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第16章 人間農場-1

Vol.1
 物語の結末は僕の心に何か複雑な感情を落としていった。主人公の死を持って終わった物語だった。復讐に踊らされて、最後はその虚しさを感じながら死んでいった。自分と何処か重なるところが有るような無いような感情だった。僕は、読み終えた本を本棚にしまった。僕の物語は、今描いている途中だ。そう思いながら、僕は眠りについた。
 眠りから覚める時、目覚ましよりも早く起きてしまう時がある。遠足の前や修学旅行の前日など、なにか楽しいことがあると、胸が躍るようだった。今もそうかもしれない。こうやって、社会に対して悪戯を仕掛ける行為が正直とても楽しかった。こんなに好奇心が揺さぶられるのは社会人になる前の大学生以来、久しぶりだろう。仕事へ向かう準備をしていると、今日が祝日ということを忘れていたことに気がついた。「しまった。」僕は、部屋の中で一人でつぶやいた。まあ、目覚めはいい上に、早起きができたので悪くはない。溜まっていた洗濯物をまわした。洗濯機が揺れているのを暫く眺めて、思い出したかのように台所へ向かいコーヒーを淹れた。休日のルーティーンである。午前中に飲む一杯のコーヒー。これが僕にはとても癒しであった。これがないと、いい一日が過ごせないと言っても過言ではない。豆を一から挽くとかそういったことはしないが、ドリップ式の、普通のインスタントコーヒーではなくちょっと贅沢をするのが僕流だった。本でも読もかな。と思ったがちょうど手盛りの本が全て読み終わっているのに気づいた。昨日、『ulua』を読み終えてしまったんだった。僕は、身支度をしませ、近所の本屋へと足を運ぶことにした。
 夏なんじゃないだろうか。と思わせるような気温のせいで1キロも歩いていないの背中には汗が滲んでいた。少し、顔にも汗が滲んでいる。足には汗が滲んでいる。生暖かい風が吹くと、もうすぐそこまで夏が来ていることを伝えているようだった。僕は、早く冷房の聞いた書店へと急いだ。書店に入ると、普段よりも人が多かった。祝日ということもあるからだろう。僕は、軽く辺りを見渡した。目新しい新書は中にはなかった。とりあえず、前から気になっていた本を探してみるが、なかった。都合よく、こんなにも売り切れているとは。やはり、あの時買っておくべきだったと少し後悔した。なんだかんだと、ぶらぶらして30分、とりあえず1冊ということで芥川賞受賞候補作を手に取り、レジへと向かった。レジでカバーをつけてもらい、併設されたカフェでその本を読むことにした。カフェで、カフェラテを注文し、席に着く。読書する時間は至福だった。最近色々とバタついてて落ち着く時間がなかった。正直、少し人生に興奮を覚えている今、浮き足立っているのかもしれない。そんなことを思いながら本を読んでいると、声がした。
「露祺くん?」
聞き覚えのある声、振り返ると部長がいた。せっかくの休日なのに部長に会うなんて、ちょっと嫌だった。
「お疲れ様です。」僕が社交辞令の挨拶をする。
「お疲れ様。本を読むのが好きなんだね。」部長が話しかけてきた。
「ええ。部長もお好きなんですか。」僕が尋ねる。
「いや、私というより子供の付き添いだよ。漫画を買って欲しいってね。」部長は笑いながら言った。
「ああ、お子さん。おいくつでしたっけ。」僕が聞く。
「今年で11歳かな。来年は中学受験だよ。」部長が言う。
「中学受験があると大変ですよね。」僕が答える。
「そうなんだよ。まあ、大学受験ほどじゃないが。妻がピリピリしている。」部長は気まずそうだった。
「ははは。奥さん英才教育させてらっしゃるんですね。」僕がいう。
「そうだね。私みたいにしがない中小企業の会社に就職しないためにね。」部長は笑いながら言った。
僕は、その言葉に苦笑いを浮かべた。
