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【料理エッセイ】ナスとアンチョビのパスタをメランツァーネと呼ぶらしい

 Kyonさんのエッセイを読んだ。

 なんでも、国分寺には「メランツァーネ」という聞き慣れない名前の絶品パスタがあるらしい。

国分寺に住む限り食べ続けたい。いや、これを食べるために国分寺に住み続けるのだと思う。もしどこかに移住しても、必ず食べたい味。最後の晩餐ではもちろん食べたい。メランツァーネはそれくらい私にとって欠かせない。

【食エッセイ】死ぬまで食べ続けたいパスタ「メランツァーネ」@国分寺 「メランツァーネ」

 写真を見るに具材はナスとアンチョビだけ。実にシンプルな料理であるにもかかわらず、これほど熱く語れるなんて、よっぽどシェフの腕がいいに決まっている!

 中央線沿線に暮らすパスタ好きとして、わたしは居ても立っても居られなかった。

 で、早速、国分寺へ行ってきた。

 南口のロータリーを出て、斜めに延びる道を歩いて一分ほど。ゆるいおじさんの看板が現れた。

 この体型にこの表情。楽しげな野菜たちと踊るようにフライパンを振るう感じ。いきなり、ただものでないオーラがあふれていた。

 高まる期待に背中を押され、雑居ビル一階の奥を目指すと驚いた。

 また、おじさん!

 服装が同じだし、表にいたのと同一人物らしい。それにしても野菜を従え、貫禄にあふれている。

 調べると、店名である「メランツァーネ」はイタリア語でナスを意味する言葉なんだとか。なるほど、看板にナスの絵が描いてあるのはそういうことか。

 扉を開けると35周年を記念する花が置いてあった。素直に凄いなぁと思った。

 遡ること35年。西暦1988年の日本はバブルも真っ只中。都心から離れているとは言え、国分寺も東京都内。世の中は派手で豪華な食事を求めていたはず。

 そんな中、ナスという地味だけど愛すべき食材に焦点を当て、イタリアンレストランを創業。地元に愛され、2023年の現在も大盛況しているだなんて。いつか、朝ドラのモデルになってもおかしくない!

 と、勝手に感動を覚えつつ、ランチのパスタを注文した。もちろん、頼んだのはKyonさんおすすめのメランツァーネ。量の変更は無料とのことなので、せっかくならと大盛りを選んだ。それから、単品のスープも頼んだ。

 レストランでは必ず単品のスープを頼むと決めているから。と言うのも、スープは手間がかかるのに、日本では単品であまり注文されない料理。手を抜こうと思えば抜けるところ。もし、シェフがそこにこだわっているのなら、そのお店は本物という自論があるのだ。

 メランツァーネのスープはミネストローネだった。

 さすがは野菜を押しているお店。これでもかって具沢山。食材それぞれの旨味が合わさり、ハーブで整えられた味わいはとても優しく、飲めば飲むだけ健康になれそう。こんなお店が近所にあったら最高だなぁ、と羨ましくなるほど嬉しいスープだった。

 これはもう間違いなかった。

 チラッと厨房の様子を覗いてみた。シェフが手早くフランパンを振って、パスタに空気を絡ませるマンテカトゥーラをしていた。

 どきどき、ワクワク。楽しみになる。

 で、出てきたのが、これ。

 想像以上の大盛り! 笑

 でも、食べ始めたら心配なんてどこへやら。ニンニクの香りが食欲をそそり、フォークを動かす手が止まらなかった。

 トロトロなナスはまさに主役。どんな肉よりも、どんな魚よりも、完璧に輝いていた。その脇をアンチョビとパセリがしっかり固め、飽きることなく食べ切ってしまった。

 最高だった。わざわざ電車に乗って来る甲斐があった。都内にこういうお店が存在していることは奇跡だと思う。

 町の洋食屋さんがファミレスに追いやられて久しい。デフレの時代、千円以下のランチを提供するファミレスに通う気持ちはよくわかる。実際、わたしもよく利用していた。結果、千円から二千円の価格帯でいいものを安く提供していた個人のレストランが次から次へと消えてしまった。

