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四季の女たち

 彼女たちは四つ子でそれぞれ名前に四季の言葉を入れていた。長女は春子、次女は夏子、三女は明子、末っ子は冬子だった。彼女たちは四つ子なので他人には彼女たちの判別はいささか難しかった。彼女たちと付き合いのあった僕でさえなかなか彼女たちの区別が出来なかったくらいだ。彼女たちはそんな他人に気を使ってかひと目でわかるようにそれぞれ名前のイメージにピッタリと合う服を着て外出していた。春子は新緑のような爽やかな緑、夏子は真夏の空のような青、秋子は秋の落ち葉のような茶色、冬子は真冬の雪のような白だった。

 僕が彼女たちの中で最初に出会ったのは春子だった。偶然の出会いだった。出会ったのは四月の中頃だったと思う。街なかで彼女が落としたT.S.エリオットの詩集『荒地』を僕が拾ったのがきっかけだった。春子は詩集を拾ってくれた僕にありがとうございますとお礼を言ってきたので、彼女を見た瞬間一目で夢中になった僕は気の利いたことを言おうとこんな事を言ったのだ。

「本に傷はついてないかい?四月は残酷な月というから気をつけてね」

 この僕の言葉が彼女は非常にお気に召したらしく、彼女はいきなり僕を近くの喫茶店に誘ってきた。そこで僕は彼女が春子という名前であり四つ子の長女であることを知った。春子の妹が皆彼女そっくりで、それぞれ夏子と秋子と冬子という名前であることも知った。それから彼女は当然僕の名前も聞いてきた。僕が自分の名前を四季雄だと言うと彼女はそれじゃああなたまるで私たちのパパみたいじゃない!と笑った。そして僕が自分の実家が金持ちであると話すと目をキラキラと輝かせていた。

 その後僕は春子と付き合いはじめてすぐに結ばれた。それから逢瀬を重ねて、いよいよプロポーズをしようと考えていた頃突然春子に呼び出されたのだ。春子は電話でなぜか怒っており、僕はわけがわからぬまま彼女に呼び出されたところに向かった。場所に着いて中に入った僕はなんとそこに春子が四人並んでいるのを見たのだ。彼女たちはそれぞれ緑青茶白のワンピースを着てみんなで僕を睨んでいるのだ。僕は一瞬目が霞んだのかと思って目をつぶって開けたが、開けてみても春子は四人だ。その僕に向かって四人ののうちの一人の春子はこう言って僕を責めるではないか。

「あなた私以外の女と付き合っていたでしょ!もう信じられない!」

 えっ、僕は君以外と寝てなんかいないよ!と僕は慌てて彼女に弁明をしたが彼女は聞きもしない。すると僕を責めた春子の他の春子三人が一斉に口を開いた。

「四季雄さんは私が一番最高だって言ってくれたのよ!まるで君のあそこは夏の砂浜のように熱いってもう体中震わせながら!」

「違うわ!四季雄さんは私を一番愛しているのよ!君と離れる時はいつも秋の落ち葉のような寂しい気分になるんだっていつも言ってたもの!」

「お姉ちゃんたちバッカじゃないの!四季雄さんは私を一番愛しているに決まっているじゃない!四季雄さん私に言ったよね?君のこうしてベッドにくるまっていると雪のかまくらで温まっているような居心地の良さを感じるんだって!」

「やまかしい!四季雄さんと最初にあったのは私なのよ!四季雄さん言ったわよね!僕らの四月は残酷な月じゃない!ボッティチェリの『春』みたいな愛の誕生の月なんだって!」

 僕はなんだかわからなくなり、どうにか自分の頭を整理すると彼女たちにどうなっているのか聞いたのだ。すると春子が激怒しながら僕に言ったのだ。

「だから最初に言ったでしょ!私には四つ子の妹がいるって!それが今あなたの目の前にいる三人の女よ!コイツラは私が金持ちのあなたと付き合い出したって聞いてから目の色を輝かせて私も付き合いたい!とか抜かして、さっそく抜け駆けして私のふりしてあなたに迫ったのよ!だいたいなんであなたコイツラを私だと思ってたわけ?全然違うじゃない!」

「お姉ちゃん、違うもくそもないわ!だって四季雄さんはお姉ちゃんなんかより私のことが好きなんですもの!」

「お姉ちゃんたち間違ってるわ!四季雄さんが好きなのは私なのよ!」

「お姉ちゃんたち。そんなに争ってもダメよ!結局四季雄さんは私のところに帰ってくるわ!だって季節は冬が最後なんですもの!」

「やかましいわ!一番年下のくせに出しゃばるんじゃないわよ!」

「うるさいわね!この年増ども!ちょっとお腹から出るのが早かったからって先輩ヅラすんなっての!」

 四つ子たちは互いに罵り合いもう収集がつかなくなってしまった。そして緑のワンピースを着た春子は僕に向かってこう聞いてきた。

「ああ!これじゃ埒があかないわ!もうこうなったら四季雄さんに私たちの誰と結婚したいか決めてもらいましょ!それでみんなもいいわよね」

 四つ子の妹たちは春子の言うことにうなずいた。そして一斉に僕を見た。

 僕は彼女たち四人を凝視し真剣に誰と結婚したいか考えた。しかし答えなど全く出なかった。よく見てみると彼女たちには微妙な相違があり、それぞれに特徴があった。春子はさわやかで、夏子は熱情的で、秋子はロマティックで、冬子は癒やし系だった。ああ!どれも捨てがたい!悩み果てた僕はもうやけくそになってこう叫んだ。

「君たち全員僕の嫁さ!みんな一緒に僕の家においでよ!」


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