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黒い瞳の秘密

駅のホームのベンチに置き忘れられていた、白い手袋。 「これ、竹下さんの?」 目を見れば、その人が分かるらしい。 二人は黙って、互いの目の奥を確かめ合う。 そんな僕の空想は、一瞬で吹き飛んだ。 朝から雪。 校舎へ向かうみんなは、傘をさしてる。 白い景色の中の黒い列。 足元にカミナリが落ちたみたいに、後ろへ跳び跳ねた竹下さんも、僕の目を見る余裕なんてなかっただろうな。 竹下さんは赤い手袋を着けていた。 空振りした勇気の熱が、今は寒気に変わってるし。 何かが蒸発してしまっ

    • その2、自己満足で終わらせない

      人に読んで貰える物語を作る為には、客観的な目が必要です。 しかしこれが、かなり難しい。 創作に入り込むほどに、独り善がりになりがちです。 冷静な評価、判断を下すには、一旦作品から離れて時間を置くしかありません。

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      • その1、普段着の短編小説

        短編小説は、ごく普通の言葉から始めます。 耳慣れない、使い慣れない難しい言葉では、 物語が凍り付いて固まってしまうだけなので 使いません。 そんな普段着の言葉で、短いフレーズを組んでみます。 「駅のホームのベンチに、白い手袋。」 ありきたりな言葉とフレーズですが、映像が目に浮かんできませんか?。 多分、遅い時間だな、ホームも空いてそう 線路の上に、音もなく降り落ちる粉雪 本に夢中の女の子が、ページをめくる為に外した手袋かも きっと白い毛糸のフワフワの手袋だ ここでは

        • 「短編小説レシピ」

          短いけど深くて胸に染みる。 そんな物語でありたいの願いを込めて 短編小説を書いています。 そんな私が、 短編小説の作り方をまとめてみました。 その1、「普段着の短編小説」 https://note.com/nagato_osamu/n/nfde578e7475a

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          灯火

          明るくなって薄暗くなって、また明るく光る。ゆったりと息をするように、小さな灯りが揺れている。 「ほたる?」 都会の真ん中、しかもここは4階。 ガラス戸の向こうの、狭いベランダ。 有り得ない場所なのに、僕の遠い記憶に残る様子そのままに、蛍は儚く物悲しい光を灯している。 唐突に去年脳梗塞で倒れ、そのまま目を覚ますことなく死んでしまった母の姿が、頭に浮かんだ。 家族ラインに、姉と兄の連れて来る孫達との笑顔の写真をアップして、とても幸せそうだった母。 この世に残す想いなんて、

          陽の出ルところ

          「1番線、見に行かないか?」 最近リニューアルされた建物が、ホームから望める。 僕たちの生まれるずっと前、私鉄の電車が通り抜けていたという建物。 ど真ん中に高架橋が突き刺さっていて、ビルの中にホームが有ったらしいのだ。 その後、高架橋は南側に移され、今は電車が走り抜けていた箇所が、巨大なアーチ型の窓となって残っている。 歴史で織られたレースのケープを纏ったゴージャスな佇まい。 何処にもない、独創的な美しさ。 「良いわね。シックな色合いがそのままで、嬉しいわ。」 洋子と一

          悲鳴

          お婆さんが手招きする。 にっこり微笑むお婆さんが、陽の光にあてると首を振り続ける人形みたいにカクカクと頷きながら、エントランスに入っていく。 多分、荷物運んでの頼み事だろうと、お婆さんの後に続いてマンションに入った。 あれ?いない。 お婆さんが消えた。 エレベーターも動いていない。 どこか近くにいるだろうと、暫く待ってみたけどお婆さんはもちろん、人の気配すら無い。 「もう行きますよー。電車の時間なんですー、すみませーん、ごめんね~。」 さっきのお婆ちゃん、何処かで会った

          点と線と面そして波

          「佐伯さんって、もしかして北中?。」 「え?、そうですけど。」 「ぼく田中、美術部の1年上だった。」 困惑が警戒に変わった。 「あ、いやえーっと。」 この人、輪郭がボヤけて見えるけど、なに?。 もしかして変なひと? いや、私の眼が変なのかも、あんまり寝てないし。 とか、そういう物語のこもってそうな目で見られた。 「あ、ごめん、人違いかも。」 佐伯さん。 美術の教科書に載っていた、佐伯祐三という画家と同じ名前の子。 佐伯祐三って知ってる? はい、大好きです。 僕

          点と線と面そして波

          世の中くそだわ

          何もかも諦めてる。 だから、いじらずにそっとしておいてくれればいいのに。 みんな私を観察していて、ちょっと振り向いただけで大袈裟に驚く。 あっこっち見た!、睨んでるし!、しゃべった!、弁当くってる!、おっ帰るぞ!、その他なんだのかんだの。 お忍びで水族館のクラゲを見に来た、変装の雑なアイドルかよ、私は。 嫌ならほっとけっつうの。 そんなに気になるなら、何か言って来いよ、話し掛けてもこないくせに。 消しゴム拾ってやったら拭くんじゃない!、ありがとうぐらい言え。 プリントぐら

