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マガジン6 #小説「はっぴぃもぉる」

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記事一覧

はっぴぃもぉる 030

はっぴぃもぉる 030

今年もこの季節がやってきた。

クリスマス。
そして年末年始。

この得も言われぬ「年の瀬感」が私は堪らなく嫌だ。

理由なき華やぎ。
そんな言葉がピッタリだと感じるほどに私はこの時期が耐えられない。

とは言え理由はしっかりあるのだろう。

クリスマス。
大晦日。
正月。

祝うべきこれらがあるからこそ、そして1年を終え、短い休みに突入するその開放感を祝うという目的があるからこそ、
街は途端に華

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はっぴぃもぉる 029

はっぴぃもぉる 029

僕は運転が嫌いだ。

技術的に、運動能力的にも苦手という側面は確かにある。

しかし、それよりも大きな理由がある。

気味が悪いのだ。

自分が大きな機械の塊を操作して、それが猛スピードで地面を駆けていくというその現象が、である。

自転車ならまだ良い。

漕いでいるという実感があるし、動力は僕自身にあると感じることができる。

しかし、自動車はアクセルやブレーキを踏む、ハンドルを操作するだけであ

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はっぴぃもぉる 028

はっぴぃもぉる 028

「私、またフラれちゃった」

彼女は決まって、男にフラれた時だけ連絡をよこす。

彼女とは5年前に付き合っていた。
つまりは元カノというやつだ。

普段は全く連絡はせず、年始の挨拶やお互いの誕生日にすら連絡を取り合わない。

それでも、男にフラれた、もしくはフってやった(彼女は必ずそう表現する)時にだけ、
さも昨日会ったばかりのように連絡をよこすのである。

付き合っていた当時は2人で猫を飼ってい

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はっぴぃもぉる 027

はっぴぃもぉる 027

とりあえず、かかりつけの病院に行ってみた。

「先生、どうやら僕の背中のほくろは消えたり現れたりするようなんです。」

このような変な話、信じてもらえるかわからなかったため、どう話そうか、病院へ行く前に推敲に推敲を重ねた。

伝え方によっては違う科に回されかねない。

とにかく彼女の話は出さないでおこう。
なんとなくではあるが、彼女の存在は隠しておいた方がいいような気がしたのだ。

「僕の背中のほ

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はっぴぃもぉる 008

 すっかり元の暮らし、つまりはグレーパーカの彼女の存在を気にすることの無い生活に戻っていた。
たった二回しか会った事のない素性の知れない人物なのだから、会わないことが日常にさして影響を与えないことくらい、熟考するまでもなく明瞭な事実だった。

