんなもんだ!いいから今すぐお友達の所に行け!今夜はお友達と一晩中遊んで金たんまりもらってこい!」

 このあまりに酷い父親の言葉にモエコは大激怒した。毎日五万以上の金を払っても、全て酒と競馬と風俗に使ってしまう、この人間のクズそのものの男に耐えられなかった。だからモエコはまた酒瓶を振り回して父の頭を殴り、血を吹き出してもんどり打ってる父親を置いて寝室から飛び出したのだ。玄関で暑化粧をした母に出くわした。母親はモエコを見るなりくるりと一回転しこう言った。

「どう、モエコ。お母さん、あなたの小遣いでまたキンキラキンの服買ったのよ!似合うかしら?」

「やかましい!二度とお前らのところに金なんか入れるもんか!死んでやる!私はシンデレラになれなかった不幸な女。燃やされて煤っこになる木なのよ!」

「モエコ!何訳のわからないこと言ってるの!あなたのお小遣いがなければお父さんまたサラ金から借金しちゃうじゃない!あなたお父さんがまた借金地獄に落ちてもいいと思ってるの?」

「バカヤロー!」とモエコは叫んだ。何が借金だ。何が小遣いだ。私はシンデレラを演じられぬ苦しさにのたうち回っているときにコイツラは!モエコは母親を睨みつけてこう言ったのだ。

「お前らのことなんか知るか!私はもう死ぬんだから!何が金だ!何が借金だ!そんなもの死んだらすべてなくなっちゃうわ!ああ!さようなら私の不幸な人生!シンデレラになれず煤っこにまま終わってしまうなんて!せめて死に場所だけは選ばせて!あの赤く燃える火口に飛び込ませて!そしてこの煤にまみれた醜い体をキレイにさせて!」

「勝手な事言うんじゃないわよ!まだ訳のわからないこと喚いて!あなた!またお父さんに殴られるわよ!いつまでもお友達のところいかないで、ひとりでシンデレラごっこなんかはじめて!」

「その親父はもう死にかけてるわよ!頭から血を吹き出してね!」

 モエコはそう絶叫すると母親を突き飛ばし一目散に火口に向かって走り出した。後ろから母親の悲鳴が聞こえたが、今の彼女にはどうでもよかった。

 

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