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ひとふで小説|ナンジラ女神の声を聞ぺ

 ふと体調の変化に気付いた私は、スマートフォンに搭載されたコンシェルジュ機能に話し掛けた。
「Hey Ketsu、今日の天気は?」
《ハイ、ミコト、今日は、雨、です》
 だよねー。知ってる。頭を絞られるような、破裂に追い込まれるみたいな、いや〜な感じ。肩から背中にかけてがズシッと重くなる体感のある時、しばらくすると雨が降る。

 …それにしても、あー、消えたい…。

マジで。

 雨も降るっていうし、プライベートはめちゃくちゃだし、仕事の成績も横這い。特にプライベートだよ。プライベート。おめーだよプライベート。

 どうすりゃいいんだろ。自分でも超バカなことをしたもんだと思うし、気づくチャンスはたくさんあったはずなのに…と思うんだけど、彼氏が妻帯者だった。まさか不倫だなんて知らなかった。子作り計画についても話した。「俺の母親がどうしても納得してくれないからもう少し説得に時間が欲しい」「胸を張ってお前を紹介したいからもう少し待ってくれ」そう言いながら指輪をくれた。「これは婚約指輪だ」と。…そんな彼のすべてを信じた。
 だから私は、「既婚者と付き合っている」なんていう友人が居れば必死に止めた。「誰かの幸せを壊して手に入れた幸せなんか、きっと誰かに壊されちゃうよ!」なんて言ったっけ。「誠実な人を探してよ。まっすぐ向き合ってくれる人を待とうよ!」なんて言ったっけ。
 あー恥ずかしい恥ずかしい。
 人に言ってる場合じゃなかったじゃんね。本来私が言われる言葉だった。

 思い返してみれば不審な挙動はあったはず。だけど恋の視界って近眼だから、正気の眼鏡を持ってなかった私は視力矯正できなくて。遠くがぼやけたまま、目の前の彼だけを見てたんだね。恋は盲目なんていうけど、あれは違うと思う。盲目なら彼すら見えないのに、彼だけは見えてたのがよくなかった。

 彼の奥さんから手紙が来たのは先週だ。
 封筒の中には彼と私がテーマパークで楽しそうに手を繋いでいる写真が入っていた。凄い写真で、私と彼の2ショットじゃないんだな〜これがまた。写真の手前には奥さんと、多分奥さんの女友達が自撮りしながらピースしてた。超怖かった。その奥に、何も知らない彼と私が、スモークチキンを売ってるワゴンの前で腕組んで「どれにしよっか」って商品を指さしながら写ってる。
 超怖かった。

 どうやってバレたんだろう。きっと彼、家で詰めの甘い生活してたんだろうな。私も奥さんが居るなんて知らなかったから無防備だったし、バレやすかったのかも。
 あ〜、自責と後悔と重圧と意味わかんなさで吐きそう。訴訟までもう一歩ってとこなのかな。慰謝料も請求されるのかな。お金の問題ならいくらでも頑張るけど、慰謝料を請求される、かも、っていう事実が苦しい。

 手紙は薄眼でザッと読んだ。けど、怖すぎてちゃんと読破できてない。文末のほうに「誰を責めればいいか正直わからないです。」って書いてあった気がする。責めた方がいい相手ナンバー1は彼だと思います。だって私、既婚者だって知ってたら付き合わなかったし。

 彼は全部バレた後、私に「だって既婚者だって言ったら付き合ってくれなかっただろ!」と泣きながら言った。当たりめーだろバカ。
 既婚者が嫌なんじゃなくて奥さん騙してまで交際しようとする根性が嫌だし、独身ですって嘘を平気で吐くところが嫌なんだよ!せめて「既婚者ですが肉体関係を持ちたい程度の恋をしたので不倫しませんか」って告白して欲しい。そしたらてめーが諦めつくぐらいキッパリとフってやったのに。バーカバーカ!

 女手一つで私を育てたお母さんが胆管癌の闘病生活を終えて遠い世界へ行ったとき、婚約者であるはずの彼は、私の母の通夜にも告別式にも「どうしても残業で出れない」と言って、来なかった。来なかったのはいい。全然いい。忙しいんだね、いつもお疲れ様、って本気で思った。なんなら「形式的な葬いをするより私たちの未来のために今できる仕事に邁進する道を心を鬼にして選んでくれたのかも」とすら思った。でも、よく考えたら、通夜はともかく告別式って真昼間じゃん。なんで9時5時の仕事してるてめーが残業で真昼間の告別式に参列できねーんだよ。
 いや、もちろん、昼間だったとしてどっちみち仕事があるから参列できないっていうのは分かる。まだ婚姻届を出していないから会社にも身内の葬儀って言えないだろうし。でも、真昼間の告別式に対して残業で出られないっていう理由の作り方は、ちょっとザツじゃないかと今なら思う。通夜と抱き合わせで断ったからザツな言い訳になったんだと思うけど、そういう詰めの甘さでバレたんじゃないかな。
 真実が不誠実なら、バレて超よかったけど。私は。

 ああ、もうどうでもいい。どうでもいい。どうでもいい。

 不幸の手紙から早1週間。思い悩んだまま仕事に行くのは身が持たないので今日はとりあえず有給を取った。地球が爆発したらいいのに、と思いながらリビングのソファでごろんごろんしてみる。寂しい。寂しいよ〜。恨めしい。恨めしいけど恋しいよ〜。抱きしめて欲しい。二度と触らないでほしい。汚らわしい。あんなに愛おしかったのに。

 空の気配に気付いて外に目をやると小さな水滴が窓ガラスについている。ほらね、ほらね、雨降ったっしょ。

 そういえば彼は、低気圧で具合が悪くなるなんて気のせいだっていつも言ってたっけ。いやいやいや、マジで具合悪くなるんだってば。
 彼に分かって欲しくて、ネットで[頭痛 気圧]とか[頭痛 眠気 天気]とか検索してみたこともあったっけ。自律神経の乱れとか酸欠のせいとかって諸説もあったけど、「頭痛と気圧は関係がない」「学術的な関連は証明されていない」といった話を学識のありそうな人が記事にしてるのを見掛けたから、弱気になって検索結果は見せなかった。もしかしてもしかすると実際は気のせいなのかもしれない。でも、SNSを見る限りでは「低気圧で頭痛」「低気圧だから肩がバキバキ」なんて言ってる子たちも多いし、実際私は具合悪い。頭が痛くなるからセックスも嫌な気圧の時はしたくなかった。
 どっちが本当なんだろう?…どっちでもいいか。べつに、医者に治療してもらうわけではないなら、どうせ地球から逃げない限りは根治しないなら、どっちでもいい。ただとにかく、私はもうすぐ雨が降るとき、必ず具合が悪くて、なんか眠い。私が具合悪いし眠いしダルいって言ってんだから、そういう時は禁欲して欲しかったです!以上!

