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明るくなって薄暗くなって、また明るく光る。ゆったりと息をするように、小さな灯りが揺れている。
「ほたる?」
都会の真ん中、しかもここは4階。
ガラス戸の向こうの、狭いベランダ。
有り得ない場所なのに、僕の遠い記憶に残る様子そのままに、蛍は儚く物悲しい光を灯している。
唐突に去年脳梗塞で倒れ、そのまま目を覚ますことなく死んでしまった母の姿が、頭に浮かんだ。
家族ラインに、姉と兄の連れて来る孫達との笑顔の写真をアップして、とても幸せそうだった母。
この世に残す想いなんて、無かったはずで。
蛍の姿を借りて、僕に何かを知らせようなんて事、とても有りそうにもない。
兄と八つも離れた末っ子の僕は、まだやっと働き始めたばかりだし、結婚なんてまだまだ先の話。
今は彼女すらいなくて、母の心配が入り込む影すら無いと思う。
そういえば母を見送った帰りに、駅のホームでトンボを見た事が有った。
たぶん、直前に通過した貨物列車に紛れて来てしまったんだと思うけど。
あれもひどく、場違いな風景だった。
トンボはホームの上を、探し物をするように飛んでいた。
寄る辺のない都会に、有るはずも無いものを探し、疲れ果てて誰にも知れずに悲しい結末を迎えるに違いないトンボに、電車の窓越しにそっと、祈りを手向けたことがあった。
今度は蛍だ。
何処かは知れない、遥かな遠い清流から迷い来た蛍。
申し訳ないけど、僕にはどうしてやる事も出来ない。
ベランダの隅で、続いた雨に息を吹き替えした主のいない金魚鉢に残る水草が、せめてもの気休めになることを祈った。
朝、ベランダを覗くと、蛍は居た。
金魚鉢の水に浮かんでいた。
それを目にして、想い至った。
思いを残しているのは母じゃなくて、僕のほうなんだと。
母さんに彼女を見せたかったよ。
母さん、僕の結婚式に居て欲しいよ。
母さん、僕の子供と遊んでやって。
ベランダに膝を付いて、もう二度と明かりを灯す事の出来ない蛍のために、僕は少し泣いた。
そして、暫くは来なくていいから、次は僕の子供達に会いに来てやってくれないかと、心の中で母に願った。
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