          かすかな灯り

          暗闇に光る液晶ディスプレイに大きく表示されるカウントダウンに合わせて、自動で開かないドアを両手で押し開けた。 これって、ほとんどホラーゲームでしょ。 よくあるプロローグだよ。 何かあるぞ!あるぞ!出るぞ!出るぞ!、でたあ~!ってやつ。 駅で、何となく眺めていた観光チラシの中に見付けた新しい美術館の案内チラシ。 その裏側に、統廃合で閉館の決まった古い美術館でのイベントの案内があった。 「特別展『理解の灯火』8日金曜日21:00開場・入場無料」 子供の頃からよく行った美術館

          時代

          『ママいまどこですか?』 『ヤマさんは?』 『店の前です 臨時休業って貼ってあります』 突き当たりは、八幡さんの東門。 土塀越しの鬱蒼とした木々が、周囲の高層ビルの明かりを隠している。 そのせいかこの辺りだけ、特に夜が深いみたいで、頭上にはクッキリと月が輝いていて、よく見れば星も見える。 まるで月夜の天幕を張ったような小径。 そこにひっそりと佇むママのお店は、コンクリートの壁で、高い所に小窓がひとつあるだけの土蔵のような建物。 灰色の素っ気ないその外観に反して、歴史のた

          白昼

          「夢を見るのよ、変な夢を。」 辺りは白い霧で包まれていて、足元は灰色の滑らかな小石が敷き詰められてる。 指先で触れそうな霧の向こうからは、さらさらと水の流れる音。 ねえこれってほとんど賽の河原、三途の川よね?。 浅い河を渡ればその先はあの世、冥土の世界っていう。 死後の体験あるある、みたいな?。 でも話には聞いても、賽の河原なんて見た事ああるわけ無いじゃない?。 でもねえ、これが妙にリアルなのよ、本物って感じなの。 皮膚感覚ってやつ?。 そしてそれがね、目が覚めても肌に残

          意味不明

          あれ?、え?、なになに?、うっそー!。 これ、俺?。 俺が寝てる?。 カーテンの隙間から漏れる朝の光をまともに顔に受けて、俺が寝ている。 じゃあ俺は?誰だよ? 洗面所の鏡には、いつものぶっ飛んだ髪をした俺がいる、う~む。 これってもしかして、幽体離脱ってやつ?。 でも透明じゃないし、鏡にバッチリ写ってるし、ちゃんと手も足も付いてるし。 足ぶみしながら自分の頬をつねってみると、痛い。 夢じゃない。 目の前で爆睡している俺のガッカリする寝顔の頬をつねってみたら、なんと俺の頰が

          雪が降る

          駅のホームに、雪が降り始めた。 「わたし、自分を変えてみる。」 変えないといけない所なんて、何処にも無いのに。 「下田くんの学生証、くれない?」 後ろで束ねた黒髪を背中に乗せた洋子の吐く息が、白い雪に溶けて行く。 洋子は、キュレーターを目指して美大に行く。 僕はここで農学部入り、林業を目指す。 接点皆無で笑ってしまう。 「これは私の青春。大切にする。」 「ん、」 白い手袋の両手で、コートの胸に手帳を抱く洋子の隣で、ぼんやりと線路に落ちる雪を見ていた僕は、卒業証書

          ぼく4℃

          「ところで、僕のこと愛してる?」 「あはは、何言うてんのやこの自意識ダダ漏れ野郎。」 文字にするのは平気でも、口にするのは恥ずかしいセリフをよく言えたもんだ、でもそんなとこ好きやでと。そしてだから?といった感じで。 「愛しとるで。」 と、片方の眉を上げて微笑む彼女。 「うれしい。ぼくも愛してる、とっても。」 と答えたところで、実は僕には秘密があるんだと告白したら、鼻の頭がジッ!と焦げそうな眼でにらまれた。 「よそに女おったら、殺す。」 理解しやすい殺気を放つ彼

          夜道の衝撃

          すんごいタイトミニのスカートのお姉さんが、俺の前を歩いてる、後ろを気にしながら。 これは絶対、チカンと間違われてる。 誤解を避けようにも、ここは一本道で、回り道なんて無い。 脇道は行き止まりの私道か、山越えの道路だけ。 困った。 サッカーの中継始まっちゃうよ。 街灯の寂しい駅前通りだけど、悲鳴が上がればきっと誰か出てくる。 ぞろぞろ出て来て、お祭り騒ぎになるかも知れない。 さらに困った事に、このお姉さんはどうも俺に歩調を合わせてるみたい。 追い越そうとすると急ぎ足になるし