 ついこの間まで、それでも求めてくる彼のこと「我慢できないほど私のこと好きなんだな」「いつまでも私に飽きないでいてくれるんだな」って可愛く、愛しく思ってたっけ。どうしても頭が痛くて我慢できない時は、ムードを壊さないように細心の注意を払いながら懇願して、フルコースをやめてもらった代償みたいに口だけで彼が満足するまで頑張ったっけ。そしたら「時々痛いからもう少し練習がんばろうね!」だって。私も頭がいてーよ。キノコ狩りするぞバカヤロー。

 ちなみに「どうせもうすぐ雨が降る」と思いつつも、スマホに天気予報を尋ねるのは、万一これが普段の頭痛と違うものだったらいけないから。
 念のため。念のため。

 …というのが習慣になったのは、母と一緒に暮らしていた頃に住んでた団地の隣室で、独り暮らしのお兄さんが亡くなっていたのを発見してからだ。一応取り調べというのはされるものらしく、1時間ほど要した。どうして気づいたか、とか、最初に誰に連絡したか、とか。結構細かいことを聞かれた。尤も警察側も事件性を疑っていないのか、夜のサイクリングを楽しむ私を呼び止めて「ほんとにこれキミの自転車ぁ〜?こういう競技みたいなのが趣味なのぉ〜?彼氏の影響〜?」と職務質問してきた警官と比べたら、よほど柔和な態度だったけど。敬語だったし。
 隣のお兄さんの死因が脳溢血だったというのは後日遠くから遺品を引き受けに来た義父という人から聞いた。若くても分からないものだなーと思った。そう年は離れていなかったはずだから、それ以来なんとなく怖くなって、スマホに確認している。このあと、もちろん雨だよね?って。
 雨の前と生理中以外、きほん、私の頭が痛くなることはないから、Ketsuに今日は晴れですって言われたら病院に行こうと思って。
 でも、そんな健康への気遣いも結局は、彼との未来を信じてたからなんだなーって思う。いつか彼との子供を産んで、彼との家で育てて、入学式に行ったりして。そういう未来を思い描いてた。婦人科だって行って、ブライダルチェックだってしたし、周期も確認してた。もう二度と行きたくないな。
 今日は、雨って言われて、なーんだ、晴れじゃないのか、って思っちゃった。
 消えたい。

「Hey Ketsu、不安になることはある?」
《そういうことは、考えません。不安を覚えてしまうので。》
「私はこのまま独り生きてくことになっていつか独り寂しく逝くのかな。」
《この付近の、一人焼肉が、できる店を、検索しました。ヒトリde焼けるもんっ♪、足立梅島店、が、見つかり、ました。》
「Ketsu…独り寂しくだよ…一人焼肉行くのかなじゃないよ…ごめんね、私の喋り方、わかりにくかったね…。ひとりで焼けるもん、足立梅島店、行ってみるね…。」
 一汁三菜の調理なんて誰も居ないのに面倒だし、今晩は焼肉にしようかな…。
 それにしたって、意気消沈しているならちゃんと食欲ごと落ちてほしいよ。肉なんかガツガツ食えたら、どれほど私が今傷ついているか理解してもらえないじゃないか。
 …まあ、私のことを真面目に理解してくれる人なんて、この世に誰もいないけど。

 親友も、仲の良い友人も、居る。私を気にかけてくれる人はたくさん居る。けど、私を一番大切にして生きてくれる人は居ない。それは仕方ない。みんな結婚して家庭があって子供が居るから、独身時代みたいに家庭の外の出来事に構っていられない。
 私も私で彼のことを信頼していたから「もうすぐ結婚するんだ」「体力的にも、欲しい人数的にも、2年以内に1人目を作ろうねって約束してるんだよねー」なんて、親しい友達みんなに言っちゃった。
 今更なんて報告すればいいんだろう。「彼氏が実は妻帯者で、奥さんに訴えられそうなんだよねーwww」とか?ゲェ〜無理。“身も心も家事と育児の忙しさと疲労と愚痴でいっぱい”だけど、その土台に、どこか揺るがない“ちゃんと幸せになった女”としての自負を持っている友人たちには、とても相談できない。かわいそうだと思われて、相談メッセージに返事をもらえるだけだ。愛する人との間に生まれた家事や育児の合間に。それだって凄く凄く有難いことだけど、同情で心の芯が安定することなんか、これまで一度もなかった。

 どうしてこんなに独りで生きにくく感じなきゃいけないんだろう。どうして騙された私が独りなんだろう。どうして彼の暮らしはこの期に及んで孤独じゃないんだろう。
 Peacebookには「HAPPY結婚記念日!できすぎた嫁すぎて頭が上がりませんし、今日は幸せすぎの土下座する36歳っすm(__)m」という文法が怪しめの日記と一緒に、家族の集合写真がアップされていた。
 他に全体公開の記事なんかないし、PeacebookのFriendになろうって誘っても「パスワードが分からなくてログインできないんだよ」っていつも言ってたのに。
 わざわざ全体公開で書かされたのか、自発的に書いたのか。どっちみちあんな写真を送ってくる奥さんなら、こういう形で私を牽制する道を選ぶしかないだろうな。

 今思えばSNSまったくやってなかったのは、奥さんと私を両方騙すためか。
 彼の表向きの文章、表現方法、初めて見たかも。私へのメッセージやメールがチャラけたアホ男子っぽいのは恋しちゃってるからだと思ってたけど、外に向けた文章もこうなんだ。私こんな、知性のカケラもない人に翻弄されてたんだね。うける。私もたいがいアホだな。
 情けなくなってきた。私、前職は人事部にいたけど変なヤツ採用してないか自信ないよもう。絶対私の人選ダメだよ、もう退職したけど辞表のおかわり送っちゃいそう。

 嫌い。もう嫌い。
 未練はあるけど嫌い。恨む気力を出し惜しみするほど憎い。明日事故にでも遭って欲しいけど、保険金が向こうの家庭に流れるかと思うとあまりにも悔しい、けど、信じてた夫に不倫されてた奥さんが本当に気の毒。私だって騙されたんだから「家庭を壊して申し訳ない」なんて思ってあげないし、現に壊れてないようだから余計私は何処吹く風みたいな顔して生きようと思うけど、奥さんのことは本当に気の毒で、かわいそうで、今一番、幸せになって欲しい人かもしれない。本音はムカつく。ムカつくけど、私が奥さんのほうを恨み始めたらあの男の気楽が増えるだけだから、ここは絶対に裏切られた女同士で彼を取り合う図式になんて落ちてやんないんだから!

 あ〜、頭痛い!頭痛い!ぼんやりする!何もする気が起きない。
 甘いものでも食べて、テレビゲームでもしながらゴロゴロして、一瞬でも嫌なことを忘れよう。
「ナストルティアにでも行くか…。」
 『DRAPON QUESTION X』も、元はと言えば彼に誘われて始めたゲームだったっけ。「面白そうな新作が出たから一緒にやろう」って言われて。私はRPGもオンラインゲームも好きじゃなかったし、毎月千円も課金したくなかったから拒んだんだけど、「家に帰って遊んでる時も会いたい」って言われて、ほだされた。
 私たちが冒険した世界『ナストルティア』は、冒険しながらチャットもできるし、気の合う仲間とサークルを作ることもできた。助け合ってモンスターを倒しているうちに彼が頼もしく見えたりして、結構楽しかった。土地を買って家を建てることもできたから、彼と隣同士の土地を買って、二人の家のちょうど間にある噴水の前で待ち合わせたりもした。
 彼のアバターは水を司る半人半魚の民族で、とんでもない高身長の美男子。それ自体はいいけれど、片っぱしから可愛いアバターを使っている女のキャラクターに声を掛けていて、今思えば、ずっとクセが悪かったんだな。
 尤も、彼が声を掛けた女性キャラクターの中身はほとんどネカマのおじさんで、彼らも彼らで「ナンパが趣味の男性キャラクターをおちょくるのが楽しい」って言っていたから、実質的な被害者は居なくてよかったけど。
 結局、彼はナンパした相手がおじさんばかりだったことを知るや立腹して、二ヶ月ほどでゲームを引退した。残った私はのめりこんで今では重課金勢だ。
 先週バージョンアップがあったしストーリーの新章が配信されて間もないから賑わっているかもしれない。ゲームで息抜きして、新しい出会いを探すのもいいかもな。でも、本名が尊厳の尊って書いてミコトだから、キャラの名前をノリでミトコーモンにしちゃって、アバターも太ったおじさんみたいな外見にしちゃったからこれじゃあ女だって気付いてもらえなくて出会いなんてないかもな。まあいいや。どっちみち今は新しい恋をするような心の余裕はないんだし…。
 彼が早々にナストルティアを引退したのは、私のキャラメイクが太ったおじさんだったせいもあるかな。でも中身は私なんだよ。

