"COPY BOY" ぼくのクローンは小学生⑰【残りの人生】
ワケあって、大学生の僕はクローンと暮らしている。ヤツは小学2年生。8歳の子どもだ。
顔は、幼い頃の僕と全く同じ。ジャンケンすると決着がつかない。
なんで、こんなことになったのか。よかったら、そのワケを聞いてほしい。
(※第1話へ)
<夏、第17話>
僕、やってないことばっかり。
生い先が短い、なんて知らなかった。
勝手に将来を夢見ていた。これからどんな人生を歩んで、どんな人と出会って、どんな家族を作るんだろうと。
さすがに大リーガーやノーベル賞なんてことはないにしても、自分で起業して結構お金持ちになったりして、と夢想くらいしていた。
「いつかできるでしょ」とタカをくくって、今まで何もしてこなかった。
いつも、
「明日始めよう。」
「僕は本気出してないだけ。」
「やる気になればすごいことができちゃうかもね。」
なんて、根拠のないうぬぼれに逃避していた。
ただ高速で過ぎて行く時間に振り落とされないようしがみついていた。
でも、現実は違った。もう時間がない。
残された時間をどう使うか?考えた。
今までできなかったことをやらなきゃな。そんな映画あったっけな。スカイダイビングするとか?ピラミッドを見るとか?
エンディングノートでも書くかな。
…考えた。
いろいろ考えた。
なにかやらなきゃ。なにをすればいい?
なにかを始める時間なんてあるの?悠長なこと言っている時間はない。途中で人生終わり。突然カットアウトってことになるかもしれない。
気持ちだけが焦る。
とにかく、いつ死んでもいいと満足できるほどのことをやらなきゃ。
なんなの、それ?どこにあるの?そんなこと。
夜、ばあちゃんが背を向けお茶をすすっている。
コツコツと古い振り子時計の音が響く。
ぽつりと、
「ばあちゃんが先に死のうか。」
小さな背中が言う。
「え?」
「死んだらゆうちゃんに命あげられるか?」
「なに言って…」
「ええねん。どこに頼んだらできるん?あの犬巻さんとかいう人らか?それやったら、なんぼでも…。」
「そんなこと言わないでよ。」
振り向く顔に、涙がしわを伝う。
「そやかて、おかしいやん。年寄りがのうのうと生きてて、こんな若い、これからのもんを…おかしいやん…」
くしゃくしゃの泣き顔。
胸が詰まった。
「心配させてごめん」
そう言うしかなかった。
ばあちゃんの肩をそっと手のひらで包んで、はっとした。こんなに肩の骨が小さくて華奢だったなんて。壊れてしまいそうな繊細な飴細工のようで、畏れながら柔らかく抱きしめた。
「息子だけやのうて、孫まで亡くすんは殺生や。いやや。もういやや。」
ちくしょう。情けない。
この小さな年寄りにそんな残酷なことを言わせる自分が悔しい。
僕が死んだあとは、どうするんだろう。
ばあちゃんだって、いつまでも元気じゃないだろうし。
チビは一人ぼっちになってしまう。幼い頃の僕と同じ、いや、小さな僕そのものが、たった一人でどうやって生きていけばいいのだろう。
もちろん、ONEONE保険の犬巻や教授たちの庇護下で生きていくかもしれない。でも、いったい誰がチビの将来を心配してくれるだろう?誰がチビに愛情を注いでくれるのだろう。
いや、いない。誰もいない。”実験用モルモット”になんて。
”チビに愛情を注ぐ” か…。
そんなことを考えたら、父が生きていた頃を思い出した。
父は、確かに僕を大切にしてくれていた。
幼い頃、僕はお腹が痛くなって、泣きながらトイレに入っていた。
狭い壁に囲まれたトイレで、体温が上昇し汗が吹き出て身体中びっしょり濡れていた。この痛みが一生続くんじゃないかと恐怖にさいなまれていたとき、温かくて柔らかい手が僕のお腹に伸びてきてそっと添えられた。父がドアの隙間から手を差し伸べ、うんちする僕のお腹を擦ってくれたのだ。優しさが下腹に染み込むように伝わって、心が少しずつやわらぐ気がした。
それから痛みが収まるまでずっと父は擦ってくれた。ずっと、ずっと。
それなのに、身勝手を父にぶつけたこともあった。
朝起こされて不機嫌な僕はヒドイ言葉を父に投げ掛けた。
「掃除機をかける音がうるさい。」「皿洗いする音がうるさい。」「テレビが聴こえない。」
全部僕のためにしてくれてたのに。
父は、はいはいと収め、僕のワガママを包み込んでくれた。
やってくれるのは当たり前。親だから当然。と、気にも止めていなかった。惜しみなく愛情を注いでいてくれたのに、それを僕はほったらかしにしていた。その無償の贈り物に僕は甘えていた。
親ってものは、どうしてそこまでできるのだろう。親ってすげえな。僕にはきっとできないな。できるわけないな。
だとしたら、僕にできることってなんだろう。死ぬまでにすべきことってなんだろう。
…そんなことを考えた。
そして、僕は、ある決心をする。
(つづく)
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