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「量」の採用から「質」の採用へVol.8(6/7)

11.ある素材メーカー新任社長の決断

ところで、こういうお話をすると、いわゆる中小企業の経営者や人事部長からは、「それは大手企業の話ではないか」といわれるかもしれません。 

「ウチはネームバリューもないし、ブランド品を売っているわけでもないし、応募してくる学生も少ないし、おまけにレベルも低い。そんな現状でいくら『自社に必要なコンピテンシー』を掲げても、それにふさわしい優秀な人材が採れるわけない」と。 

ほんとうにそうでしょうか。私がこのようにおっしゃる経営者の方に申しあげたいのは、最初からあきらめモードになったり、愚痴をこぼしたりするよりも、その前にやるべきことがある、ということです。 

「やるべきこと」というのは、採用を「いい人が集まらない」という母集団形成の部分に矮小(わいしょう)化せず、採用というプロジェクト全体を経営課題の一貫として捉え直し、その課題解決に向けていくつもの方策を考え実行する、ということにほかなりません。 

たとえば、こんな話があります。ある素材メーカーが自社のイメージ広告をテレビで流していました。その会社に外部から就任した新社長がその理由を質(ただ)すと、「社員の士気を高めるためと、学生を採用する際の企業イメージの向上のため」との返答です。 

「で、それにいくらかけているのか」「はい、年間×億円です」 

それを聞いた新社長は、即刻そのテレビCMを中止することにしました。そして、次のような指示を出したのです。 

「その費用を商品開発や社員の福利厚生にまわしなさい。当社は技術開発力の高さに秀でたものがあるのだから、世の中の先端をいくような新商品を開発すれば、必ず新聞やビジネス誌が取りあげてくれる。また社員がやる気を出して働けるような、世の中に今までなかった人事制度や福利制度をつくって発表すれば、同様にマスコミが記事にしてくれる。その両力がかみ合って好業績をあげれば、世間の注目を浴びる。そうなれば、自然と社員の士気や誇りは高まるし、学生だって当社に目を向けるようになる」 

その後の結果を見れば、社長の判断が正しかったことがわかります。この会社は大手メーカーですが、ここには中小企業が学ぶべきヒントがたくさん含まれているはずです。

12.中小企業の採用戦略

そのヒント一つは、比較対象の問題でしょう。素材メーカーは最終消費財メーカーと違うのだから、企業のイメージ広告をしても仕方がないということ。これは「中小企業は大企業と違うのだから、一流大学のトップクラスの学生が有するようなコンピテンシーを求めても仕方ない」と読み替えることができます。比較対象を大手企業にしてしまうと、本当に必要なコンピテンシーが見えてきません。 

「わが社はあくまでわが社」との立ち位置から、大企業にとっての「優秀な」学生の意味を、「自社の中で働くことに喜びを感じ、企業価値の向上に力を発揮してくれる」学生と捉え直すことが大切なのです。そうした視点で「必要なコンピテンシー」を洗いだせば、自社の特性に合致した現実的な人物像が抽出されるでしょう。採用戦略では、その人物像に向けてメッセージを発信するのです。 

と同時に、そうした人が働きやすい、またそこに喜びを見いだす職場環境や福利厚生、あるいは処遇制度とはどのようなものかを考え、その実現に努力するとともに、そのことも学生へのメッセージに加えるといいでしょう。 

ほかにも、「自社の得意分野に資源を投入し、その成果をこそアピールする」ということもヒントになりそうです。コンピテンシー策定の原点に戻り、自社の特長や強みとは何かをあらためて分析すべきでしょう。 

その分析を通じて、たとえば、「当社は○○の分野ではどこにも負けない」とか、「大手と違って、若いうちから新しいことにチャレンジできる」とか、あるいは「こういう能力があれば、ウチでは他社以上に評価され処遇される」「意思決定が速いから、業務がスムーズに流れて仕事がしやすい」「仕事は厳しいが、家族的な雰囲気の中でみんな仲よく、のびのびと壮事を楽しんでいる」とか……、そういうアピールポイントがきっといくつも見つかるはずです。

であれば、そのポイントを企業からのメッセージの中に組み込んでいく。そういう努力を継続していく中で、メッセージとして発信された内容や、求めるコンピテンシーのキーワードに反応してくれる学生が必ず出てきます。 

こうした学生たちは、「元気で明るく、やる気のある人を求む」といった種類のメッセージには絶対に反応しないでしょう。だからこそ、今までその顔が見えなかったのかもしれません。 

こういう人たちの顔が見えるようになり、その姿が母集団の中に浮かび上がってくるのは、コンピテンシーの考え方を採用の中に組み入れたからだといえます。「コンピテンシー採用」は、けっして大企業だけが活用できるメソッドではないのです。

【著者プロフィール】 伊東 朋子
株式会社マネジメントサービスセンター執行役員 DDI事業部事業部長。国内企業および国際企業の人材コンサルティングに従事。

お茶の水女子大学理学部卒業後、デュポンジャパン株式会社を経て、1988年より株式会社マネジメントサービスセンター(MSC)。

人材採用のためのシステム設計、コンピテンシーモデルの設計、アセスメントテクノロジーを用いたハイポテンシャル人材の特定およびリーダー人材の能力開発プログラムの設計を行い、リーダーシップパイプラインの強化に取り組む。
(※掲載されていたものは当時の情報です)

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【著者プロフィール】 伊東 朋子
株式会社マネジメントサービスセンター執行役員 DDI事業部事業部長。国内企業および国際企業の人材コンサルティングに従事。

お茶の水女子大学理学部卒業後、デュポンジャパン株式会社を経て、1988年より株式会社マネジメントサービスセンター(MSC)。

人材採用のためのシステム設計、コンピテンシーモデルの設計、アセスメントテクノロジーを用いたハイポテンシャル人材の特定およびリーダー人材の能力開発プログラムの設計を行い、リーダーシップパイプラインの強化に取り組む。
(※掲載されていたものは当時の情報です)

🔵会社概要

会社名:株式会社マネジメントサービスセンター
創業:1966(昭和41)年9月
資本金:1億円
事業内容:人材開発コンサルティング・人材アセスメント

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