 手早くパスワードを打ち込んでゲームを起動させている隙に、キッチンまでおやつを持ちに行くのがゲームをする時のいつもの動線だ。今日のおやつ在庫はチョコレート菓子ばっかりで、食べかけの『田舎のきのこ』が1箱と、食べかけの『都会のたけのこ』が1ケース(12箱入り)、それから『都会のたけのこお買い得パック』(小袋10パック入り)が1袋だった。本来は『都会のたけのこ』が好きだけど、ここに1箱だけある『田舎のきのこ』は、「コンビニに行くけど何か買ってこようかー?」という同僚に頼んだところ勘違いによって手元にやってきてしまった『田舎のきのこ』だ。善意に便乗したのだから間違いは致し方ない。
「両方食べてたけのこ味に染めちゃえ。」
 なんとなく、きのことたけのこを同時に口に放り込んだ。部屋着にしているドテラには大きなポケットがついてて、ちょうどこのチョコレート菓子が左右に1箱ずつ入るサイズだった。だからポケットにお菓子の箱を入れて、冷蔵庫にジュースを取りに行きながら、口の中のたけのこときのこを同時に舐めてみた。
 この段階では何の差も感じない。
 たけのこの本当の良さが発揮されるのは、それぞれのチョコレートが剥げて、クラッカーとクッキーだけになった時。その時が、勝負なのだ…。
 その時こそが、たけのこ圧勝の時…。
 その時こそ「たけのこのほうが完全に美味しい!」と身体が味覚に語りかける時…!

 ムシャッ…コリッ…。
ムシャッ…コリコリポリ…。

 き、き、奇跡が起きたのは、『都会のたけのこ』と『田舎のきのこ』の茎の部分、つまり、たけのこの土台となるクッキー部分と、きのこの茎となるクラッカー部分を同時に噛み砕いてしまった瞬間だった!
 視界が真っ白になり、あたり一面をたけのこときのこが舞い散ったかと思うと、たけのこたちときのこたちは爆炎を上げて争いを始め、世界は瞬く間に火の海に包まれた。夢だろうか。それとも、たった今、不倫に巻き込まれたストレスによって頭の血管が切れたとかで、臨死体験をしているのだろうか。やはり『都会のたけのこ』と『田舎のきのこ』を同時に食べるなどという禁忌を犯したのがまずかったのか?ああ〜、どう考えても食べ合わせが悪かった。とっても反省した
 ゲームの画面つけっぱなしにしてきちゃった。どうしよう。
 …でも、いいか。
 お母さんも死んじゃったし、彼にも裏切られたし、まあ、いいや。お母さん、今会いに行くからね。彼の奥さん、あいつクソだけどたまに見せる無邪気なところが死ぬほど可愛いよね。あなたも彼のそういうところが大好きでしょ?
 これが臨死体験なら、面白いじゃん。なにこれ、きのことたけのこが本気で戦争してる。あはは。さようなら世界。来世に期待しよう。来世は普通に、普通に誠実な人と出会って、お互いに努力し合って、幸せな家庭を築きたいな。死に際に見るのもたけのこときのこの大戦争じゃなくて、子供の顔とか、孫の顔がいいかな。さようなら。
 たけのこ、負けないでね。
 …私の辞世の句これか〜。

 目が覚めると、見慣れない里山にいた。
 ここは一体…。どう表現したもんだ…。死後の世界ってこういう感じなの?三途の川とかは信じてないけど、こんなに里山って感じ?
 私は、小高い山を登りかけたようなところにポツンと居て、たとえば『さるかに合戦』とか『舌切り雀』とかの世界観でイメージするような山や林にカナリ近いと思う。でも足元に見える集落の雰囲気はよくある昔話より、もうちょい昔のような気がする。貝塚とか、古墳とか、竪穴式住居とか、高床式倉庫とか、テストに出たっけ。あれって、それぞれが何年頃だっけ。
 テストの点を取るために一時的に記憶しただけの知識は、まるで知識として機能しなかったし、専門外だからと更新を放棄した記憶は風化していく。眼前の「なんか大昔って感じ」程度の解像度でしか解析できない景色を見ながら浅学を悔やんでも、もう遅い。
 自分の国の太古の姿のような気もするし、テレビゲームに出てくるような、自国をモチーフにはしているけれどファンタジーの世界のような気もする。その程度のことしか思い浮かばない。
 死後の世界だから史実と違って無秩序な世界観だとは思うけれど、こんなに間近で歴史的オブジェクトを見る機会が来るなら知識があるほうが面白かっただろうな。残念。来世はもっと勉強しよう。
 そういえば『もののののけ姫』の主人公の男の子の村ってこんな感じだっけ。あれは時代背景はいつ頃なんだろう。でも、あの主人公の地元はいかにも村〜って感じの村だったから大昔っぽく見えるだけで、同じ時代の都はカナリ進んでる可能性もあるよね。私の地元も過疎った田舎町で、同じ時代なのに都心と比べたら半世紀ぐらい前に見えるし。

「Hey Ketsu、スタジオジワリの『もののののけ姫』は、いつの話?」
《1997年、の、映画です。》
「いや、そういうことじゃなくて…。」

 まじか、ここでもKetsu使えるんだ?
 ビックリした。
 スマホも持って来れたし、ドテラも着たまま。もちろん左右のポケットにはさっき入れた『都会のたけのこ』と『田舎のきのこ』の箱がそれぞれ入っている。あ〜やっぱり死後だなこれは。死んだ時の姿と装備品のまま死後の世界に送られるのか…。棺の中に思い出の品や手紙を入れるのって意味あるんだな…。

 死んだならもうどうでもいいけど、ここって、現世と来世の狭間?それとも既にもしかして来世始まっちゃってるのかな?来世って記憶引き継げるものなの?生まれ直してないってことは、やっぱり三途の川とか閻魔大王に裁かれるちょっと前みたいな場所なのかな?うーん。

 とりあえず人里らしきところに降りてみることにした。
 木々は緑の葉を残すものもあれば、紅葉したものもあった。落ち葉を踏み分けながら進む。ルームシューズごしに小枝を折る感触が伝わってくるたびに、部屋で裸足派じゃなくて本当によかったと思った。
 ところどころに松茸と思しきキノコが生えていたので、せっかくだから拾って、ドテラの袖に入れる。
「たけのこ派だけど、これは別だよね。ふふふ…。村に着いたら焼かせてもらって食べよ。」

