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《長編小説》全身女優モエコ 第七話:文化祭  その3

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 生徒達はドレスを着たモエコの登場に驚き、そしてそのドレスの美しさに見とれてしまった。しかし高そうなドレスを見せつけるように立っているモエコを見ているとだんだん腹が立ってきた。なんでコイツこんな高そうなドレスを煤っこが着てんのよ!と女生徒達は耐えきれなくなり、とうとう生徒の一人がモエコに向かって言い放ったのだ。

「はぁ?シンデレラは私がやるぅ?ってか何よそこ格好!煤っこ、お前それどっから盗んできたんだよ!」

わたくしが窃盗なんてするはずありませんわ。私、町の服屋さんで買いましたの。これ自分でコーディネートしましたのよ。似合うかしら」

 そう言ってモエコはくるりと一回転し、そして担任の所まで優雅に歩いて行きそして胸に手を当てながらこう言ったのだ。

「先生、私をシンデレラ役にしてくださらない?シンデレラもそれを望んでいますわ」

 担任はモエコの思わぬ申し出に驚き戸惑い、生徒達はモエコのこの突拍子のない発言に呆れ返り彼女に向かって口々に文句を言った。そしてとうとうたまらずシンデレラ役の生徒が箒を手にモエコに近づきそして箒を突き出し怒鳴ったのだ。

「煤っこ、オマエ頭おかしくなったの?なに?いきなり現れてシンデレラやりたいですぅだぁ?わけのわからないカマトト言葉なんか使って!冗談も休み休みにしてよ!こっちは文化祭の出し物の稽古で忙しいのよ!オマエなんかに構ってる暇ないんだから。そんなどっかで盗んだ高そうな服着て、仲間に入れてもらおうとしたって、オマエみたいな煤っこは友達なんかにしてやらないんだから!」

「いいえ、私、あなた方みたいな不細工な方たちとお友達になりたいと思ったことは一度もありませんわ。ただ、あなた方のその不細工な顔を見るたびに、あなた方みたいな不細工を産んだご両親にいつも同情してましたが」

 この煤っこの暴言にクラスの生徒たちの怒りは最高潮に達した。モエコは彼女たちにとって一番触れてはいけない部分を思いっきり突いてしまったのだ。彼女たちがモエコを事あるごとに煤っこと罵っていたのは、モエコが貧乏だったことよりも、彼女がこのど田舎で生まれたことが奇跡的であるぐらい美貌であったからであり、美貌のモエコを見るたびに自分立ちの不細工さを思い知らされていたからだ。もはや抑えきれなくなった生徒たちはモエコに向かって口々に叫んだ。

「なんだと!煤っこのくせに!煤っ子のくせに!許せない!先生早くコイツを叩き出してよ!じゃなかったら私らがコイツを叩き出してやる!」

「おだまりなさい!」

 すべてを払い抜けるかのような身振りでモエコが放った一喝に体育館にいた人間全員が黙ってしまった。そして全員がモエコに注目する中、彼女は担任に向かって言った。

「ねえ、先生。私にシンデレラをやらせてください。こんな顔も性格も卑しい人たちにシンデレラを演じられたらシンデレラは泣いてしまいますわ!先生お願いします!シンデレラを演じられるのは私しかいないのです!」

「ふざけるな煤っこ!お前なんか今すぐ叩き出してやる!さっさと出ていけ!」

「先生!私とこんな不細工な女のどっちがシンデレラに相応しいか一目瞭然じゃないですか!さぁ仰って!シンデレラ役はモエコだと仰って!」

 モエコと女生徒たちは激しく詰め寄った。慌てた担任が彼女達の間に割って入ったが、興奮したモエコと女生徒たちがお互い負けじと彼のシャツを掴んで引っ張りあったのでとうとう担任のシャツが破れてしまった。担任は「やめろ!」と叫び必死で身を振り解いた。そしてモエコの方に歩み寄り、その肩を両手で掴んだ。

 担任にいきなり肩を掴まれたモエコはとうとうこの時が来たと覚悟した。そして生涯最初の大役を演じることの重圧をひしひしと感じた。彼女は体を震わせると目をきつく閉じて担任の言葉を待った。一瞬間を置いて担任が口を開いた。

「モエコ……」

「モエコ……」

 彼女は担任を見つめながら彼のいった言葉を繰り返す。彼女は待っていた。ただ一つの言葉を!シンデレラ役はモエコだというその言葉を!ああ!今まで煤っこといぢめられていたこの私が晴れの舞台に立てるのよ!

