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連載小説:『七瀬は誰にも探せない』第一話(創作大賞2024/#ミステリー小説部門)

【あらすじ】
暴力を受け続けた少女に差し伸べられた右手。その日から見知らぬ二人の旅が始まった。
傷ついたスズを助手席に七瀬はワンボックスカーを北上させる。仕切られた車の後部で深い眠りに就く弟の陽介。陽介の為に、行く先々の浜辺に降り立つ二人の前に突如現れた兄の瑠偉。互いを想い、傷つき、バランスが崩れそうになりながらも、四人の絆は掴み切れない【歪な形】で結ばれてゆく。少しづつ明らかになる兄弟の過去とスズが導く個々の想い。だが陽介が目覚めたその日に陽介と七瀬は消え、瑠偉と七瀬の存在がこの世から抹消された。七瀬を想うスズが探し出した三人の居場所とは。。。
折り重なった心の傷が生み出す心理ミステリー小説。

(あらすじ/298文字)


第一話:『七瀬とアタシと。』


「さらってあげようか?」

 寂し気にアタシを見つめながら、差し出された右手。
これがアタシと七瀬の出会いだった。


 車のハンドルを握る七瀬は、いつも遥か先を眺めているかのような遠い目をしている。沈黙の合間を縫って長い睫毛がゆっくりと落ちる瞬間をとらえるのが、隣に座るアタシの小さな楽しみで、あの日以来、このワンボックスカーの助手席がアタシの唯一の居場所となっていた。
「ねぇ、スズ」
 名を呼ばれ、何も言わずに眉だけを上げる。真横に流した目線の先に、真っすぐに自分を見つめるアタシの姿を捕らえると、七瀬はただ微笑んだ。
「うぅん、なんでもない」
 そっとハンドルを持ち替え、また遠くの何かに視線を戻す。
 七瀬は何も聞いてこない。
 あの日橋の上で蹲っていたアタシの腫れあがった頬に、七瀬はそっと手を当ててアタシをさらってくれた。ふとサイドミラーに映る自分を覗くと、頬の腫れは引き、切れた口角部分が黒く瘡蓋かさぶたになっているだけだった。舌を這わすと固い表面が微かにふやけ、アタシは憑りつかれたかのようにその行為を繰り返す。
「また切れるわよ」
「切れないよ」
 目線を合わせなくとも、七瀬の口元が緩むのが感じ取れる。そんな七瀬との空気がアタシにとって心地よかった。
 七瀬との会話しかない旅。八日目を終えようとしていたこの時は、七瀬が消えてしまう、いや、消されてしまうことなど想像もしていなかった。


§

 アタシたちの生活は、このワンボックスカーで成り立っていた。北上する魚のように、ひたすら海岸沿いを走る。この車に乗り込んで間もない頃、アタシはどこへ行くのかと七瀬に聞いたことがあった。
「私にも分からないの」
 水平線をじっと見つめながら七瀬は眉を寄せ小さく呟いた。たどり着かなければいけない場所がある。陽介の為に、と。
 行く先々の海岸に降り立っては、七瀬は靴を脱ぎ捨て、素足で砂に触れる。目を瞑り潮風を大きく胸に吸い込み、そして、必ず誰にともなく問いかける。
「ここ?」
 海を前にこの問いかけを繰り返す七瀬の背中を、アタシは何度見ただろう。

 運転席には七瀬、助手席にアタシ。車の後部とフロントの間には、板で作られた仕切りと扉。それらを隠すように臙脂色のカーテンが引かれている。アタシはこの扉の裏側を知らない。そこに立ち入ってはいけない……七瀬との時間の代わりにアタシが守らなければならない固い約束だった。
ー ただ、扉の向こう側に陽介がいる。
 これだけは七瀬が真っすぐにアタシの目を見て教えてくれたことだった。七瀬と二人きりだと思っていたアタシは、陽介の存在を知らされ動揺を隠せなかった。七瀬の弟、陽介。彼が深い眠りに落ちていると語った七瀬は、きゅっと唇を噛み締めていた。陽介を守る為の眠りだったはずなのに、陽介は全てを閉ざしてしまった。起きるのを拒むかのように、今もなお深い眠りに就いたままだという。この車に乗り込んでから、扉の奥から物音が聞こえてきたことは一度もなく、車内ではアタシと七瀬の声しか響かない。陽介は寝たきりなのか?この旅が、陽介を目覚めさせるのとどう関わっているのか?喉まで出かかったアタシの疑問は、陽介を語る七瀬の頬に涙が伝った瞬間に腹の奥へと戻されていった。そんなことどうでもいい。暴力を受け続け、十五年の人生に終止符を打とうとしていたアタシを、何も聞かずに救ってくれた人だから。
 アタシは七瀬がどこの誰であろうと、どこへアタシを連れて行こうとも、ずっと隣に座っていようと思ったのだ。
 例え七瀬が女でも、男であったとしても。



第二話:https://note.com/nanadanaeko/n/n4ef119b3b664
第三話:https://note.com/nanadanaeko/n/nf2d38ddf0037
第四話:https://note.com/nanadanaeko/n/n1c891d13bb40
第五話:https://note.com/nanadanaeko/n/n91f2f9676823
第六話:https://note.com/nanadanaeko/n/n263a3accc1c9
第七話:https://note.com/nanadanaeko/n/nd67f5952b2c6
第八話:https://note.com/nanadanaeko/n/na61234f1a696
第九話:https://note.com/nanadanaeko/n/n0b275d874f04
第十話:https://note.com/nanadanaeko/n/nd9c81191412d
第十一話:https://note.com/nanadanaeko/n/n9eab672305c2
第十二話:https://note.com/nanadanaeko/n/nb04f72a3878e
第十三話:https://note.com/nanadanaeko/n/n789d22187a52
第十四話:https://note.com/nanadanaeko/n/nd400640ceb04
第十五話:https://note.com/nanadanaeko/n/n0e1020f2e466
最終話:https://note.com/nanadanaeko/n/n4a5bcb21b561

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