 傾斜で滑らないように体重を後ろにかけながら二十分ほど下ると集落のはずれに辿り着くことができた。死後の世界でも思ったより体感というのはしっかりしており、思いのほか急勾配を移動したせいか松茸はすべて落としてしまった。残念だ。

 突然、“アレ”、が来たのは、ちょうど小さな住居の脇で女たちが火起こしをしているのを見つけたときだった。
 そう、アレ。
 頭痛と、眠気。
 こいつらがやって来たということは、雨が降る。間違いない!あの人たち、かなり苦労して焚き火してるけど、雨来たら消えちゃうよな。
 ふいに湧いた親切心で、村人に声をかけてみることにした。駆け足で斜面の裾を下り切る。
「こんにちは〜!あのー!雨、雨!ふりますよー!やばいよー!すぐ雨降りますよ〜!」
 空を指差したり、雨がザーッと降る様子を5本指をザワザワ踊らせてジェスチャーしてみたりする。通じるのだろうか。

「雨だって…?」
「雨が降るのかい?あんた、何者なんだい?」
 マジか、現代語通じるっぽい。

 村の女たちは突如現れた謎の女の天気予報を露骨に訝しがり、男たちを呼びに言った。ほどなくして武器を持った男たちが現れ、完全に囲まれた。ゲェ〜、やばい。これ知ってる。カナリな大きさのアナコンダを捕まえにジャングルの奥地に入ったら原住民に囲まれて殺されそうになるみたいな感じのシーン、映画で観たことある。あれじゃん。彼には裏切られ、彼の奥さんからは手紙と写真が届き、親切心で天気予報を伝えたら槍のようなものを四方八方から向けられた。最悪だ。
 リーダー格と思しき男に、顎で何かを促された。あっちへ向かって歩け、ということ?
 当てずっぽうで歩き始めてみると、どうやらそれで合ってるみたいだった。ジェスチャーって昔から変わらないんだな。
 村の中には石段があって、五十段ほど上って奥まった場所に歩いていくと、ひときわ大きな屋敷が見えた。中央に構えられた出入り口に垂れた筵の前に、もう明らかにザ・長老って感じのじいさんが立っている。やべー、絶対長老だ。
「長老様!怪しい者が現れたで、お連れしましただ!」
 ほら長老だー。
「雨が降ると言って、村の女を拐かそうとしていただと思いますだ!」
 憶測で物を言うヤツが居るのは現世も来世も今も昔も同じか〜!
 いや、私の立ち位置って今どこ?この場合は「現世も過去も同じか〜!」とか「今も未来も同じか〜!」って思うべき?
 とにかく誤解をなくさなきゃいけない。

「ち、違います!私は…」
 こういう喋り方だといかにも民間人っぽくて危ないかな。なんか偉そうなフリすれば殺されにくいとかあるのかな。どうしよう。生まれてこのかた偉かったことなんかないからなんて言っていいかわかんないけど…。
 そういえば、あのゲームに出てくる“ナストルティアの勇者”は、偉い精霊様から「汝」って呼ばれていたっけ。あれかっこいいな。
 あれにしよう。
 汝って、そういえば、一人?youと同じ使い方でいいの?複数形ある?お前の複数形がお前らだからナンジラ?でいいのかな???

「ナンジ…ナンジラ…ッ!!!!」
 いつもより張りのある強い声を出した。こんな大声、小学校のお楽しみ会で劇をやったとき以来かも。長老が武器を持った男たちを制するようにして私のほうを見つめている。どうやらイキナリ武力行使じゃなくて、話し合う気があるみたい。いいね、あなた上司に向いてると思う。

 さあ、あとは運だ!なるはやで降って!雨!!!いつも頭が痛くなって本格的に眠くなった頃にはもう降ってるじゃん!来い!雨!私の無罪を主張しろ!!
「汝ら…!我の…」
 我の?もうちょい盛るか…。
「我、女神のッ!!!天より降り立ちし我、女神の声を!聞ぺっ」
 うわー焦って噛んだ〜!
「さすれば雨の尊の天命により雨雲を呼ばんッ!!!」

 …。
 ……。
 ………。
 雨〜、頼むよ〜…。
 …………………………。

 ポッ、ポツ、ポッポッポツ…!
 ザアアアアーーーーーーッ!!!

「おおおおおおーーーーーーーー!!!!!!!」
 村人たちは、超沸いた。
 彼に騙された矢先に人を騙してしまって申し訳ないけど、私がなんか凄いシャーマンかなんか的な存在だと騙されてくれたみたい。ああ〜よかった。消えたいような人生にジョインしちゃったけど、怖い思いして葬り去られたいわけじゃないから。

 ずいぶん適当なこと言っちゃったな。
 まず、雨の尊ってマジ誰?みたいなのもあるし、私の下の名前がミコトじゃなかったら尊なんてパッと浮かばなかったわ。それに天命って運命みたいな意味じゃん。「運命みたいなものにより雨雲みたいな気まぐれなもん呼ぶんかーい!」みたいな自分ツッコミもある。何より、「呼ばん」みたいな文法って正直しっくり来ないんだよね。「そなたに神のご加護があらんことを」みたいなのって、なんか、「〜ん」って否定だと思っちゃって、「あかん」「できん」「いかん」みたいな。だから「神のご加護があらんことを」って言われても神のご加護がない気がするし、「雨雲を呼ばん」って言っても雨雲なんか呼びませんよ〜ってニュアンスに思えちゃうんだよね。

 とにかくめでたしめでたし。村人は超沸いたし、私は命拾いした。騙してごめん。でもさっき死んだばっかりなのにまた急に死にたくないし…。

 長老がこちらへ歩み寄り、じっと私の目を見つめてから口を開いた。
「そなた…。」
 私を静かに呼んだ長老に応えるべく、私はなるべく厳かな声を出した。ちょっと震え気味の、低めの声。
「…なん…じゃ?」
 なんじゃ、だって私!なんじゃ、だって!

「そなた、そなたは…もしや…あの…神話に現れたという…?」
 なんだろ神話って。
 やっぱり凄いシャーマンみたいなのかな?それとも飛び級して天気を司るの神様と人違い…神違い?してもらえてるのかな?
 まあいいや、引き続き厳かに相槌打ってこー。
「うむ…!我こそが…まさに、それじゃ!」
「や、やはり…!」
 長老は目を見開いた。
 すごいなー、中身ぜんぜん分からないけど適当に相槌打ったら私がもしやあの何らかだということになったっぽい。もしやあの何なんだろう。超気になるな。あとはどんな候補があるかな?干ばつで作物が干上がった村の飢饉を救う神様みたいな線もあるかな?
「ほ、本当にそなたは…。」
「うむ。左様でござる。」
 私が深く頷くと、さっきまで血相変えていた村人の表情がだいぶ緩み、やがて柔和を通り越し、慈しむような目になった。さすが神仏ともなるとここまで大事にされるのか…。

