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へやのなか

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わたしが書いたものです
運営しているクリエイター

#自由詩

黄色い背表紙

黄色い背表紙

壁の一面を覆う本棚に
幼児向け絵本から大人の新書まで
あの頃より少し伸びた背丈で
向かい合う

顔を寄せると時間の匂い
ざらざらしていて懐かしくて
少し酸っぱい

ちょうど目線の高さに
今でも惹かれる黄色い背表紙
当時は少しかかとを上げて
見上げていたのかも

まだスカート丈と前髪が
ステータスだったときに
出会ったハードカバー

読書を好むことが
なんか洒落てるつもりで
背筋を伸ばしていたっけな

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ほくろ

ほくろ

左の手の甲に
でっかいほくろがある

でっかいと言っても
よく見ると
ちいちゃいほくろの
集まりである

手持ち無沙汰になると
腕時計を確認するみたいに
つい見てしまう

右足首の真ん中に
中くらいのほくろがある

普段は靴下で
隠れてるけど
家では裸足なので
ときどき目に入る

ストレッチなんかしていると
虫が止まってるみたいに見えて
たまに叩いてしまう

手の甲のほくろは可愛いけど
足首のほく

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毛布

毛布

さ、おいで
今日もたくさん頑張ったんだね

そうか、そんなことがあったのかい
私は濡れたってかまわないさ
ほうら、顔をうずめて

いつでも待っているさ
そしてずっとここにいる
いいんだ、そんな汚れくらい
細かいことはお気になさるな

ねえ、ねえ、そしたら、わたしばかりだよ

あなたは、

あなたは?

…………………………

お読みくださりありがとうございます。
いろんな悩みも迷いも毛布の中で。

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しあわせなこと

しあわせなこと

どんなささいな、
たとえば目が合うとか
たとえばごはんが美味しいとか
ちょっとしたことが
いちいち嬉しいのです

どんなささいな、
たとえばまつ毛におりたほこりとか
小指のささくれとか
ちょっとしたことが
いちいち楽しいのです

ほんのすこし 指が触れたり

ほんのすこし 髪が揺れたり

ほんのすこしのことが
いちいちしあわせなのです

…………………………

お読みくださりありがとうございました

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127

127

慣れた瞳に少し緊張しながら
足を組み替えて
ぽつりと言葉を紡いでみる

内緒話をするときは
いつもどこか不安で心が小さくなる
お刺身が乾いてしまうのを横目に見ながら
落ち着かない手をもじもじさせて
こっそり表情を伺ってみる

ああ なんだ
同じだったと知った

塩で漬物になるんじゃないかってくらい
濡れてしわしわになるんじゃないかってくらい
溢(あふ)れるものをそのままにして
そっと手を握り合って

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未練

未練

あなたはいつも大股で
歩くのが速くて
わたしはついて行くのに精一杯だった

合わせてほしいって
言えなかった
嫌われるのが怖かったから

あなたはよく笑って
褒めてくれて
わたしは照れ笑いを返すしか出来なかった

眩しくてたまらなくて
上手な返しなんて
考える余裕がなかったから

あなたはずっと前を見てる
どんどん遠くなる

わたしはまだ
道端の萎れた雑草なんかが気になってる

あなたの笑い声が遠

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指先

指先

気づいてほしい
ううん 気づかなくていい

どうしたの急に、なんて
へんなの、なんて
思われたらいやだもの

けれどやっぱり ちょっぴり気づいてもいいよ

かわいいなって
思ってもいいよ

あなたのための 気取った指先

コップの汗

コップの汗

早く車に戻ろうって
蒸し返すアスファルトを蹴って
ひーとかふーとか言って
この曲誰の?なんて
スピーカーを指差す

こんなときはもう最後かもしれないって
ふと心配になって
脈絡もないお礼を繰り返して
笑って照れ合って
コップの背中をなぞる

さっきまで外明るかったのに!
あっという間だねって
時計を横目にサラダを摘まんで
さっきのざわつきなんて忘れて
ケラケラはしゃぐ

気づいたら
冷えたジュース

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見えぬあなたへ

見えぬあなたへ

どれだけ一生懸命に目を凝らしても
人の目に見えるものには限界がある

と、思いたいのかもしれないし
本当にそうかもしれない
本当にそうだったら居るかもしれないから
やっぱり思いたいだけかも

あのときどんな気持ちだったの
何に触れていたの
最後に何を見たの 考えたの

さようならも言わせてもらえない私は
あなたをずるいと思えばいいのか
優しいと思えばいいのか

持てる五感のすべてから
無言の便りが

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薄ぼけたもやの中から

薄ぼけたもやの中から

単位をひとつ落とした。
笑って「次はがんばるね」と言った。

単位を半分落とした。
笑われて「大丈夫」と冗談交じりに答えた。

教室に入れなくなった。
ドアの手前で止まる足。震える体。溢れる涙。

家を出られなくなった。
自分はなんて怠惰で愚かなのかと責めた。

選択をした。
ここで終わることにした。

成し遂げられなかった。

次の選択をした。
せめて病気のせいであれ。

荒れた六畳間
スマホの

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滲み

滲み

ポタ、と垂れた
瞬間は
まだ予測もつかない

不思議に広がって
混ざり合って
戸惑って
滲んでく

想像よりもはるかに
おずおずと
つつしみ深く
馴染み合う

これは
絵の具のはなし
インクのはなし

はたまた
にんげんのはなし

怪物

怪物

時々に襲い来るそれは
念慮などと奥ゆかしい表現に足らず

いくつもの足を物凄い勢いで這わせて
こちらへ駆けてくるのだ
怪物のようだと思う

またしかしそれを生み出している自分も
とんと可笑しな怪物だと思う

どうせ生きてゆくのに
怪物はしつこく飽き足らず迫り来る

…………………………
気づく気づかぬに関わらず、
どの心にも棲んでいるのだと思います、怪物は。

布団

布団

ぼうぼうと波打ち
煩くまとわりつく

剥き出しの吹雪に
頼りない体温を

貼り付けの笑顔に
冷たい埃を取り込んで

ばうばうと叫(あめ)き
虚空へおとす

更地の古城に
つぎはぎの武装を

ナイフもカフェオレも
防がず温めず

静かなる重力
あるだけの役割を

つくりもの

つくりもの

書けども書けども描(えが)けども
どこまで行ってもつくりもの

つくりものがどこかへ飛んで
つくりものをだれかが食べて
ほんものになるんだなあ