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雪が降る

駅のホームに、雪が降り始めた。

「わたし、自分を変えてみる。」

変えないといけない所なんて、何処にも無いのに。

「下田くんの学生証、くれない?」

後ろで束ねた黒髪を背中に乗せた洋子の吐く息が、白い雪に溶けて行く。
洋子は、キュレーターを目指して美大に行く。
僕はここで農学部入り、林業を目指す。
接点皆無で笑ってしまう。

「これは私の青春。大切にする。」

「ん、」

白い手袋の両手で、コートの胸に手帳を抱く洋子の隣で、ぼんやりと線路に落ちる雪を見ていた僕は、卒業証書の筒の先で顎を支えていたので、言葉が出なかった。
駅前の景色が霞むほどに、雪は激しくなっていた。

「大西さんとこの洋子ちゃん、これから行くんだってよ、オリエンタルなんだかに出るって。」

洋子の髪が、顎の上で切り揃えられている。
駅前の桜の下で、家族と写真を撮っていた洋子が、僕を見つけて手を振る。
自転車にまたがったまま、片手を上げて応えた。

おろした手をハンドルに置いた時、自転車の背中を押すような突風が駅に向かって吹き抜け、桜の枝を揺らした。
一斉に空に舞い上がった桜の花びらが、はらはらと洋子の上に降り落ちている。
雪だ、四月の雪だ。


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