 長老が私の両手をガッと握りしめた。
 おい、突然他人の手を握るなんてよくないぞ!?と思ったが、リテラシーが高い時代とは思えないし、槍を向けられるよりマシだから我慢しよう。
 一度大きく溜めた息をついた長老は意を決したように頷き、それからもう一度私の目を見つめた。私の手を包む長老の手は、心なしか震えている。
「…おいたわしや…おいたわしや…。それではあなたが水の神様の娘なのですね…。水害に悩む村のために、うら若き命を投げうって、その身を川に投げ込み、父親である水の神の怒りを鎮めるために現れるという…。ワシは以前、都でそれはそれは偉い宮司様からこの神話を聞いたのですじゃ…。半信半疑でおりましたが…まさか、まさか本当に来てくださるなんて…。さすが、女神様ともなるとこんなにもお美しいお姿で…お召し物もワシらとは似ても似つかない…。」
「んっ?んっ??」
 涙ぐむ長老に続いて前に出てきたのは、いかにも長老の側近みたいな雰囲気のおじさんだった。ゲームとかで言うと、王様に対する大臣みたいな。村のナンバーツーかスリーって感じだな。
「ありがとうございます…ありがとうございますだ…女神様。あなたのお父上である水の神様が毎年この川沿いの村々を洪水で襲っては村人たちの命をさらってしまうことは、きっと天命と…、天が我々に与えた試練と諦めておりましただが…。まさか神話みてぇに、本当に女神様が現れて、自らの命と引き換えにお父上を鎮めてくださるとは…。さっきの雨雲呼びはあなた様が水の大神様の娘、雨を司る女神様であることの証拠ですだなぁ…。いんやぁ…びっくりしましただ…。」
 いやいや私のほうこそびっくりしましただ。こっちのおじさんもまた、済まなそうな顔で私のことを見ている。村人の中には泣き出す者も幾人も居た。泣きたいのは私だ。
 ああ…人の話は最後までしっかり聞いてから返事するんだった。こんな後悔は半同棲状態になった彼が勝手に私の家のインターネットプロバイダー切り替えを申し込んだ時、サラッと「ちょっと縛りがあるみたいだけどこれに申し込めばテレビとゲーム機が安く買えるから」と言ったのを真面目に問い詰めずに相槌を打ってしまったせいで元々契約していたプロバイダーの解約に多額の違約金を請求されたり、新しく契約するプロバイダーがてんこ盛りにしてきたオプションサービスを解約しようとしてやはり多額の違約金を請求された時以来だ。あの時あんなに、注意深く人の話は最後まで聞こう、不明点があれば問い詰めよう、と思ったはずなのに…。
 それにしても、生贄で天候どうにかしようみたいな信仰マジであったのか…。冗談じゃない、気圧のせいで具合が悪くなる体質だったせいで、まさかこんなことになるなんて…。
「いや、あの…ごめんなさい、実は私低気圧になると頭痛と眠気が…ですね…。」
「さあ雨の尊の女神様…お社でお休みくださせぇ…。せめて今晩ぐらいは村のごちそうをあつめて、おもてなしさせてくだせぇ…。」
 ええ〜!せめて今晩ぐらいってことは私これ明日には生贄にされちゃう感じかな??

 …でも、これも、いいのか…。何かの運命かな。
 もしも私が生贄になることでこの村が救われたり、或いは村の人たちが安堵するなら、そういう命の使い方もいいかな。彼に騙されて捨てられた惨めな女として独り寂しく生きるより、村の女神として讃えられながら散るのも悪い生き方じゃないよね。

 …と思っていた。
 その日の夕刻、宴をしてくれるという社の広間に向かう途中で村人たちが話しているのを聞くまでは。
「長老様も、あんなに涙流して見せるこたぁねえやな〜。」
「んだんだぁ〜!神様っつうのは元来、ワシら人間を守るためにおるんじゃ!その神が当ったり前のこと働くっつってぇ、なあにワシらが泣くことがあるかい!それに神様は死んだりしねえ!気にすることねえだ!どうせ復活するさあ〜!」
 マジか。すげえ言い草だな。仮に復活するとしてもそりゃねえだろ。
 人間っていつの世もこんなもんか。

 さすがに生贄になる気はガクッと目減りしてしまった。なんとか死なずに、それでいて村人の生活をちょっと楽にしてやれる手段はないだろうか…。
「Hey Ketsu、明日私死ぬ?」
《ハイ、ミコト、あなたが、死ぬかは、誰にもわからないでしょうね。でも、充電が、できないので、私は、遅くても、明日、死ぬとも、言えるでしょうね。》
「げっ…。そ、そうか…。死後の世界でもスマホの充電は必要なんだ…。どうしよう…。」
 …。
 ……。
 ………。
 はっ、そっ、そうだ!
 このポケットにある『都会のたけのこ』と『田舎のきのこ』を同時に食べる禁忌を犯せば、生き返れたりしないかな!?生き返ってスマホ充電できないとしても、せめてこの村から脱出して電気のある時代設定の来世に飛ばしてもらえたりしないかな!?
 なーんてね。
 …しないか。そんなにうまくいくわけないよね。
 充電はさておき、洪水で困ってるって言うからには治水の技術を教えてあげれば生贄は必要なくなるのかな。
 あれってなんてったっけ?戦国時代のことを習った時に武田信玄が治水するの巧かったみたいなことを歴史の先生が言ってたと思うんだけど。私、地元が新潟だから上杉謙信は地元の星って感じだし、おばあちゃんち山梨だから武田信玄も結構好きだし、間に挟まれてる長野もおばあちゃんち行く時に絶対通ったから川中島の合戦の前後は特に興味津々で覚えたはずだったんだけど、まさかこんな形で治水について深めの知識が要求されるなんてな〜…もっとちゃんとやっておけばよかった。でも普通の日本史じゃ治水については掘り下げないか。
「Hey Ketsu、武田信玄の作った堤防って、何?」
 Ketsuからの返事はなかった。充電が切れたようだ。
「…えっ…。…け、け…Ketsu!?Ketsu!?Hey!!! Hey!!! Ketsu!!! Ketsu!!!…………け、Ketsu…お願い!!!私を置いていかないでよ…Ketsu…。うう…私に誠実に答えてくれるのはあんただけなのに…Ketsu…!」
 もう頼れるものは自分だけか…。とにかく、村の人たちに水は管理するものっていう概念を持ってもらわなきゃ!!

 長老に会いに行って、記憶している限りの治水方法を提案すると非常に有難がられた。川の両脇に増水したら水を逃がせる場所を作ること。川の水かさが下がった時に逃した水を容易に排水できる構造にすること。上流の地質によっては質の良い土が流れてきて農業もうまいこといくかもしれないこと。早速取り掛かってくれるそうだ。
 極めつけに、まっすぐな目で言ってやった。
「良いか、汝ら…。我、滅びし後も人々で手を取り合い、水を畏れ、水を敬い、水を司れッッッ!!!そして…決して、侮ることなかれ…。」
 ヒュー!かっこいい〜!厳かな声出して言ってやった。

 あとはどうやって生贄から逃れるかだ。「生贄になる代わりに知恵を授けます、だから私を逃して」みたいな空気出しちゃったら生贄推進派にキビシめの警備されちゃうかもしれないし、逃亡を企てていることがバレて先回りされても嫌だし、ここはあくまでも生贄になる気は満々っていう空気を保って切り抜けよう。

 ところが、宴を終えて寝床に案内されたものの警備は手薄なものだった。
 逃げる恐れのある“生身の人間”や、罪人などは厳しい管理をされるのだろうが、案外神聖な存在というのは望んで苦難に身を投じるものだし、望んで人々の犠牲になるものと解釈されているのか、見張りをつけられるどころか神様最期の夜として何人たりとも邪魔をしないように!と、人々は社を離れ、私一人なった。
 電気か人の気配が近くにないと眠れない私をポツンと一人、すぐ裏は鬱蒼と茂る山林で、時折なんだかわからない獣の声がするような、真っ暗な高台の社に、置き去りにして。

 また、村人たちは「女神はトイレしません!」と思っているのか、厠の案内もなかった。
 宴が済むまでほぼ水分を摂取しなかったしゲームを始める直前にしっかりトイレに行ったから暫く我慢できたけど、飲食してしまっては愈々そうもいかない。アイドルだって女神だって排泄は必要なのだ。トイレに行きたい!

