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白昼

「夢を見るのよ、変な夢を。」

辺りは白い霧で包まれていて、足元は灰色の滑らかな小石が敷き詰められてる。
指先で触れそうな霧の向こうからは、さらさらと水の流れる音。
ねえこれってほとんど賽の河原、三途の川よね?。
浅い河を渡ればその先はあの世、冥土の世界っていう。

死後の体験あるある、みたいな?。
でも話には聞いても、賽の河原なんて見た事ああるわけ無いじゃない?。
でもねえ、これが妙にリアルなのよ、本物って感じなの。
皮膚感覚ってやつ?。
そしてそれがね、目が覚めても肌に残ってるのよ、ほんのりと暖かい霧の、頬に触れる感触が。
もう本当に、行って帰って来ました私、みたいな?。

もうね、ここのところ毎晩同じ夢。

仕事のストレス?、そうかもね。
でもね、この夢、わりと嫌じゃなかったりするのよ。
何だかね、癒しみたいなものを感じるの。
こうして落ち着いて話しが出来るのも、そのせいじゃないかって思うわけ。

何だか良く分からないけど、とても大きな存在に身を委ねちゃてます、みたいな?。
上も下もなく、ふわふわ空に浮かんでいるような、浮遊感?。
とにかく何だか知らないけど、とっても良い気持ちなのよ。
そして目覚めスッキリだし、肩凝りも消えてたりして、ストレスの正反対かもって思ったりして。

脳のストレス?

おっと、そう来るか。
でもねえ、死後の世界がこんなにも安らかなものなんだったら、死んでも良いかなあって思ったりするわけよ、あはは。

「お客様。もしもし、お客様?」

え、なに?。
あれ?
ここって。
ああそうだ、私お昼ご飯を食べるために、このレストランへ入ったんだ。

黒いスーツに黒いネクタイのオジサンが、私を見下ろして、ゆったりと微笑んでる。
あらごめんなさい。
私、寝ちゃってたかしら?。
今何時って、え?。
満席だったわよね、なんで誰もいないの?。
もう閉店?。

ねえ、それよりちょっと、お店のなか煙ってるわよ、何か燃えてるんじゃない?厨房とか大丈夫?。
水音がしてるし、水道出しっ放し?。

オフィス街のレストラン。
ドアにぶつかりながら店から転がり出て来たスーツ姿の女性が、足をもつれさせて舗道に倒れた。
昼時で混雑している舗道の真ん中で、膝を抱えて震えている女性を避けて通る人達が、冷たい視線を投げ掛けている。
満席のレストランでは、ウインドウ越しの客達が、悲鳴を上げながら店を飛び出し、泣いて何事か喚いている女性に、好奇の眼を向けていた。

「どうしてっ!なんでわたしよ!
どうして私が行かなきゃいけないのよー!、
いやよ!いやいや!いやあー!。」


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