長年連れ添った恋人と別れたわけでも無いのだから。
しばらく忘れていた左肩の違和感が戻っていた。
肩こりでも無い。少し痒いくらいだ。
気にせず着替え、覇気のな

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はっぴぃもぉる 026

はっぴぃもぉる 026

気づけばまた、いつもの生活に戻っていた。

起伏のない、刺激のない、張り合いのない、ないがたくさんある日常。

もしかしたらあの女の子から聞いた話、その存在すらも、夢なのかもしれない。
そう思うくらいにあの日の記憶の質感は遠く感じた。

結局あの日は、「はあ」と深いため息をつかれた後、訳のわからないまま解散となってしまった。

わかったのは僕の背中の左側にほくろがあるということ。
そして、それには

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はっぴぃもぉる 025

はっぴぃもぉる 025

彼女の話はこうだった。

できるだけ簡潔にまとめたいとは思うのだが、
なんせ突飛に過ぎる話であるため、
簡単に要約できる自信はない。

僕の背中、左肩部分、首筋と言っても良いかもしれないとのことだが、
とにかくそこには1つのほくろがあるらしい。

そして、そのほくろは、ある時とない時があるらしい。

豚まんのCMじゃあるまいし。
とツッコミたくなるが、彼女のその刺すような視線を前にすると、
その関

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はっぴぃもぉる 024

はっぴぃもぉる 024

「もう一度聞くけど、あなたはその存在すら知らないってことね?」

まるで映画で見る被告人のように、僕は黙って頷く。
そこが裁判所だろうと取調室だろうと、なんだって構わないのだが、
とにかく僕は頷いた。

なんら申し訳なく思わなければならないことはしていないのだが、
僕は彼女に詰問されていた。
いや、もはや尋問に近い。

6時26分に店の前で落ち合い、例のビーガンカレーを華麗に平らげたところまでは良

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はっぴぃもぉる 023

はっぴぃもぉる 023

ブチっ。

記憶のビデオテープが途切れる音がする。

なぜ急に20年以上前のことを思い出したのだろう。

「今度こそこの前の話の続きをしてあげる」
と言われたので、また例のビーガンカレー屋で彼女を待っていたところだった。

いまだに彼女の連絡先はおろか名前すら聞いていない。

こうして待ち合わせをして会うのは何度目だろうか。
前回までは次の予定は彼女が指定してきたので、連絡を取り合う必要はなかった

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はっぴぃもぉる 022

よーい、どん!とは言わずに銃声が鳴る。

その先に待ち受けるは栄光か絶望か。

思い描いていたのはゴールテープを真っ先に切る自分の姿だったが、
今思えばそんなことができるはずもなかった。

普通に学校に通っていた小学生の頃でも、運動神経抜群なんてことはなく、
運動会の徒競走で1位になったことはなく、当時花形であった最終競技のリレー選手に選ばれることもなかったのだ。

ましてや中学校に3年も通ってい

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はっぴぃもぉる 021

はっぴぃもぉる 021

先生の肥満の象徴が教室に入ってきたところで、事態は特に変わらなかった。

クラスメイトの好奇の目は止むことは無く、
先生は助け舟を出してくれる訳でも無かった。

久しぶりに、というよりもほぼ初めてと言って良いほどの登校に対し、
一言くらい先生からの紹介があっても良いのではないか、と当時は思ったものだが、
今思えばそんなことをすれば更なる好奇の目が僕に向けられるであろうことは明らかだった。

あの時

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はっぴぃもぉる 020

はっぴぃもぉる 020

 運動会のある週は、秋頃に猛威を振るう台風のおかげもあり、天気が悪い日が続いた。

このまま運動会も吹き飛ばしていってくれるんじゃないかと、内心思っていた。

先生の突飛な提案に対し面白さを感じ、安請け合いしてしまったものの、いざ本番が近づくと萎縮してしまっていたのだ。

そこは中学生らしいと言えばそうであるし、今思えばバカだなあ、可愛らしいなあ、と我ながら思う。

僕の意向に反して、当日は快晴だ

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はっぴぃもぉる 019

はっぴぃもぉる 019

 引きこもり生活三年目の夏のある日。
いつものように放課後陽が沈んでから、先生が僕の家を訪れた時のことだった。

その日は心身ともに調子が良く、玄関先に顔を出し、いくらか取り止めのない話をしていた。

そんな折、先生がふとこぼした。

 「お前が学校に来ざるを得ないような仕掛けをずっと考えてたんだ」

話の脈絡などお構いなしだ。
元来そういった切り口で話す人だったとはいえ、驚いて目を見開いたような

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はっぴぃもぉる 018

はっぴぃもぉる 018

「位置について、よーい」
どん、とは言わずに、耳をつんざく痛烈な銃声が鳴り響く。

中学三年生の運動会。つまり中学校生活で最後の運動会だった。

しかし僕にはそうした類の、いわゆる節目のイベントへの高揚感といったものやそれに伴う感動など全く無かった。
なぜかと問われればそれまでの二年間の運動会は参加していなかったからである。
であるからして、周りの同級生は最後の、僕自身としては初めての運動会という

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