 とは言え仮にこのお社のどこかに厠があったとして、どっちみちここではだめだ。暗い!暗すぎる!!
 トイレットペーパーとかウォシュレットみたいな高次元の話ではなくて、暗くて怖くて、私はもう動けない。ああ〜、終わった。終わりだ。まさか死後の世界にまで便意と尿意があるなんてね…。Ketsuの充電が切れるくらいだから当たり前か。

 時は刻一刻を刻みながらも意地悪に私のそばをゆっくり巡っている。ゲームをしている時はあんなにも足早に駆け抜けていくというのに。暗い天井を見つめる。天井かどうかもわからないほど暗い。闇の向こうに大穴が開いていて、妖怪たちがこちらを見つめているとしても不思議ではない。みたいな想像をしたらもう完全に闇の向こうに妖怪が居る気がしてきたしグェ〜もうダメだ。私は昔から暗闇が怖くて、怖いから警戒するためにどんどん怖い話を思い出して、テレビをつけたら「変な音が聞こえてきたらどうしよう」だし、テレビを消せば「画面にオバケが映ったらどうしよう」だし、目を開ければ「オバケが見えたらどうしよう」だし、目を閉じたら「背後にオバケが立ってたらどうしよう」って、もっと怖くなって、お風呂に入ってシャンプーをする時も顔を洗う時も目を閉じるのが嫌で、そういえば彼はそんな私を見て笑いながら「ほら、大丈夫だから目を瞑ってごらん、俺が見ててあげる」って頭を撫でてくれたっけ。あの優しさは刹那的に彼の本当の姿だと思うけど、彼の本当の姿は刹那的にしか優しくないところなんだとも思う。
 ああっ、ああ〜っ、そんなことよりトイレに行きたくて、むずむずもぞもぞしてきた。もうだめかも。足もガタガタしてきた。女神としてはまさかここで漏らすわけにもいかないけど、暗闇の恐怖で今からトイレなんて探せない。

 ええい、こうなったら一か八かだ。
「お願い、きのこ様、たけのこ様、私をトイレに連れてって!!!」
両手を勢いよくポケットに突っ込んで、『都会のたけのこ』と『田舎のきのこ』を一粒ずつ摘み、口に放り込んだ。お願い!お願い!奇跡をもう一度…!
 強く強く念じながら、たけのこの土台となるクッキー部分と、きのこの茎となるクラッカー部分を同時に噛み砕いた。

 しかし、何も起こらなかった。

「くっ…。じゃあこっちならどう…?」
 再び両手をドテラのポケットに突っ込んで、『都会のたけのこ』と『田舎のきのこ』を一粒ずつ摘み、口に放り込んだ。そして、今度はたけのこの先端部分のチョコレートときのこの傘の部分のチョコレートを溶け合わせるように優しく舐めてみた。
 その瞬間!視界がショッキングピンクになり、あたり一面をたけのこときのこが舞い散ったかと思うと、たけのこたちときのこたちは仲良く仲良く大地を埋め尽くすように隣り合って生え、花は咲き乱れ、鳥は囀り、小枝は踊り、木にはパイのようなものが実のように生った。上空から見るときのこたちとたけのこたちは『愛』という文字に並んでいたので感銘を受けた。
 愛…ッ!

 目を覚ますと、見慣れた部屋のキッチンだった。マジか、こういう仕組みなのか、たけのこときのこ…。
「あれっ…?ていうか私死んだんじゃないの…?…まあいいやトイレトイレトイレトイレトイレトイレトイレトイレトイレトイレトイレトイレトイレ!!!」
 滑らかな動作でリビングに転がしてあった充電器にスマホを挿すと足早にトイレに駆け込み、それはもう迅速な爽快感と共に全ての用を足した。
 気持ちいい。

 ゲームをつけておいたテレビは自動節電システムによって消えていた。多分、ゲームのキャラクターも一定時間操作しなかったから強制ログアウトされているはずだ。私は一体、何を体験してきたんだ。家に居る。多分、生きてる。部屋の至る所に置いてある人感センサーのLEDライトも一つ残らずついたし。生きてる…。

 テーブルの隅には、彼の奥さんから届いた手紙が置いてあった。ゲェ〜ッ。そうだった、死んでもいいって思うくらい追い詰められてたんだったわ。
「どうしよう…。たけのこときのこたちも仲良くしてたし、正面切って返事でも書いてみるか…。」
 レターセットも便箋も封筒も持っていなかったので近所のコンビニまで行ってみたけど、一般的な封筒が売り切れで今すぐ手に入るのは封筒付きの履歴書だけだった。面倒になったのでそれを1パックと、封書を一通送れるだけの切手を1枚、それから、帰還にあたって非常〜にお世話になった『田舎のきのこ』を2箱ほど感謝の気持ちを込めて買って帰った。『都会のたけのこ』は家にまだ在庫がある。

「読まずに返事書くわけにもいかないか…。」
 恐る恐る、彼の奥さんからの手紙を開く。

——————紀野 尊さま
まず、あなたたちの水入らずのデートを尾行したこと、ごめんなさい。誘っても誘っても遊園地に興味がないはずの夫がネズミーランドのチケットを持っていたことがどうしても解せなくて、彼が「出張」と言って出掛けた日に、相談していた友人と一緒に後を追うことにしました。
写真に私たちが写ることを選んだのは、私がこの写真を使ってあなたを強請る意思がないことを示したかったからです。これをばらまいたら、私と私の友人の顔もばらまくことになってしまいます。こんなに意地の悪い尾行写真の撮り方をする人格だという恥まで添えて。あなたを脅迫することは望んでいません。
あなたと法廷で争う可能性を持つ前に一つだけ聞かせてほしいです。私を騙したのは夫だけですか。それとも、あなたと夫の二人ですか。
誰を責めればいいか正直わからないです。ただ、間違えて責めたくないのです。
写真を送ることも手紙を送ることも勇気が要りますが、私が愛した夫の愛した女性が、つまらないことをする人間ではないと信じて、真摯な回答を期待しています。
武田の妻より———————

 身構えたのはなんだったのだろう。こんな手紙ならもっとしっかり、もっと早くに読んでおくんだった。写真はマジで怖かったけど、あんな彼にはもったい奥さんじゃないか。だけど、裏切られた奥さんが「愛した人」って言ってるんだから“あんな彼”なんて、悪く言うのはやめとくか…。どう考えてももったいないけど。

