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【映画感想89】世界で1番ゴッホを描いた男China’s Van Goghs/ユイ・ハイボー、キキ・ティンチー・ユイ(2016)



20年もの間ゴッホの複製画を描き続けた男が、夢だったアムステルダムのゴッホ美術館に行ったことをきっかけに「自分は職人か芸術家か」と考え、最後にある決断を下すまでのドキュメンタリーです。

冒頭の舞台である中国の大芬(ダーフェン)は複製画制作で世界の半分以上のシェアを誇る油絵の街。
複製画、美術館で売っているのは見たことがあったけどここまで大きなビジネスであることは知らなくて、何人もの人が工場で朝から晩まで絵を描いているところをはじめてみました。

このドキュメンタリーの主人公である趙小勇(チャオ・シャオヨン)は独学で油絵を学び、家族を養うために朝から晩まで工場でずっと複製画を描いている画家。

文字通り夢に出てくるくらい書いていて、
ある日夢の中でゴッホに「わたしの作品をかいていてどうだ?」と聞かれ、チャオ氏が「あなたに同化しそうです」と答えたというエピソードもありました。

彼は夢だったアムステルダムのゴッホ美術館にいくのですが、現地で売られている複製画の前で「これは自分が描いたものだ」と胸を張る姿はかっこいいです。

しかしいつも絵を買ってくれる画廊だと思っていたのは路面の土産物屋で、販売価格が取引価格での8倍の値段だった…と雨の中でタバコを吸いながら言うシーンでは、自分の作ったものの価値について考えてるような気もしました。

ただチャオ氏のすごいところは、直後にお店の人に「絵描きがどんどん辞めてるから発注の単価を上げてくれ」と交渉するところ。
20年間、ビジネスの場で戦ってきた経験を感じました。ゴッホならきっとできない。

アムステルダムの旅の中で仲間といろんな話をしているのですが、

「物質は人の欲望を満たすだけ、あんたが長年描き続けているのも魂に突き動かされてのことだ、物質ゆえじゃない」

と仲間に言われた場面が印象に残りました。

チャオ氏は最後はオリジナル作品として自分の工房の絵を描き始めるんだけど、それは彼がこの旅を通して出した答えが「自分の人生が自分の芸術だ」だったからであって、もしも「ゴッホの人生」によりいっそううつくしさを見出して複製画職人としてのさらなる高みを目指したとして、そこに魂の衝動が伴うならわたしはそれは芸術なのではないかだと思います。

よくアート界隈でアーティストのお金や生活のスタイルについて、商業的か芸術家的か(副業か絵筆一本で食べてくかなど)で意見が割れるんだけどもそんなカテゴライズは重要ではなくて、

芸術の高みを目指すと言っても魂の衝動が伴わなければ芸術たりえず、逆に複製画でも仕事でも、そこに魂があるのならすべては芸術と呼べるんじゃないかでしょうか。
知らんけど。知らんけどね。

ところでこの映画に出てきたオランダのゴッホ美術館協賛の企画展が今年やっていたのですが、館長のヘレーネさんがゴッホを選んだ理由(=絵の中に自身がうつくしいと思うものへの確固たる信仰があるか)とゴッホがその人生で何をうつくしいと感じたかが丁寧に解説してある良い展示で、ヴァン・ゴッホが自然や農民にうつくしさを見出す過程と、チャオ・シャオヨンが自身の人生にうつくしさを見出す過程はなにか通じるものがある気がしました。

その展示のサブタイトルは「響き合う魂」だったのですが、ゴッホの魂の震えから生み出された絵画が年月を越えてヘレーネ館長や映画の主人公であるチャオ氏の魂を突き動かしたのだと思うとなんだかとても感慨深いです。

追加
そういえば、チャオ氏の奥さんは「絵に色をかさねるように少しずつ歩んできた」と語っていました。いい言葉だなあ。


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