「まあ、こんな時代だ。何があるかわからない。子供達には、そんな時代を生き抜くために知恵をつけてもらって、安心して生きていって欲しいものだよ。」部長が言う。
「確かに、人生100年時代と言われていますもんね。単純な倉庫管理なんかはAIに仕事を取られ始めていますし、自動操縦で運送業も雇用が要らなくなるとか。」僕が言う。
「そうだよな。我々の仕事も、いつ取って代わられるかはわからないしな。」部長が言う。
「そうですね。」僕は頷いた。
「そのうち、Aiの下で働かされる世界が来るのかもしれないな。」部長は笑った。
「パパー。早く買ってよ。」小学生くらいの男の子が部長に駄々をこねていた。部長のお子さんだろう。
「はいはい。すぐいくよ。悪いね、露祺くん。せっかくの休日を邪魔してしまって。」部長が言う。
「いえいえ。」僕が言うと、部長はお子さんに急かされてレジへと向かっていった。
 あんな嫌な部長でも、家族がいる。そこでは、どんな人間なのだろうか。僕が見ている部長は、僕の物語のサイドストーリーにすぎない。主人公が知らない間に、別のメインストーリーが動いている。そして、お互いの物語が交差していく。断片を見れば、その物語はどのように変わるのだろうか。自分のメインストーリーは誰かのサイドストーリーになって、どんな影響を与えているのだろうか。僕は不思議だった。そんなことを考えていた。すると、スマートフォンから通知がきた。斎宮さんからだ。きっと時が来たのだろう。僕は冷えた少し緩くなったカフェラテを一気に飲み干し、自宅へと戻った。

 高橋純子は、女性議員の代表だった。女性の政治への積極的な参加を呼びかけている。ジェンダーレスを掲げている議員。だが、裏で囁かれているのは、政治資金を利用した海外研修という名の海外旅行。たびたび噂はされているが、真実であるかどうかは闇の中である。そんな、彼女の派閥高橋組はポリウーマンと呼ばれていた。そんな、彼女達は、今日も飛行機に搭乗していた。もちろん、国際線のファーストクラス。庶民が乗ることはないだろう席だ。
「さて、今回のパリ研修はとても楽しみですね。」高橋純子はポリウーマンの根岸洋子と小森さとみ、石川尚美に話しかけた。
それぞれの議員はうんうんと頷いた。
「それにしても、高橋さんのおかげで、毎度毎度ファーストクラスでの海外研修に行かせていただけて本当に感謝しています。」根岸が言う。
「本当ですわ。さすが時期大臣。」小森が言う。
「総理大臣も夢ではありませんね。」石川が言った。
「そんなに煽てても、海外研修しか出てきませんよ。」高橋は笑いながら言った。
談笑を楽しんでいるポリウーマン達だった。高橋らポリウーマンは、ある程度の談笑を終え、スマートフォンをいじりながら出発の時を待った。高橋は自身のSNSでこれからフランス研修に行って参りますと呟こうとしたが、リアルタイムでの投稿は秘書からやめた方がいいと言われていたので、呟こうとしたその手を止めた。CAが回ってきて、乗客のシートベルトがしまっているかを確認していく。そろそろ出発だろう。これから、長いフライトになると思い、入り口で渡されたイヤホンを機内にあるイアホンジャックへと刺した。イヤホンを指すと、そこから心地の良いクラシックが流れていた。ショパンの描く音色がこれからの旅を祝福しているかのようだった。しかし、華やかなムードを壊すようにアナウンスが流れた。
「当機ないで火災が発生しました。慌てず、皆さんは非常口から脱出してください。繰り返します。当機で火災が発生しました。慌てず、皆さんは非常口から脱出してください。」
高橋らポリウーマンらは焦った。まさか、自分たちの乗る飛行機で火災になるなんて。信じられなかった。慌てて非常口に行きCAの指示に従い、機体の外へと脱出した。日頃から運動不足だったせいで、うまく体が動かなかったせいで脱出時に足首を捻ってしまった。うまく立てずにいると、石川が駆け寄ってきて「大丈夫ですか。」と肩を貸してくれた。