 しかし、いまになって、インフレの波が押し寄せている。全国チェーンのお店のどんどん価格帯は上がりまくっている。牛丼屋で定食を頼めば、千円超えてしまったりする。

 対して、個人のお店は頑張っている。メランツァーネのランチは大盛り無料で1,100円だった。しかも、サラダとパンまでついてきた。

水槽のある席だった。小さい魚、可愛かった。

 最近、わたしは昼も夜もほとんどが自炊。だけど、たまに外食するなら、こういうお店に行かなきゃいけないなぁと改めて決意した。

 もちろん、そんな風にいろいろ考えしまったのは、食後、歩き始めると予想外にお腹が重く、腹ごなしに国分寺の街をブラブラしたから。足を動かすと、つい、あれこれと難しいことが頭に浮かんできてしまう。

 戦争のこと。政治のこと。経済のこと。あれやこれやと思案した。もちろん、合間に、夕飯はどうしようかなぁとか、呪術廻戦の最新話を読まなくちゃとか、くだらないことも考えながら。

 気づけば、東京経済大学の前に立っていた。

「うわっ」

 思わず、独りごちてしまった。

 むかし、わたしはここに来たことがあった。そして、それはとても嫌な記憶と結びついていた。

 まさか、こんな形で再会することになろうとは……。

 中二の冬。わたしは生まれて初めて模試を受けることにした。まわりは誰も受けていなかったけれど、人一倍、受験に前のめりだったので、中三を対象とした駿台模試に申し込んだのだ。

 その会場に指定されたのが東京経済大学だった。

 試験日の朝。寝坊するんじゃないかと緊張するも、必要以上に早起きし、エネルギーを補給しなきゃと朝ごはんをたくさん食べた。お昼用のおにぎりはコンビニで買った。電車で一人、国分寺へ向かった。

 片道四十分。乗り換え一回。別に大した移動ではないが、当時、自転車で行ける範囲にしか生息していなかった十四歳のわたしにとって、けっこうな遠出に感じられた。

 ガタンゴトン。揺れる車内でわたしの情緒は乱れに乱れた。試験、うまくいったらいいなぁ。中二で成績優秀者の名前に載ったら伝説になるんじゃないかなぁ。でも、そんな甘くはないよなぁ。ああ、全科目ゼロ点だったらどうしよう。

 やがて、国分寺駅に到着し、家で印刷してきた地図を片手に会場を目指した。他の受験生の動きについていけばなんとかなるだろうと思っていたが、あたりに中学生らしき人影はなく、やや不安になった。

 余裕を持って来たけれど、さすがに早過ぎたかなぁ。でも、まあ、遠足じゃないんだし、みんな、友だちとワイワイやって来たりはしないはず。そんな風に自分を励まし、テクテク進んだ。

 ところが、東京経済大学の正門前に着いてみても、ガランと寂しく、ひとっこひとり見当たらなかった。

「あれ……。ウソでしょ……」

 怖くなった。会場を間違えてしまったんじゃないか、と。

 狼狽えるわたしに警備員のおじさんが声をかけてくれた。

「どうしたんですか?」

「すみません、駿台模試を受けに来たんですけど、ここでやってないんですか?」

「駿台模試ならここでやってたよ」

「……やってた?」

「先週の話でしょ」

 生まれて初めて、茫然自失を味わった。

 勉強に一生懸命な自分がこんなバカな失敗をするなんて。あまりに恥ずかしく、どうしていいかわからなくなった。

 誰かに受けろと命令されたわけでなく、勝手にネットで申し込み、支払い情報を母親に渡し、


「大事な模試だから、絶対、払い込み忘れないでよ!」

 と、強めに言っていた手前、このまま真っ直ぐ帰宅する気にはなれなかった。この惨めな事態について、どう説明したらいいのか、さすがにちょっと難し過ぎた。

 結局、国分寺の街を夕方までブラブラした。いま、パンパンなお腹をどうにかするため、当てもなく彷徨い続ける三十歳のわたしみたいに。

 あのときは冷たいおにぎりを食べた。悔しくて、悲しくて、静かに涙を流したものだ。もし、メランツァーネを知っていれば、ナスとアンチョビのパスタを食べて、元気を出せていたのかもしれない。

 忘れようとしてきた嫌な記憶だったのに、うっかり思い出してしまった。ただ、なぜか、それはそれでいい経験だったなぁと面白く感じられた。

 たぶん、きっと、たっぷりの野菜で心も身体も健康になったからだ。




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