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連載小説:『七瀬は誰にも探せない』最終話
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最終話:『ルイとアタシと。』
「今までお世話になりました」
礼をして刑務所のゲートを出る「陽介」の肩に警備員が手を乗せた。
「出所おめでとう。これからが本当の意味で始まりだからな」
ゲートの向こうに停まった白い車を指さした。
「あれがお前さんの保護司の松永さんだ。頑張るんだぞ」
深々と頭を下げた「陽介」が車の近くまで歩いてゆくと、運転席から松永が降りてきた。
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第十五話
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第十五話:『メッセージ』
ルイは父親殺害を自白し、その日のうちに逮捕された。
アタシはというと、ルイが出頭した警察署に保護され、体中にあった傷の為、病院に検査入院させられる羽目になった。名前を言うのを頑なに拒否していたが、警察の調べにはお手上げだった。ルイの供述、身体検査に病院履歴。アタシへの虐待が明るみに出たことを受け調べを進めた警察は、父親が傷害事件で既に捕
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第十四話
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第十四話:『七瀬は誰にも探せない』
いくら泣いても信じられないアタシは、車へと走った。震える足が言うことを聞かず、何度も何度も転びそうになりながら。七瀬との約束をアタシは破った。躊躇いがなかったといえば嘘になる。だが、アタシを止める七瀬がいない今、約束を破ったアタシを非難する七瀬の姿がそこにあることだけを願っていた。ゆっくりと開かれたトランクの中。綺麗に整えられた小
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第十三話
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第十三話:『一筋の涙が語るもの』
かすむ視野の周りに睫毛が見える。くすんだ白だけが真ん中に浮かび上がっては、睫毛が落ちて瞼の裏に黒を見る。これをどれほど繰り返しただろうか。睫毛が視界から消えるまで、ずっとアタシはくすんだ白が光なんだと思っていた。ラジオから流れる音楽が徐々に大きくなり、車の天井を見上げていた頭を動かすと、見慣れた横顔がぼやけて浮かび上がる。
「七瀬…
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第十二話
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第十二話:『海月が泳ぐ夜に』
ゆっくりと座席に体を沈めると、今まで感じなかった体中の痛みが疼きだす。額にそっと触れると、傷の周りが熱を持ち腫れていた。今は切れた痛みよりも、ぶつけた痛みがじわじわと広がり、傷口に心臓があるかのように脈を打つ。アタシは痛いのに嬉しいという妙な気持になっていた。人が見たら痛々しい傷以外のなんでもない。ただ、七瀬と同じ場所に傷を負っただけの
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第十一話
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第十一話:『影の上でも飛べる虫』
と言えど、アタシは自分の身に危険は微塵も感じてはいなかった。アタシよりも陽介と七瀬。ルイは陽介を消したがっている。ルイの中で煙たい存在になっている七瀬も、いつルイの中で標的になるか分からない。実際のところ、今回の件で七瀬に対するルイの考えを後押してしまったような焦りも感じていた。アタシの存在も、ルイに教えてしまった七瀬の目的も、ルイ
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第十話
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第十話:『憎めきれない』
海岸を少し歩くと、大きく開けたなだらかな斜面が見えた。その麓に向けて歩いてゆくと、昨日七瀬と海を眺めていた灯台を囲む白壁が見えた。この角度から改めて自分が辿った道筋を眺める。アタシは笑うしかなかった。灯台の向かって海側は険しく絶壁と言えるような道なのに対して、その脇には子供が鼻歌を歌いながらスキップして下れるほどの平和な丘になっていたのだ。
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第九話
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第九話:『黒石の行く先』
目を開けると、草の先がゆらゆらと青い空を撫でていた。葉の間から洩れる光がちらつき、アタシは目を細めた。もう日はとっくに昇っていたようだった。体を起こそうとした直後、頭に割れるような痛みを感じ額に手を当てた。途端に額からボロボロと小さな黒い塊が落ちてくる。土だと思い手のひらを返すと、そこには見慣れた赤色が塗られていた。アタシはどうやら頭に傷を