「ごめんなさい。少し足を捻ったみたいなの。」高橋はそう言って石川と一緒に医務室に連れて行かれた。
「軽い捻挫ですね。2~3日もあればすぐに治りますよ。」医務室の医師がそう言った。
「よかったですうわね。」石川と根岸が頷く。
「ええ。それより、次のフライトはどうなっているのかしら。」高橋が問う。
「それが、まだフライト状況が混雑していて目処が立っていない様子ですの。」小森が言う。
「全く災難だったわね。」高橋がそういって、スマートフォンを触ろうとした。すると、ポケットからスマートフォンがなくなっていることに気がついた。脱出の際にどこかで落としてしまったのかしら。そう思い、案内所に尋ねてみることにした。
「すみません。私、どうやら先ほどのゴタゴタでスマートフォンを落としてしまったみたいなの。ご存じないかしら。」高橋が言う。
「少々お待ちください。」そう言って、案内所のスタッフがどこかに連絡をしていた。しばらく待っていると、CAがやってきた。
「お待たせいたしました。こちらのスマートフォンでお間違い無いでしょうか。」CAが言う。
「あら、ありがとう。」
高橋は軽くお礼をし、CAから受け取ったロックを外そうとスマートフォンをなぞる。しかし、スマートフォンはうまく作動しなかった。
「これ、私のスマートフォンじゃないみたいだわ。」
高橋は残念そうに言った。CAはもう一度機内に何かがないかを調べると言って立ち去って言った。しばらくして、再びCAが戻ってきた。
「お待たせして申し訳ございません。こちらはどうでしょうか。」
CAが再びスマートフォンを持ってやってきた。高橋は、早速CAから受け取ったスマートフォンのロックを外そうと指をなぞった。すると、今度はロック画面が開いた。
「あら、これみたい。」高橋が言う。
「一応確認なのですが、電話番号とお名前等の個人情報を確認させていただきます。」CAが手慣れた対応をしていく。
高橋は、手短に終わらせ、この後のフライトがどうなるかを聞いた。
「次のフライトはいつになるのかしら。」高橋が言う。
「後1時間程度でご準備できるかと思います。」CAが言う。
「よかったわ。」高橋はそう言って空港のラウンジで次の出発まで待つことにした。
 約一時間後、高橋らは定刻から四時間程度遅れて日本を飛び立つことができた。それから、半日くらいがたっただろうか。危うくエコノミー症候群になりそうな感じだった。背伸びをしたり軽いストレッチをしながら対策していたこともあったからだろう。海外旅行はこのフライト時間さえなければいいのだが。そう思った。
「高橋さん、やっと着きましたね。」小森が言う。
「毎度のことながら、この移動時間がどうにかなればいいのですがね。」根岸がいう。
「本当なら到着はお昼でしたのに、今はもう夜になってしまいましたわね。高橋さん。足は大丈夫ですか。」石川が言う。
「ええ、問題ないわ。もうすっかり治ったみたい。そういえば、夕食のお店には到着が遅れることは伝えられました。」高橋が問う。
「もちろんです。定刻よりも二時間ほど遅れますと伝えておきました。」小森が言う。
「ありがとう。助かるわ。さすが、フランス慣れしているだけあるわ。」高橋が言う。
「それもこれも高橋さんが女性議員の推進助成金の海外研修費を沢山用意していただいたおかげですわ。」小森が言う。
「ふふふふふ。褒めるのがお上手ね。」高橋が言う。
「本当にそうですよ。円安が進んで1ドル200円の今の世の中じゃ、海外旅行なんて庶民が到底味わえないものですわ。」根岸がいう。
「うんうん。国内旅行ですら危ういのに。海外。ましてヨーロッパなんてねえ。」石川が言う。
「そうね。これは、皆さんが若手女性議員を大臣の接待としてあてがってくれているおかげなのよ。大臣なんて一番美味しいんだから。」高橋が言う。
「あのハゲ大臣。60歳超えてあの性欲。本当に穢らわしいですわ。」小森が言う。