「お前は……」

「お前は……」

 早くおっしゃって!私がシンデレラとおっしゃって!

「お前は木の役をやれ」

「お前は木の役をやれ……。木?」

「そうだ、木の役をやるんだ」

 モエコは担任の言わんとしていることがわからなかった。彼女は自分こそシンデレラにふさわしいと確信していたし、担任も当然モエコこそシンデレラになるべきだと考えていると思っていたのだ。彼女は信じがたいといった表情で目の前の担任を見つめ確認するかのようにもう一度彼に尋ねた。

「それって私に、あの、何処にでも生えている木を演じろってことなの?」

「そうだ、その木だ」

 ああ!その時モエコのもとにナイフがあったなら彼女は怒りのあまりすぐさまその白く美しい手首を掻っ切っていただろう。なんということだろうか。シンデレラ役に最もふさわしい自分ではなくて、あんな心も顔も不細工な女をシンデレラを選ぶとは!しかも代わりに与えられた役が、ただ立ってるだけの木だなんて!モエコは張り裂けんばかりの声を上げて絶叫すると床を転がりまわりながら叫んだ。

「ふざけんじゃないわよ!なんで私よりもこんな不細工をシンデレラに選ぶのよ!アンタちゃんとおメメついてんの?許せない!許せない!」

「許せないじゃないだろ!大体お前は一度も芝居の稽古に参加してないだろ?それなのに突然現れていきなりシンデレラやらせて下さいって言ったって、やらせるやつが何処にいるんだ!芝居の台本も読んだこともないやつに今から主役を交代できるわけないだろ!」

「じゃあなんで最初からモエコにシンデレラ役をやらせてくれなかったのよ!こんな不細工を主役になんかしたりして!私が貧乏人、シンデレラみたいな貧乏人だからなのね!差別よ!これは差別よ!」

「あのな、モエコ……。シンデレラ役はな、みんなでちゃんと投票して選んだんだ。お前が一週間ぐらい病気で休んでいるときにな」

 あのときに選んだのかと彼女は思った。あの時彼女は両親に仮病だと学校に電話してもらって地主の男と一週間旅行に行っていたのだ。その間にこんな大事なことが決まっていたなんて!モエコは絶望して泣き崩れた。

「もう終わりよ!私はもう終わりよ!シンデレラになれなかった私はただの煤っことして一生生きるしかないんだわ!そう、私はシンデレラじゃなくてただの木。いずれ削られて燃やされて煤っこになる木なのよ!」

「バカヤロー!木だってちゃんと生きているんだ!お前はなにか勘違いしているぞ!人間だけじゃ地球は成り立たないように、このシンデレラだって木の役がいなければ成り立たないんだ!木のいないシンデレラを想像してみろ!そこには自然のかけらもない舞台しかないだろ!想像してみろモエコ!」

 モエコは絶叫しまた体育館を飛び出した。もう何も考えられなかった。今の彼女には絶望しかなかった。男友達の金目当てに命よりも大事なシンデレラの舞台を演じる機会を逃したのだ。体育館から飛び出すモエコに女生徒は口々に悪罵を投げつける。

「出てけ!出てけ!二度と戻ってくんな!」

「さっさと煤になっちゃえ!」

「お前なんか木の役だって贅沢なんだよ!」

 後ろから飛ぶ罵声を聞きながらモエコは駆け出した。もう全ては終わったのだ。この五十万近くしたシンデレラの衣装も、自分がシンデレラに捧げた思いも、全ては無駄だったのだ。しかし彼女の頭の中に先程担任から言われた言葉が浮かんできた。

『このシンデレラだって木の役がいなければ成り立たないんだ!木のいないシンデレラを想像してみろ!そこには自然のかけらもない舞台しかないだろ!』

 


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