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第八話
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第八話:『影の人』
どうやって車に戻って来たのかも、アタシは覚えていない。助手席に体を丸めながらいると、いつの間にか外は暗くなっていた。泣き腫らした両目は重く、涙を拭いきったジャンパーの袖口はぐっしょりと濡れている。思考を巡らすこと、感じることに想うことも、いつもだったら感じる空腹感でさえも今のアタシの中には存在していなかった。ただ丸くなってじっとするだけのアタシが
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第七話
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第七話:『知らないという幸運』
女将さんに礼を言いアタシ達は旅館を後にした。雨は降ってはいないが、雲が厚く空を覆っている。湿度のせいなのか、潮風のせいなのか、やけに空気が重たく感じられた。車に乗り込むと、七瀬はダッシュボードの中から地図を取り出した。
「もう本州の北端か」
眺めながら北海道に突き出た半島に指を置く。
「ん?アタシ達青森にいるの?!」
十日間北上
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第六話
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第六話:『掴み切れない不安』
「スズ!」
激しく叩かれるドアの音でアタシは飛び起きた。その反動で窓際のカーテンレールが音を立て揺れ動く。
ー アタシ、あのまま寝ちゃったんだ。
「スズ!!スズ!!」
ドアの外から聞こえる声が七瀬のものだと分かってハッとする。
「七瀬!」
アタシは立ち上がると転がるようにドアまで行き鍵を開けた。
「スズ!大丈夫?!」
ドアを開け
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第五話
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第五話:『XとY』
アタシ達がかなり北の方まで来ていると知ったのは、今夜寝床となる旅館の女将さんが挨拶をしてくれた時だった。とても暖かい笑顔で迎え入れてくれたのだが、アタシは何をどう返して良いのか躓くばかりだったのだ。というのも、彼女の言葉が上手く聞き取れない。とにかく、[まんず]というのが、[どうぞ]という意味だと何となく理解ができ、そこからはホイホイと部屋に案内
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第四話
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第四話:『風車に回る記憶』
その日のうちにアタシ達は三つの浜辺に降り立った。
二つ目の海岸で目にした大きな風車は、砂浜に一列に並んで海風を受けながらクルクルと回っていた。初めて目にする巨大風車にはしゃぐアタシを尻目に、七瀬はじっと風車に手を触れながら、その振動を楽しんでいた。
「探している場所じゃないけど、なんだかすごく落ち着く」
目を瞑り、じっと風車の柱に手を
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第三話
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第三話:『新たな搭乗者』
カチッと鍵が開く音にアタシは片目をうっすらと開けた。七瀬との九日目が始まる。思い切り手足を伸ばそうとした時、ダッシュボードの上に置かれた足と座席に埋もれた体の間で宙ぶらりんになっていた膝がぎしっと軋んだ。
「いっだっぁー!」
内臓から出てきたような声に七瀬の笑い声が重なった。
「また足乗せて寝っちゃったんでしょう?」
「笑うなよ!!真面目
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第二話
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第二話:『傷口が開く時』
七瀬は綺麗だ。それは女らしさとは違う中性的な美で、まるで名画を目にした時に鳥肌が立つ感覚と似ていた。肩下まで伸びた薄栗色の髪をかき上げる仕草には、女のアタシでさえ一瞬息が止まる。透き通るような肌に、細い指先。アタシの知る限りの七瀬の仕草、姿全てが美しかった。優しさが滲み出す、囁くような笑い方。スラリと伸びた手足は浜辺に降り立つたびに風に舞い、白波と並行
連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第一話(創作大賞2024/#ミステリー小説部門)
第一話:『七瀬とアタシと。』
「さらってあげようか?」
寂し気にアタシを見つめながら、差し出された右手。
これがアタシと七瀬の出会いだった。
車のハンドルを握る七瀬は、いつも遥か先を眺めているかのような遠い目をしている。沈黙の合間を縫って長い睫毛がゆっくりと落ちる瞬間をとらえるのが、隣に座るアタシの小さな楽しみで、あの日以来、このワンボックスカーの助手席がアタシの唯一の居場所となっていた