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村崎懐炉短編小説集

39
短編小説をまとめました。僕は不思議な話や甘い恋の話が好きなんです。
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#詩人

短編小説「駄菓子蟲を飼う」

古田美津子は更衣室でブラウスを脱いだ。
脱いで、露になった柔肌をつい隠した。
隣に古田美津子より十歳年若の後輩社員が明日より始まる三連休に、ムチムチと浮かれていた。
古田美津子の扁平な体を、後輩、野木真理が嗤ったような気がした。
「先輩の胸は扁平ですね。」と野木真理が言ったような気がした。
「でも、腰回りは重厚感がありますね。」と野木真理が言ったような気がした。
「肌には年齢の深みを感じます、そう

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短編小説「いとやはらかに温泉まんぢうがありまして」

さよふけて。

川辺の温泉宿は夜もすがら滔々と川の流れる音がする。
そうした瀬音を聞き乍ら文机に座って、僕は小説を書いている。
書いているつもりが、先程から一行たりとて進まない。

「猫又温泉」
書いたのはタイトルと思しきたった一行。

なおなお、と表で旅館に飼われた猫が鳴く。
猫をあやして女中が餌を呉れる声がする。

ああ、女中の膝枕で眠りたい。太腿に臥して猫の如く喉を鳴らして甘えたい。
徳利を

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短編小説「夏蜜柑ポップ」

凄く下らない話なんだけど。
「蜜柑狩り」という夢を見た。
あたしは「蜜柑ハンター」で街中に隠れる蜜柑を狩っている。

「蜜柑」たちは器用に擬態している。
凶悪な奴らだ。
夜更けに誰かが寝静まった頃合いを見計らい、蜜柑たちは人間に寄生しようと企んでいる。頭頂部から脳髄へ根を張って、人間を支配しようとする。

街には「蜜柑人間」として頭に蜜柑を乗せた人々が、それなりの生活を送っている。「それなりの生活

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短編小説「蟹」

「蟹」

「恃(たの)もう」
一日の学課を終えて、賀川豊彦は通町の教会を訪ねた。全く以て散々な一日であった。
「名門徳島中学の名が廃る。」
豊彦は憤慨していた。
「ドウシマシタカ」マヤス神父が尋ねた。
其れに対して豊彦は「うむ」と答える。
「中学の学課に軍事教練があるのだ。」
憮然として豊彦は言った。豊彦は中学に「飛び級」で入学したため、他の生徒に比して年齢が幼い。体躯も小さいため身体能力が格段に

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短編小説「外骨格人間とフレグランス」ディレクターズカット

ある群島に潜伏しながら世界秩序の再構築とそれなりの世界平和を目論む秘密組織によって僕は外骨格人間にされてしまった。

この秘密組織は群島内外の寄付金によって運営される非公認市民団体であり、非公認であるが故に市民団体なら当然支給されるべき市町からの活動助成金も受給できない。そのため慢性的な活動資金欠乏に悩んでいる。彼らの活動(主にブログや街頭演説)は資金化出来ないため、組織は貨幣経済に疎く、故に

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長編小説「スノウマン ライド・オン ジーザス」

突然自我に目覚めた俺は、俺が一体の雪だるまである事を知った。
早朝、空気は凍えているが本日はどうやら晴天。
視認する限り、この場所は日当たり良好。
どう考えても俺は本日の正午には南中した冬の、暖かな日差しの中に溶けて消える運命だった。

rrrrrrrrrrrrrrrr

一体俺は、何のために生まれてきたのか。
ああ、畜生。
もう何もかもが。

人口密集した都市の、地下の、安いバーには饐えた匂いの

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短編小説「牛鬼」

(私は古びた一冊の手帳を開く。)

