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ナン 【2】 インド各地のタンドール

インド食器屋「アジアハンター」の店主・小林真樹さんが、食器買い付けの旅や国内の専門店巡りで出会った美味しい料理、お店、そしてインドの食文化をご紹介します。


「大きく作ったナンを、その大きさを強調させるためノーカットでサーブする」
これが日本のインド料理店で独自進化したナンの提供方法だった。一方インドでは数片にカットされて出される、と前回説明した。しかしそれはあくまでもレストランでの場合である。

インドでは大衆食堂や屋台などさまざまな場所でさまざまなナンが出される。その形状も、日本でもなじみのあるものから見かけないものまで幅広い。店でカレーと共に出されるだけでなく、ナンを単体で売っている「ナン屋」が存在するのだ。

とはいえ実は、ナンはインド固有の料理ではない。ビリヤニやプラオ、ハルワーなんかと同様、インドにとっても外来の料理である。日本にとってナンが外来料理であるように、インドでも外来料理なのだ。ただし伝来した年代が古いため、あまり外国由来の料理だと思われていない。日本のうどんや茶を誰も外国由来だと思わないのと同じといえようか。

もともとの発祥は現在のイランあたりであるといわれ、そこから中央アジア、(インドを含む)南アジアに伝播したとされるナンは各地で名前や作り方、形状などが異なる。ウズベキスタンではフチが盛り上がったきれいな円形、アフガニスタンでは大ぶりの長方形に近い形状のナンが有名。もちろんこれは代表的なものであって、各国内で様々なバリエーションが存在する。その多様性はインド国内でも同様に見られる。地域や文化圏によってさまざまなナンが存在するのだ。

まずはパンジャーブ地方。鉄道やバスの車窓からパンジャーブの大地を眺めるとよくわかるが、見渡す限り一大穀倉地帯である。とりわけ有名なのが小麦で、収穫高はインド全土で生産される約半分。収穫期の秋に訪問すると一面黄金色に色づいた畑が地平線まで広がっていて、パンジャーブの豊かさを実感させられる。この小麦で作ったパン類がパンジャーブ人たちの主食となっていて、ローティー、クルチャ、パラーター、そしてナンといった多様なアイテムがテーブルを彩る。

パンジャーブのタンドールは粘土をつりがね型に成形にして焼いた窯で、基本的に日本のインド料理店で使われているものと同じである。ただし日本の場合、破損防止や運搬のためステンレス製のカバーで正方形に覆われているものが多いが、パンジャーブにある古いタイプのものは素焼きの窯がむき出しになったものもある。ほかにもドラム缶で外側を覆った簡素なタンドールは北インド全域の安食堂でよく見られる。

パンジャーブにあるタンドール製造業者
ドラム缶を再利用したタンドールも多い


パンジャーブではタンドールは床上に置かれ、職人は両手にサリヤーとクルピーを持ち、立って作業をする。燃料は木炭が使用されるが、一部の大きな店ではガス式のものも見られる。ちなみに日本の場合、複合商業施設内に設置されるタンドールは消防法の関係でガス式となる場合が多い。

鉄製タンドールの熱源はガスであることが多い


タンドールではナンだけでなく、ローティーも焼く。むしろパンジャーブの大衆食堂においてはこのタンドーリー・ローティーの方がなじみ深い。ナンとローティーの違いは素材の差で、ナンは発酵させたマイダーを、ローティーは無発酵のアーターを使う。マイダーとは殻付きの小麦粒からふすまと胚芽を取りのぞいた精製粉で、白い色味をしている。一方、アーターは殻付きの小麦粒からふすまと胚芽を取りのぞかずに製粉した小麦粉で、全粒粉と訳されることが多いが、厳密にいうと穀物由来の「粉」そのものを本来は指す。インドでは米や雑穀の粉もアーターと呼び、小麦粉(全粒粉)もゲフン・カ・アーター(小麦の粉)と呼ばれるべきところが略称されてアーターと呼ばれている。

パンジャーブのタンドールが立ち作業式である一方、デリーやラクナウなどの下町にあるムスリム食堂のタンドールでは開口部の脇に座って作業をするスタイルが一般的である。その構造は、設置したタンドールの周りを取り囲むようにして盛り土をして台座を作り、モルタルなどで固められている。職人はその台座の上にあぐらをかいて座り、タンドールの開口部を覗ききこむようにして作業をする。

立って作業をするタンドール
座って作業をするタンドール



デリーやラクナウのムスリムの多い旧市街に行くと、今でもこのようなタンドールをもつ大衆食堂が点在する。タンドールの隣はたいていニハーリー(肉の煮込み料理)を煮込む巨大なデーグ(鍋)が設置されていて、マスジドでの朝の礼拝時間にあわせて早朝から営業している。ニハーリーに合わせるのはナンだったりカミーリー・ローティーだったり。とにかくムスリムの多い旧市街はこうした店巡りが楽しい。

材質は、パンジャーブのタンドールが粘土を焼成したものであるのに対し、ラクナウのものは鉄製でより大きく作られている。熱源もガス式であることが多い。理由を聞くと、この方が高い温度で加熱することができ、また一度に大量に焼くことが出来るからだという。もちろんガス式の熱源はせいぜいここ数十年内に導入されたものであり、それまでは炭や薪を使っていた。このように、一見昔ながらの製造風景のように見えて、その実新しいテクノロジーを取り入れている。ちなみに数年前にパキスタンに行った際も、大半の食堂のタンドールはこの「鉄製・ガス式」だった。





小林真樹
インド料理をこよなく愛する元バックパッカーであり、インド食器・調理器具の輸入卸業を主体とする有限会社アジアハンター代表。買い付けの旅も含め、インド渡航は数えきれない。商売を通じて国内のインド料理店とも深く関わる。
著作『食べ歩くインド(北・東編/南・西編)』旅行人『日本のインド・ネパール料理店』阿佐ヶ谷書院
アジアハンター
http://www.asiahunter.com/


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