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悲鳴

お婆さんが手招きする。
にっこり微笑むお婆さんが、陽の光にあてると首を振り続ける人形みたいにカクカクと頷きながら、エントランスに入っていく。

多分、荷物運んでの頼み事だろうと、お婆さんの後に続いてマンションに入った。
あれ?いない。
お婆さんが消えた。
エレベーターも動いていない。
どこか近くにいるだろうと、暫く待ってみたけどお婆さんはもちろん、人の気配すら無い。

「もう行きますよー。電車の時間なんですー、すみませーん、ごめんね~。」

さっきのお婆ちゃん、何処かで会ったような気がする。
記憶を辿ってみるのだけど、どうしても思い出せない。

今日は手招きの日なの?。
定時で退社できたけど、帰って何か作るの面倒くさくて、お弁当でいいかと寄ったコンビニ。
小学三年生くらいかな、男の子が駐車場の隅の薄暗がりから、私を手招きしてる。
にっこり微笑んで、かわいい。
あれ、何処かで会った?。
お姉さんのこと知ってる?。
手を振っていた男の子が、コクリとひとつ頷くと、落ち葉が風に裏返るように、ひらりと建物の影に飛び込んだ。

おいおい、何処いくのだ?。
あれれ?、いない。
かくれんぼ?
でも、隣との隙間はフェンスで塞がれているし、隠れる所なんて無いじゃない。
消えちゃった?。
そんな馬鹿な。

ところで私、道に迷ってる?。
いつもの帰り道と違う、何となく、懐かしい雰囲気に包まれた小路。
こんな通りが有ったんだ。
迷子だけど、嬉しい。

おしゃれなカフェのデッキテーブルの席から、ちょっとイケオジがおいでおいでと手を振っている。
残念ですけど、私はそんな軽い女じゃありません。
眼を細め、笑顔で頷いてるオジさん。
おや?この人、前に会った気がする。
いや、絶対に知り合いだ、間違いない。
でも思い出せない。
どうして?。

なんだか今日は変。
知ってる人達ばかりに会って、どの人も思い出せない。
情けない話だけど、今度会ったら恥を忍んで聞いてみよう。
何処かでお会いしましたか?。
私のこと御存知なのですか?って。

背中に人の気配を感じて、振り向いた。
目の前に誰かいる。
女の人みたい。
だけど、霞んでよく見えない。
何度眼を擦っても見えない。
頬に優しい手が触れた。
暖かい。
「あの、私を」


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