*********

きのう夢をみた。
彼が湖に浮いていた。
はくちょうのボートに乗って。

わたしは湖岸にいた。
彼が気付いて近寄って。
わたしに手をさしのべた。

「きみもいっしょにのろう」
わたしはどうしようかと迷った。
「さみしい」
彼はいった。
「のろう」

「のろう」

美しかった彼。の顔を何故か直視するのが憚られる。禍つ事を感じる。正体のしれないわ

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短編小説「味噌カツ幻想」

東京駅八重洲中央口から地下に降りて其処は文化文明の電燈が燦然とする地下街。
僕は春狂いの陽気に当たって一念発起し、郷里の人々が炉端で縄なう捕縛縄でも売らんかなと、花の都に上京した。東京駅に降りて先ずは昼食でもと徘徊して四半刻、数店の候補を品定めする所存。
サンドイッチとパスタとパンケーキとね、でもやっぱり一番良いのは味噌カツかもね。かりりとしたカツの衣を浸す味噌だれ。味噌だれは名古屋発祥赤味噌の豊

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短編小説「パープル」

短編小説「パープル」

間宮は?
と僕は尋ねた。

死んだわ。
と依子は言った。
間宮は、依子の恋人であった。

依子は肩に。
露出された彼女の白い柔肌に、黒色の海洋生物を乗せていた。
アメフラシ。体長20センチ程の軟体生物。
肩と、鎖骨と鋭角に曲げた肘の上にも。
依子の身体を三匹のアメフラシが這っている。

依子はアメフラシを肌に這わせて遊んでいる。

「ねえ、セックスの話をしましょう。」
と依子は言っ

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短編小説「イタリアンロール」

短編小説「イタリアンロール」

市場町から御幸町へ抜ける石畳の細道を歩いていると目の前に。
蟹、がいた。
往来を横切ろうとしている。
進んでは止まり、止まっては進む。
小さなハサミを突き上げて、横歩きしている。

その蟹と目が合った。

虹色の泡が。
くるくると回りながら風に吹かれて飛んだ。

振り向くと地蔵のような老婆が二人、ちょこんと路傍に座ってシャボン玉を吹いていた。

「こんにちは」
一人の老婆が朗らかに挨拶をした。

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黄泉比良坂墓地太郎事件簿「かごめ」

「xxxxx!」
その日、恐山杜夫は罵詈雑言を喚き散らし、目につく墓石を片端から倒した。
「xxxxx!」
ユンボとは油圧式のパワーショベルカーのことであるが、杜夫はユンボのレバーを操って鉄腕を振りかざし、ヘヴィ級ボクサーの如くダイナマイトなブロウを墓石に見舞った。墓石は倒れ、崩れ、粉砕された。
夏の日であった。蝉が鳴いていた。土埃に塗れた黒い汗が玉となって流れた。杜夫の肺腑を輻射熱が焼いた。

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短編小説「恋の大瀑布」

僕の密室に。
女が居る。
夏の匂いが未だ残る残暑の季節。
彼女は上気していた。肌を湿潤させ、頬が薄い紅色に染まる。艶のある鬢髪が幾条、その貌に張り付いて、潤んだ目で僕を見て、口唇を震わす。

*****

小さな唇は戸惑い乍ら言葉を探していた。
唇の蠢動が全身に伝播して、彼女は振戦えながら細かな吐息を繰り返すのであった。平たい胸の膨らみの奥に隠す心臓の拍動が彼女が纏った空気をも震わせているようであ

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没ネタ祭「夢日記 煙の中の海月シャボン」

これは夢日記です。未公開となっていた作品を没ネタ祭に乗じて公開します。

夜のカフェーで
カフェインに酔ひて
公園のベンチにフェルマータ
詩作に興じて
僕はそのまま眠ってしまった

「こんな夢を見た」

未完成であったはずの詩は
完成されて川原の町内掲示板に
張り出されていた
既に採点されている

あなたの詩は矮小で
胸躍る言葉に欠ける
と朱書されていた

振り返ると詩の友人
(既に交流途絶えて久

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没ネタ祭「習作 鳥の巣」

エイモス・チュツオーラ、心の師父に。

アンデルセン(パン屋)のメルヘン大賞に応募するため、「メルヘン」をめぐって脳内トリップ中である。
蜘蛛の巣と埃だらけの脳内で僕は懐かしくエイモス・チュツオーラ師に出会った。師はナイジェリアの小説家で奇異な幻想文学を数点残した。その内容の奇異さ故に世界中に根強いファンがいる(に違いない)。
さて、この度のアンデルセン(パン屋)のメルヘン大賞は募集要項を読み解く

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