「あのハゲ大臣、ただの変態だから若い女の人を議員にして接待やらせるために女性議員推進しているのがバレバレですよね。」石川が言う。
「本当ですよ。もう、議会であっただけで次の接待の予定を聞いてくる始末です。金の葬りが良くなければ、誰があんなハゲと接待なんて。」根岸がいう。
「だから早く、高橋さんに大臣になっていただきたいんです。」石川が言う。
「そうですそうです。」小森が言う。
「あら、嬉しいお言葉ですわ。私もあのハゲ大臣には困っておりますから、早く辞めていただきたいものですー。」
高橋らの大臣への愚痴は止まらなかった。だが、夕食のお店の時間が迫っていたこともあり、急いで空港を後にし、タクシーでお店へと向かった。
 高橋らは、パリの三ツ星レストランを予約していた。セーヌ川を渡り、遠目にエッフェル塔が伺えるようなロケーション。パリの7区にある名店だ。店に入ると、正装のウエイトレスが席へと案内してくれた。
「bonsoir .mademoiselle .」
日本にはいない西洋の高身長のイケメンに女性議員はうっとりしていた。足が止まった女性議員達に優しくウエイトレスのイケメンは微笑みを投げかけて席へと案内した。去り際にウインクをした彼に、女性議員らは自分をハリウッド女優とでも妄想を広げていた。しばらくすると、前菜が運ばれてきた。踊るような料理とでも言うのだろうか、色とりどりの綺麗な料理が運ばれてきた。
「まあ、なんて美しいお料理なのかしら。」高橋が言う。
「本当ですね。こんな料理初めて食べますわ。」根岸がいう。
見た目もさながら、味もとても上品で美味しかった。その後も料理が次々と運ばれてきた。そのどの料理も見た目と味共にとても素晴らしい料理であった。満足した女性議員らは一流のホテルへと向かいチェックインをし、今日を終えた。
 次の日、フランスにある議会を三時間ほど周り見学を行なった。お昼は、近くのレストランでフランス産のワインに舌鼓を行った。その後、エッフェル塔やルーブル美術館へ行った。研修している時間よりも観光している時間の方が長いのは間違い無いだろう。
ピロリン。スマートフォンに通知が来た。件名からして大臣からのメールだった。こんな忙しい時になんのようだと思ったら、次の接待の日程調整のメールだった。このハゲ、全く図々しいなと思い、貼られたスケジュールのリンクをクリックし、空いている予定を選択した。次に参加するお店や若手議員の名前などを打ち込み返信をした。また、その後も数回にわたって研修中にもかかわらず大臣からメールが送られてきた。高橋は、このハゲ大臣に手を焼いていることを根岸や小森、石川らに伝えると、「気持ち悪い。」とか「面倒くさい。」とか「女々しい。」などと感想を述べた。そう。私の感覚は正しいのだ。みんなもこう言っている。あのハゲ大臣hがおかしいのだ。そう、私を正当化させる。こんな、面倒くさいハゲ大臣の相手を毎回やらされているのだ。研修で少し遊んでも問題ない。そう、いつも自分に言い聞かせていた。そして、フランスでの研修を終えて、高橋らの女性議員は日本へと帰国した。
 帰国後、高橋は自身のSNSでフランス研修へ行ってきたことを投稿した。
『皆さん。先日、フランスで女性議員のあり方について学んできました。進んだフランスの政治の制度を日本にも運用できるように頑張ります。』
研修中の写真を添えて。1週間の研修で、10時間程度しか行わなかった研修の写真をいくつかのせて投稿した。投稿後、しばらくすると、返信が数多くうおせられてきた。
→流石期待の女性議員さん。
→日本の政治を変えてください。
→むさ苦しい日本の老人政治をどうにかしてください。
→未来の総理大臣はあなたしかいません。
→お勤めご苦労様です。頑張ってください。
などと、たくさんの応援する返信が寄せられた。だが、中には心無い返信も寄せられており、
→どうせ遊んでいたんじゃないんですか。