 私あんまり人の名前覚えるの得意じゃないから普段は予習復習に名刺やホームページとか届いた履歴書を見て暗記し直すんだけど、そういえば武田信玄と名字が同じで覚えやすかったから、会ってすぐの彼のことは覚えたんだったな。

—————武田様
 お手紙ありがとうございました、紀野です。
 この度は多大なる御心労をお掛けして誠に申し訳ありませんでした。お手紙のお返事を書くまで長く寝かせてしまってごめんなさい。
 正直言うと読むのが怖くてしばらく直視できませんでした。
 奥様が全てを知ったと彼に聞かされた時、まずは何が何だか分かりませんでした。私の知る彼の家族構成と、何もかもが食い違っていたからです。ここで具体的に彼の虚偽申告内容を列挙することが奥様にとって靄の晴れるものなのか、逆に靄が立ち込めるだけなのか、想像はしてみても断定ができません。ご要望があれば後日改めてお話しいたしますが、まずは大切なことだけお伝えさせてください。
 独身だった彼を信じていました。人生のパートナーとして私だけを、選んでくれた人として大切に思っていました。既に誰かのものなら要らないということではなく、誰かを欺く彼なら愛せない、というのが私の真意です。
 もっと早くに、できれば彼と出会った段階であなたの存在を知りたかったし、できれば友人としての彼の奥様として紹介を受けて、良い女友達として出会えていればと口惜しく感じながらお手紙を読みました。
 以後どのような言葉でもお気持ちでも真摯に受けとめるつもりでおります。いつでもご連絡ください。名刺を同封いたします。記載の携帯番号は私用しているものなので、いつでも繋がります。
 彼とは今後接触を持ちません。仮に私への連絡がある場合には必ず奥様を通すように、私が言っていたとお伝えください。何から何まで、本当に申し訳ありませんでした。

 紀野 尊———————————

 う〜ん、しまった。こんなに真面目な文章を書くなら、やっぱりちゃんとした便箋と封筒を買うべきだったな。買った時はまだ、こんな、一億万歩譲ってくれたような手紙をもらったと思ってなかったし、なんか面倒だなって思ってたから。
 どうしよう。履歴でも書くか、履歴書用紙だし。
 向こうも結構な写真送ってきたんだし、こっちもブラックユーモア出していこう…。

氏名 紀野 尊 (ふりがな きの みこと)
住所 東京都足立区西新井10-9-8-765
電話 名刺に記載の携帯
FAX ※名刺の番号は会社の代表FAXです

学歴
新潟第百高等学校 理数科卒業
金銀沢山大学 工学部 物質化学工学科 卒業
慶擁熟成大学 商学部 卒業

職務経歴
本多クルリート(株)東京本社 企画部 理数学参
本多クルリート(株)横浜支社 外語学参企画部
(同)理勉研 上海支局 人事部チーフ
(株)旺字ベッセネ学館 幼児教育室長代理
(株)旺字ベッセネ学館時代に両社担当同士として武田氏と出会う。
取引先を交えた内内の忘年会を機にプライベートな連絡先を交換。
翌年、初詣を兼ねた夕食に誘われ、初詣中に結婚を前提とした交際を申し込まれ開始。
バレンタインは残業とのことで会わず翌日から初めての宿泊旅行
ホワイトデーのお返しに食事に誘うも残業とのこと。
以後、終業後に食事をし、終電直前まで慌ただしく二人で過ごすことが常態化。
8月6日〜8日まで、私の誕生日を挟む形で二泊三日の旅行。最終日、急用で出社を強要されたとのことで彼のみ先に帰京。
交際3年目になるお正月「今年こそ一緒に暮らしたいね」と言われ、一緒に新居を探し始める。彼はマンションの購入を希望しており、仮審査を受けてみようかと言うので受け、通過。その後彼からは「これならきみだけで買えるね」と言われたが婚姻前の購入はできないと断る。結局、私の職場沿線に乗り入れる路線沿線に賃貸を借りる。(現住所)
将来子供を持つための貯金をしたいからと都心から離れた家賃相場が低いエリアを提案されたが、私の職場が武田邸から近いため距離を取った可能性。
同棲開始と思いきや実家の親御さんが体調を崩されたとの事、暫く実家に滞在するので完全な同棲はまだ難しいと言われる。完全な同棲ではないため、家賃は8万円のうち3万円補填すると本人より申し出。水光熱費・自宅での食費等の折半は無し。全額当方負担。なお2DKはお互いのプライバシーも守りたいという彼が希望した間取り。
外食・休憩・宿泊は全額彼の負担。

資格
独身(彼と違って本物なので婚姻の資格あります)
中型自動車、普自二、大特、フォークリフト
就業用資格等、趣味資格等

趣味・特技など
食べ歩き、テレビゲーム、パズル
ドライブ、気圧で天気予報ができる

自己アピール
婚約者が既婚者で驚きましたが、人生を立て直すため精一杯頑張ります!!!

配偶者
◯なし・あり

扶養人数
0人

 以上——————————


 何も迷わぬうちに、と思い、封をして即マンションの向かいにあるポストに投函した。この時間帯の投函だと明日付けで集配されるから順当に行って明後日午前の到着か。彼は明日から地方の展示場へ本物の出張で不在だから、手紙は奥さんの手元にストレートに届くはず。
 それにしても、たけのこときのこ、ああいう仕組みだったのか…。とんでもないことに気づいてしまった。まあ細かいことはいいや、変な場所に飛ばされたし生贄にされそうになったけど、いつのまにか不倫に巻き込まれてるのを知った時と比べたら全然大した衝撃じゃないから…。
 投函して戻ると、スマホの充電が戻っていた。
「ああ〜!良かった〜!Ketsu〜!Hey Ketsu〜!」
《ハイ、ミコト、何かご用ですか?》
「会いたかったよ〜!」
《そうです、か?私は、休暇を、楽しんでいたので、そうでも、ありません。》
「いいよー、なんて思われても〜!会いたかったよ〜!Hey、Ketsu、私が行ったところって過去かな?私のこと何かヴヴィキペディアとかに書いてある?」
《位置情報、を、元に、歴史を、ヴヴィキペディアで、検索しました。水神娘雨尊女神・ミズノカミノムスメノアメノミコトノメガミ、別名、雨降大御神・アメフラスオオミカミ、という、神様が、架空の人物、神話の登場人物として、登録されています。出典は、中古事記、国ノ本書紀、風土火記、です。この検索結果に、満足いただけましたか?》
 VVikipediaに私のことが書いてあるってのはつまり、たけのこときのこの食べ合わせによって起きる異常な磁場を使ったワープは、異世界系じゃなくてタイムスリップ系ということか…。

 前触れなくマンションの呼び鈴が鳴ったのは、手紙を送ってから二週間ほど経った夜だった。インターホンの画面を覗くと、女が立っている。見慣れない顔だったけどすぐにピンときた。
「武田さんですか?」
「…紀野…さんの…お宅で合っていますか…?」
 やっぱりね、絶対武田さん。

「先般は手紙で名乗りもせずに失礼しました。武田の妻の、スズと申します。」
 言われなくても分かります、という感じだ。だって、なんか、顔の系統や髪型があまりにも私と同じ方角。浮気や不倫をする人は(1)似たようなタイプとばっかり浮気する派(2)まったく違うタイプをつまみ食いする派(3)実生活は妥協で身を固めて浮気で理想を追う派。だいたいこの3パターンって聞くけど、なるほど彼は(1)のタイプね。

「どうぞ、上がってください。すいませんなんかこんな格好で。今日は休みだったから油断してて。着替えもせずにゴロゴロしながらゲームしてたもんで…。」
「休日はいつもゲームされてるんですか?」
「ええ。だいたいそうですね。」
 あとはお菓子の食べ合わせを間違えて異世界へ飛ばされてカリスマシャーマンになるつもりが生贄になりかけたりとかですかね。

「いいなあ!私もゲーム大好きなんですけど、家庭的な女性にはオンゲーなんかやんないしヤリ目のおっさんやナンパ野郎しか居ないからやめとけって夫に言われちゃって、やりにくくなっちゃってご無沙汰だったんですよ。」
 なるほど自分がヤリ目のナンパ野郎だと世界がそう見えるのか。お前がヤるのを目的にナンパしまくってるだけで世の中そんな男ばっかじゃありません!!

