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陽の出ルところ

「1番線、見に行かないか?」

最近リニューアルされた建物が、ホームから望める。
僕たちの生まれるずっと前、私鉄の電車が通り抜けていたという建物。
ど真ん中に高架橋が突き刺さっていて、ビルの中にホームが有ったらしいのだ。
その後、高架橋は南側に移され、今は電車が走り抜けていた箇所が、巨大なアーチ型の窓となって残っている。
歴史で織られたレースのケープを纏ったゴージャスな佇まい。
何処にもない、独創的な美しさ。

「良いわね。シックな色合いがそのままで、嬉しいわ。」

洋子と一緒に通ったJRの駅のホームから見えるその茶色の建物は、周囲に散らばる広告の強い光に負ける事なく、堂々とした存在感を示している。

振り返った洋子が微笑む。

ここからふた駅はなれた街に僕達は産まれて、保育所から高校まで一緒だった。

いつも一緒にいたふたり。

だから、大人になって一緒に暮らすのは当然の成り行きだった。

「聞いたわ、お父さん亡くなったのね。知らせてくれればいいのに。」

こめかみに指先をやって、緩くウエーブのかかった髪に触れる。
洋子とその両親は、僕の父と反りが会わなかった。
親戚として付き合いが深くなる程に、互いの親同士は反発を強くしていった。
それは僕達にも伝播し、お互いにどうしようも出来ないことで、罵り会うようになってしまった。

「事務所、畳んだのね。」

ふたりでひとつの建物を造りたい。
あの頃、洋子が選んだのはインテリアデザイナーだった。
今は旦那さんと二人で輸入カーテンの会社をやっていて、学んだ事が役立っているらしい。

「そう。もうね、子供達の手も離れたし。今はハウスメーカーで設計だけやっててね、気楽でいいよ。」

もう少し働いて、後は良い景色と良い建物を観て回りたい。

「なあ、もし良かったら、こんど雪の降る頃に金沢に行ってみないか?、湖西線を通って。」

茶色の髪を乗せたベージュのレインコート、その背中に声を掛け、黒いパンプスの脚に眼を下ろした。

「それもいいけど、あれも良いと思わない?。冬まで待たなくていいわ。」

洋子が目で指し差す1番線ホームの電光掲示板には、東京行きサンライズ出雲の文字が灯っていた。

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