→税金の無駄遣い。議員なんてやめてしまえ。
→1週間は長すぎだろ。
などの意見もあった。まあ、所詮はネット、外民の扱うものであるから仕方がない。私は、そんな意見を送ってくれた人たちは全員無視している。だが、表向き、秘書が返信に対しては丁寧に説明や対応をしている。そのおかげで、私はネット民にもある程度の支持を得られていたのだ。ネットなんてちょろいものだ。私は、完璧な人間を演じることでこのキャリアを上り上げてみせる。政治家一家の長女として生まれた私のプライドの名に欠けて。
 数日後、チャンスは突然やってくるものだった。なんと、ハゲ大臣が若手議員との接待の現場を抑えられて、週刊誌にどでかく報道されたのだった。「太車大臣、若手女性議員との愛の討論」などという見出しがつけられていた。その記事によると、太車大臣は、定期的に若手女性議員を集めては、接待をさせていたという。全く、誰がこんなリークをしたのだろうか。もちろん、私ではない。だが、こんなマヌケをしてしまうとは、あのハゲ大臣の最後にしては、相応しいものであると思った。そんなことを思っていると、総理大臣から緊急招集の連絡があった。多分、ハゲ大臣の処分についてのことだろう。私は急いで支度をして、国会へと向かった。
総理官邸に着くと、すでに数多くの大臣や副大臣が集まっていた。私は軽く会釈をしていき、しばらくざわついている部屋を眺めていた。それから、総理がやってきて場は静かになった。
「えー。皆さんもご存知の通り、太車大臣の記事が出てしまいました。そのため、太車大臣には責任を取り、辞任していただきます。そこで、次の内閣府特命担当大臣には高橋純子議員を任命いたします。」総理が言った。
「承知いたしました。皆様、よろしくお願いいたします。」高橋は各大臣及び総理に頭を下げた。
まさか、こんなにも早く大臣のポストが降ってくるなんて。願ったり叶ったりだ。高橋は、そのまま総理と共に記者会見に参加した。慌ただしい1日を終えて、家に帰宅する。テレビをつけるとどこもかしこもあの、ハゲ元大臣のニュースで持ちきりだった。私はそのニュースを見て笑いを隠せずにはいられなかった。
「ふふっふふふふふうふうふっふ。私が、ついに大臣になったわ。」
高橋は、革製のソファーの上で叫んだ。すると、旦那である高橋由伸がやってきた。
「おめでとう。君のポストに祝福だ。」
信幸は純子の帰りを待っていたのだ。シャンパンとケーキを用意して家で待っていた。
「ありがとう。あなた。あなたの支えのおかげよ。」純子は言う。
信幸は純子の秘書であり夫であった。順子を支えるために、高橋家へ養子に入り、その後も若手の頃から純子を支えていた。そんな、夫の支えもあったからこそ、大臣まで上り詰めることができたのだ。あとは、総理大臣の椅子のみ。二人は、ここまで上り詰めた達成感を感じながら、楽しい夜を過ごした。
 翌日、総理が、今回の事件に関するコメントを行い、新たな大臣に私を任命するニュースが世間に広がっていた。どこを聞いても、高橋純子大臣という耳障りの良い声ばかりだった。SNSでも、私に応援コメントを送る人が数多くいた。こんなに気分の良い朝はいつぶりだろうか。初めて議員に当選したあの日以来だと思う。
 大臣に就任してからしばらくして、私は、総理官邸に呼び出された。
「総理、急になんでしょうか。」高橋が問う。
「高橋大臣。この情報は本当かね。」
と総理が言いながら紙を私に見せてきた。そこには、海外研修での私たちが昼からお酒を嗜む様子や、エッフェル塔を観光している様子、ミシュラン3つ星でディナーを行っている様子の写真が載っており、研修時間よりも遊んでいる時間の方が長いことや、贅沢三昧をしていると言う情報が載っていた。
「総理、なんですかこれは。よくできたフェイクニュースですわね。」高橋がいう。
「フェイクニュース。本当かね。」総理が言う。
「いったいどこからこんなものが送られてきたんですか。」高橋が言う。