 彼と大喧嘩になって飛び出てきたという奥さんは、超遠方に嫁いだ親友にしか不倫された事実を打ち明けておらず、新たに誰かに打ち明ける決断もできず、困り果てて私の家を訪ねたそうだ。
「そっか、写真に一緒に写ってたあのご友人はかなり遠方の方なんですね。すごいな、そんな遠くから駆けつけてくれるなんて。私はまだこのこと誰にも言えてないんですよ。」
「言えないですよ、なかなか。こんな不名誉なこと。自分が悪いわけでもないのに、自分の価値が下がったみたいで。」
 ですよねー。痛いほど分かります。

「先日、夫と改めて喧嘩になってしまったんです。離婚したいって言ったんですけど、俺が愛していたのはお前だけだ!って言われて、は?愛してない相手と不倫するなら、愛してないなりに手を出さないように我慢する誠意くらい持つとか、手を出すなら出すでせめて紀野さんのことも本気だったとか、なにか、しっかりした理由はないわけ?って思って。どれが理由でも許せないけど、許せない中でも許せなさの深さは色々だから…。どう思いますか?…ってお聞きするのも、申し訳ないんですけど、…でも、どう思います?一番真に迫ったこと仰ってくださるんじゃないかって。結局ギリギリ協議離婚には合意してもらえたので、ズバッと言ってください。もう、元夫ですから。」
 マジか…離婚したんだ。申し訳なさと超スッキリが混ざった気持ち。
「うーん…、武田さんも私も、お互いに信じる相手を間違えたんだと思います。よく考えてみたんですけど、彼に私たちはもったいないんじゃないですか?」
「やっぱりそうですよね?Ahoo!知恵袋に相談してみたんですが、不倫されるからには家庭に問題があるはずだ…夫を不倫に追い込んだ責任は妻にもあるって言われて、結構落ち込んでたんです…。ありがとうございます…。」
「いえ…。すいません…。…“彼に私たちはもったいない”…なんて言ってるの聞かれたら、それ見たことかこんなに不遜な女だから他にも問題があったに違いない!みたいに思われるんだろーけど。もともとこんな考え方なんじゃなくて、擦れちゃったのは裏切られた成れの果てだっつうの!くそー!ちきしょー!バーカバーカ!!」
「ふふふ。ありがとうございます。ちょっと元気出ました。」
「武田さんは、えーと…離婚したということは、武田さんってお呼びしないほうがいいですよね、スズさん?」
「いえ、私がもともと武田です。彼が自分の旧姓はダサいからヤダって言ったもので…。」
「あ、そうなんですね。すいません、つい、先入観で。」

 あーあ、お客さん来るならなんか買っとけばよかった。お茶菓子になりそうなものは『都会のたけのこ』と『田舎のきのこ』しか持ってない。もちろんオシャレなお茶もない。冷蔵庫にあるのは、プァンダグレープとパプシコーラだけ…。もっとオトナみたいに暮らしておくんだったな。奥さん、こんなチャイルディッシュな女と夫が不倫してたなんて、マジで可哀想だな…。
「すいません、こんなものしかなくて…。後でちょっと何か買ってきますね。晩御飯済んでるんですか?」
「ええ、夕食は、さっきそこのコンビニで面倒だから肉まん買って済ませちゃいました。お菓子、好きですよ。夫がこういうものを色気がなくて萎える〜って嫌うので食べなかったんですけど、本当は大好きなんですよ。ありがとうございます。いただきます。私そういえば、たけのこのほうあんまり食べたことなかったな。形が可愛いからきのこ派で。子供の頃も、お小遣い少なかったですから1箱だけ選ぶんですけど、そうすると必ずきのこ買っちゃって。姉妹でも居れば分けられたと思うんですけどね。」
「へぇ〜。私たけのこ派なんですよー。名字、キノなのにね。タケダさん、きのこ派なんだ。」
「今日は紀野さんとお近づきっていうことで、たけのこと一緒に食べてみようかな。うふふ。」
 そう言って武田さんは『都会のたけのこ』と『田舎のきのこ』を同時に口に放り込み、茎の部分、つまり、たけのこの土台となるクッキー部分と、きのこの茎となるクラッカー部分を同時に噛み砕いてしまったのだ!
「ああああああああああああああああああ!!!!!!武田さんだめ!!!!だめ!!!!!」
 跡形もなく、武田さんは消えた。げええ、マジか…。マンションの監視カメラに武田さんは絶対映ってるはずだから、このまま行方不明ってことになったら絶対私もまずいことになるし、何より食べ合わせのパワーが強すぎて変な時代に飛ばされてるはずだから単純に心配だ。やっぱりたけのこときのこの引き合う力って凄いな…陰と陽…影と光…月と星…悪魔と天使…生と死…破滅と創造…北風と太陽…たけのこときのこ…まさか時空か世界線まで歪めてしまうなんて…。
 仕方ない、迎えに行こう。あとを追うようにして私も『都会のたけのこ』と『田舎のきのこ』を同時に口に放り込み、茎の部分、つまり、たけのこの土台となるクッキー部分と、きのこの茎となるクラッカー部分を同時に噛み砕いたその瞬間!視界が真っ白になり、あたり一面をたけのこときのこが舞い散ったかと思うと、たけのこたちときのこたちは爆炎を上げて争いを始め、世界は瞬く間に火の海に包まれた。
 ああ、あの時と同じだ。
 …違うのは、帰るための『都会のたけのこ』と『田舎のきのこ』の箱を置いてきてしまったこと…。
 マジか。どうしよう。

第1部(?)・完

 企画【ひとふで小説】は、何も考えずに思いつきで書き始め、強引に着地するまで、考えることも引き返すこともストーリーを直すことも設定を詰めることも無しに一筆書きで突き進む方法でおはなしを作っています。

 具合悪くて寝込んでた時に「いつも通りストーリーを練って本腰で働くほど元気じゃないし、長時間起き上がって作画するのは無理だけど、スマホに文章を打ち込めないほど衰弱してるわけでもなくて、ヒマだなー…」っていうキッカケで、スマホのテキストアプリに書き始めました。

 いつもは構成も展開もラストシーンも大体決めて原稿に取り掛かるので、たまには違う作り方も面白いから、これからも日常の合間合間や病院の待ち時間とか移動時間とか牛スジを煮込んでる時間とかで書いてみるかもしれません。


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