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底つき感【前編】

 生きていると、毎日毎日、苦々しいことや憎々しいことばかりで、ウンザリンコだよね。
 オイラは一日の終わりにその日の気持ちを、手帳の備忘欄に「悲」とか「痛」と漢字1文字で書くんだけど、この前、昔の手帳を見返していて何となく月曜から日曜までの漢字をつなげてみたら「痛悲叩蹴撃撃消」となったので、それが「痛い悲しい叩くぞ蹴ったくるぞ撃つぞホントに撃つぞ、そして消すだがね」と読めて、ちょっと自分の中にある闇を感じた。

 上司からの無理難題。お客様からの無理難題。双方からのプ列車(プレッシャー?)で、人と接するのが恐くなっていた、あの頃。
 「みんな自分の利益のために人を操りたいだけなんだ」などと、頭部では間違いだと分かっているのに、彼らを嫌悪する感情を消すことができなくなっていた。頭痛が治まらず生きる気力がなくなっていく・・・。そのときオイラは、初めて「どん底」という言葉を意識した。
 「これが『どん底』ってヤツか・・・」
 そうつぶやいてぷ~っと溜息をつくと、暗くなった部屋でひとりグラスの酒を飲み干した、つもりで湯呑みの茶をすすった。
 ズズーッ。

 あれから幾年月が流れ、おかげ様で今は「どん底」からゆるやかに脱しつつある。しかし、「どうして自分だけがこんな目にあわなきゃいけないんだ!」とか、「あいつら、絶対に許さんけんね!」などと、怒りを爆発させることでしかどん底に対処できなかったあの頃の自分を、今も苦々しく思う。
 ・・・あの頃はぁ、オレ、未熟だったよ(遠い目)。
 どん底の全体像も知らないくせに「どん底なんて嫌じゃあ!」と、どん底を毛嫌いして・・・。

 あたり前の話。世の中には大小様々などん底があふれている。自分だけがどん底で苦しんでいる訳ではない。多くの人がどん底で苦しみながらも、そこ(底)から抜け出せるよう必死にもがいている。しかし、早く抜け出せる人と抜け出せない人がいる。その違いは何なのか? それは「どん底をどう認識しているか」ということなのではないだろうか。どん底から抜け出せる人は、おそらく、どん底をどん底だと認識してないの(欽ちゃんが入っちゃった)。だから打たれ強いの。
 
 では、私たち民間人でも、どん底をどん底と認識せずに済むようになるにはどうすればいいのか? オイラなりに導き出した最新のアイデアを、あの頃の自分と、今この原稿を読んで頭を抱えている小学生のみなさんに向けてお話ししたい。

〔 方法1 〕
 まず、「ドンゾコ」という響きが良くないので修正する。濁音の響きがどん底の印象を重たいものにして、底から脱出するには相当なエネルギーが必要だと思わせてしまうからだ。
 具体的には、「どん」の響きが、何かにぶつかるときの「ドン」と同じ響きなので、濁点を取って「トン底」にする。すると、足がどん底の「底」に着地したときの衝撃がかなり抑えられるはずだ。
 また、頭から着地した場合を想定して「コン底」も用意したので、各自、状況に応じて使い分けるまし。どちらを使っても、ちゃんと衝撃が軽くなったように感じられるはずだ。
[ レベル3:トン底・コン底 ]
(注:「どん底」を「レベル4」としたときのレベル)

 しかしながら、「コン」「トン」では着地したまま地面に留まっているような響きに思えるので、さらに「ポン底」に変えてみよう。すると、何ということでしょう! いったん地面には落ちたものの、跳ね返って少し飛び上がっているような印象に。
[ レベル2:ポン底 ]

 しかししかし、「ポン」ではまだ地面から跳ね返る高さが低そうな響きに思えるので、さらにさらに「ピョン底」に変えてみる。すると、今度は地面に落ちて跳ね返ったあと、「ポン底」のときよりかなり高く飛び上がっているような印象だ。わ~~~い。
[ レベル1:ピョン底 ]

 ちなみに、記載したレベル表記は、数が減るごとにどん底の水深および転落者が負う傷の深さが浅くなっているので、自分のどん底レベルを音響的に把握したい場合や、復帰に要する期間を推定したい場合に参照されたし。

 上記の手法はただの苗字チェンジである。しかし、ただ「ドン」を「コン・トン・ポン・ピョン」に変えただけで、「なんか別の底にいるみたい ♡」な気分を喚起させることに成功している。これが「改名エフェクト(効果)」である。
 人間の判断はイメージに影響されるものである。受難の日々を「どん底」だと思いながら過ごすより、「ぴょん底」だと思いながら過ごしたほうが、「私はまた飛べる」という上向きな気持ちになれる可能性は高くなるだろう。
 言葉には霊がくっついてますからね~、ハイ~。
(後編に続く)




Ⓒ2023  Namio Kotori


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