「私のSNSのアカウントに突然PDFファイルが送られてきた。とあるアカウントから。」総理が言う。
「誰です、いったい。」高橋が言う。
「ルドラだ。例の事件に関わっている。」総理が言う。
「ルドラー。」高橋が驚いた表情でいう。
「全く足取りが掴めないネット上で日本の政治に対して疑問を提唱しているアカウントだ。しかし、どこで何を知って行動しているのかわからない。ただ、ルドラが一度問うと民衆が動く。こないだの、宅配事件や警察官の事件。その他にもルドラを名乗るような事件は後を経たない。連鎖的な政治運動を行っている。今の時代をうまく利用した政治運動だよ。かつての政治運動のように暴力じゃない。民衆の怒りや憎しみなどを利用する政治運動だ。政治運動2.0とでもいうべきかな。」総理は言った。
「IPアドレス等で誰が本物かおえないんですか。」高橋が言う。
「模倣犯ならいくらでも捕まえられたよ。でも、本物は狡猾というか知的というか。いくつもの飛ばしケータイを利用している。海外のSIMフリーケータイをいくつも使って行動を起こしているんだろう。全くつかみどころのない。ルドラとはよく名乗ったものだ。その叫び声には大変困らせられている。」総理が言った。
「で、ルドラは何を要求しているんですか。」高橋が言う。
「何も。ただ、”懸命なご判断を行ってください”とだけが送られてきた。」総理が言う。
「つまりどう言うことでしょう。」高橋がとう。
「私としても、せっかく大臣にしたばかりの君をすぐに辞任させては、内閣の不信へとつながってしまう。ただでさえ、太車元大臣のことで野党から騒がれている。そこでだ。君にはしばらく休暇に入ってもらいたいー。ルドラが逮捕されるまで、君はしばらく体調不良ということでどうかね。」総理が言った。
「わかりましたー。」高橋は静かに言った。
ここで総理には向かっても何も解決はしない。それに、ボロを出す前に大人しくしていた方がいいだろう。私は、引き際がわかっている。早速、休暇のための準備を行い、国会を後にして自宅へと帰ろうとした。車で帰ろうとした時だ。一人の記者が私に近づいてきた。
「すみません。週刊文秋のものなんですが、高橋大臣にお聞きしたいことがありまして。」
「なんでしょう。アポもなしに。」
こういう無礼な記者は無視をしたいが、お座なりにするとするでこの後も付き纏割れるのが嫌だったので、話は聞くことにした。
「アポなし取材に関しては申し訳ないです。」
「ちょっと忙しいから手短にしてくれるかしら。」
「今、SNSで投稿されているこの記事について事実でしょうか。」
記者はニヤつきながらタブレットで私に投稿を見せてきた。それは、先ほど総理にルドラから送られてきたものと同じものだった。
「ー。こんなものについて、私は全く記憶にございません。」高橋は激情して車に乗り込んでその場を後にした。
 翌日。”女性議委員の海外研修で豪遊”という記事が売り出された。情報提供者はルドラであることを添えて。SNSで爆発的な拡散力によって広がっていった。また、これに便乗したのか、海外に住んでいる日本人もこれに便乗して、昼からお酒を飲んでいたことの肯定や他にも各国の有名地を観光していたという補足情報を投稿していた。SNS上では、税金を無駄に使われたことによる怒りのコメントで溢れかえっていた。テレビでは、総理が高橋を大臣から辞任させるというニュースが流れていた。高橋純子は、夢半ばで総理大臣となることは叶わなかった。失意に叫ぶ彼女が、六本木のクラブで酔い潰れて発見されたのはその投稿の1週間後の金曜日だった。世間は、華金と言って賑わう中、別の意味で賑わっていた。その様子を電子の海の中で見ていた僕は、ルドラの嵐が日本の政治に着実な影響を与えている事を確信していた。


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