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第12話 笑う家族に福来る
「な、何だって?!取り壊しは今日?!」
バンク神の作品の発見を受けて、私達家族は浮き足立っていた。
芸術的価値もさる事ながら、描かれた壁の持ち主に富と知名度をもたらすバンク神の絵画。それが、家族の運営する銭湯に描かれたというのだから。
少し前のかみすねくんの大ヒットを受けて、神拗町では再開発計画が持ち上がっていた。観光客によってもたらされた収益を使って、古くなりガタが来ている神拗町の建
第11話 渡りに宝船
幸運は長くは続かないものだ。
禍福は糾える縄の如く、月に叢雲花に風。古来から語られてきたように、幸運は儚く、すぐに不幸に取って代わる。
もちろん、幸運が意思を持って人から逃げ出す訳ではない。
幸運というのは、通常よりも良いから幸運なのであって、絶頂の後には普通に戻るだけ……理屈では分かっているが、しかし惜しむ気持ちが拭えないのが人間だ。
ひょんなことから社長の座に着き、給料も待遇も改
第10話 神はバズなり
「こんばんわー……
あたしは今、大衆居酒屋『ヤマタノオロチ』に来ていまーす……」
スマホに顔を近づけ、できる限りの小声で話す。もちろん、アングルには最新の注意を払っておかなければならない。今日は顔がアップになる事を見越して、メイクもいつもよりしっかりめだ。
あれからあたしは何度か配信をしてみたけれど、あのアイス配信ほどの手応えはなく、登録者は徐々に減ってきていた。何故か大食い配信者として有
第9話 触らぬ電源に祟りなし
神はついに僕を見放したか。
机の上のノートの文字は、自分で書いたにも関わらず判読が難しい。というか、先程からノートの文字に上手く目の焦点が合わない。隣に開かれた単語帳の上を、僕の視線はスケート選手のように滑っていく。
僕は単語の書き取りを諦めてペンを放り出し、椅子の背もたれに体重を預けた。体は休まれども、頭が休まることはない。それもこれも、少し前から聞こえ続けている、不快な大声のせいだ。
第8話 子の心親知らず
『ご当地キャラコンテスト、開催中っぴ!』
ひよこを模したキャラクターが、高い声と共にぴょんぴょん跳ねる。
コンテストのコマーシャル動画を見せ終えた私は、向かいに座る母の反応を伺った。想像していた通りだが、あまり芳しくはない。
「この……『っぴ』っていうのは、どういう意味なのかしら?」
どこかピントのずれた彼女の言葉に、私は思わず額を抑えた。
「別に意味があるとかじゃなくって、そういう
第7話 撮らぬ企画のバズ算用
「はーい、今日はですね、なんと!トルコアイス専門店
『ドンドゥルマ・シチフクリアン』にやって来ました!」
あたしは、スマホを持った腕を真っ直ぐ伸ばして、背後にあるアイス屋の看板を頭越しにカメラに映そうとした。が、横長の大きな看板は縦持ちのスマホにはまるで収まらない。
まあ、いいか。大事なのは顔だし。
今や日本人の半分が動画サイトを利用していると、ネットニュースが言っていた。にも関わらず、
第6話 禍い転じて福増える
「おやおや」
商店街の中を、宝船がすべるように進んでいきます。
先頭で舵を切っている恵比寿さんは、なんだかとても楽しそうなお顔をしていました。
ここは神拗町商店街。神拗町の外れにある、寂れた商店街です。
わたしはこの商店街で、銭湯の番台さんをしています。
近頃は大きなデパートにお客を取られて、商店街の勢いは下火です。テレビで「シャッター街」なんて言葉をきくと、思わず胸に手を当ててし
第5話 能ある神は筋肉を隠さない
「お〜い、七野〜!カラオケ行こうぜ!お前の奢りな!」
校門を出て20秒。僕は、今日も平穏に帰れない事を悟った。
声をかけてきた那珂島は、返事も待たずに僕の肩を掴んで引き寄せる。バランスを崩し、たたらを踏んだ僕を見て周囲から下卑た笑い声が上がった。何が面白いのだろう。
「今日何時間する?追い出しギリまで?」
「やべ、学生証家かも」
「別になくても顔で分かるべ」
「七野、今日財布持って
第4話 女心と琵琶の音
ああ、どうしてあんな事を言ってしまったのかしら。
昼下がりの公園で、私は1人、空を見上げていた。今日は良い天気だ。大きな空を眺めれば、綿のような白い雲が、右から左へゆっくりと飛んでいく。
子供達は学校に、働き手は職場に、人が出払った後の住宅地は静かだ。
長く閑があると書いて、長閑。のどかな昼下がりとは、こういう時間のことを言うのだろう。一つ違う点があるとすれば、私の心中は全く穏やかでは
第3話 二度ないことも三度目の正直
『ピッ……ピッ……ピッ……』
機械的な、冷たい音がゆっくりと鳴っている。
果たして、私はこの音を今、自分の耳で聞いているのだろうか。あるいは、記憶に焼き付いたそれが、頭の中で反響しているのか。
金縛りは、起きたまま体が動かなくなるのではない。本人は眠っているのに、起きていると錯覚して、体が動かなくなる夢を見ているのだ。
そう、孫が得意げに話すのを聞いたのはどれほど前だろうか。指先一
第2話 小銭も積もれば山となる
「店長、先輩、注文が溜まってきてますよ!」
厨房に向かって大声を上げながら、俺は空の食器を手際よくトレイに乗せていった。
バイトを始めたての時はビールを注ぐのも一苦労だったが、今ではジョッキを両手に3つずつ持って運ぶことも余裕だ。すっかり一人前の居酒屋店員と言える。
(別に、居酒屋店員のプロになりたいワケじゃないんだけど……)
運んできた食器を流しに並べると、店長の首のうちの1本が伸
第1話 人も歩けば鯛に当たる
不幸は連続するものだ。
泣き面に蜂、弱り目に祟り目など、古来から語られてきたことわざにもその事実は表れている。
もちろん、不幸が意思を持って同じ人間を襲う訳ではない。
不幸に見舞われた人間は注意力が散漫になり、不注意が次の不幸を招く……理屈では分かっているが、しかしこう不幸が続けば、何かのせいにもしたくなる。
事の始まりは、仕事で犯した小さな間違いだった。ちょっとした、スケジュールの