見出し画像

【ショートショート】エイリアン殺し (2,000文字)

「これは期待値の問題なんです」

 船長を殺した若い航海士は俺にそう言った。

「悪いけど、もう少し詳しく教えてもらってもいいかな」

「つまり、どういう行動をとるべきか、数学的に考えたんです。昨夜、僕はこの船にエイリアンが乗り込んでくるところを見てしまったんです。こっそり後をつけたら、確実に船長の部屋に入って行きました。ところが、すぐに中を確認してみれば、エイリアンの姿はなく、様子のおかしい船長一人が真っ青な顔で妙な動きをしているではありませんか。だから、殺すしかなかったんです」

 若い航海士は真剣な表情で、一息にそうまくし立てた。

「すると、君はエイリアンを殺すため、船長を殺したって言うんだね。にわかには信じ難い話だが」

「ええ。でも、信じるしかなかったんです。正直、僕だって未だは半信半疑です」

「だったら、まずは誰かに相談すればよかっただろ」

「最初に言ったじゃないですか。これは期待値の問題なんです。相談なんてしている暇はなかったんですよ」

 若い航海士の頑な態度に俺は困ってしまった。

「なあ、さっきから言っている期待値ってなんのことなんだ」

「どっちを選んだ方が得かって話ですよ。そりゃ、僕だって、エイリアンが本当に存在するのか、自分の目で見たとはいえ、勘違いなんじゃないかと疑っています。いまだって、部屋に帰って、すべてを忘れるために眠りたいぐらいです。ただ、万が一、エイリアンが船長の身体を乗っ取っていたら、大変なことになるじゃないですか」

「でも、そんなこと、ほぼほぼあり得ないんだろ」

「はい。あり得ません」

「だとしたら、船長を殺しちゃまずいじゃないか。客観的に見たら単なる殺人だぞ」

「それは覚悟の上です。もし、エイリアンがいなかったとしたら、大きな過ちを犯したことになるでしょう。でも、その結果、生じるマイナスは船長の死と僕が受ける罰がせいぜいで、どうだっていいんです」

「十分なマイナスに思えるけどなぁ」

「だったら、エイリアンがいた場合を考えてみてください。人間の身体を乗っ取る力があるんですよ。この船に乗っている何百人という人間はあっという間に全滅してしまいます。やがて、この船も地上に着くわけですが、被害者はさらにどんどん増えていき、気づけば、地球ごと乗っ取られてしまうかも。そのマイナスはあまりにも計り知れません」

「しかし、そうなる確率は低いんだろ」

「ええ。確率は低いです。ただ、それが起きたときのマイナスが大き過ぎるのです。逆に、エイリアンがいない確率は高いけれど、それによってもたらされるマイナスは比較的小さい。だとしたら、僕は無駄になるかもしれないけれど、最悪の事態を防ぐためにやるべきことをしなくちゃいけなかったんです」

「なるほど。そういう考え方を期待値って言うんだな」

 俺が納得して見せると、若い航海士は嬉しそうに表情をやわらげた。

「ありがとうございます。もちろん、僕はしっかり責任を取るつもりです。なので、その前に船長の遺体をご確認ください。エイリアンの痕跡が見つかったとしたら、そのときはご配慮のほど何卒よろしくお願いします」

「まあまあ。落ち着いて。ちなみに、このことって、君は他の誰かに話しているのかな」

「いいえ。エイリアン殺し次第、チーフがこちらにいらっしゃいましたので、他の誰にも話しておりません」

「そうか。そうか」

 俺はそのことを確かめ次第、若い航海士を即座に殺した。

 床に転がる船長の身体を確かめてみると、若い航海士の言っていた通り、中には緑色の見知らぬ生き物の死体が入り込んでいた。いったい、どの星からやってきたのか。少なくとも、人間にバレるぐらいだから、知能レベルは低いのだろう。まったく、余計なことをしやがって。

 とりあえず、俺は船長と若い航海士の肉体を掃除し、再利用できるように整えた。

 はぁ。

 思わず、ため息が漏れてしまう。

 正直、擬態生活も長くなり、いまさら大抵のことではバレない自信はあった。船長も若い航海士も行方不明ということで、適当に処理してしまいたかった。というか、いつもの俺ならそうしていた。

 だが、期待値について教えてもらったことで、起きる可能性がいかに低かろうと、最悪な事態に備えないではいられなかった。

 次の寄港は三日後。そこまではこの身体に加え、船長と若い航海士の身体も順番に操り、平穏な日々をなんとか演じ続けよう。

 とはいえ、これが済んだら、そろそろ俺も動き始めよう。少し様子を見過ぎたかもしれない。他のエイリアンも地球を狙っているみたいだし、この期に及んで先を越されたんじゃ、まあ、やってられない。

 俺は故郷の星に連絡を入れた。そして、多くの仲間を呼び寄せた。たぶん、大規模な戦争になるだろう。それでも、期待値計算に基づけば、比較的マイナスは少ないと言える。

 他のエイリアンと若い航海士のおかげで、ようやく、地球を乗っ取る覚悟ができた。

(了)




マシュマロやっています。
匿名のメッセージを大募集!

質問、感想、お悩み、
最近あった幸せなこと、
社会に対する憤り、エトセトラ。

ぜひぜひ気楽にお寄せください!!

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?