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自分を守るために自分にかけた魔法の話

よくよく考えてみると、いかに自分がこの現実を自分に都合よく書き変えてしまっているかに気付く。

これまで自分に起こったこと、それを時系列的に正確におっていけば、そこに在った事実と今自分が事実としているものが全く違うという事に気づかされる。

私たちは、これまでに自分に起こった不都合な事、それを自分の中で上手く書き変えるシステムみたいなものを自分の頭の中に持っているのかもしれない。

物事をそのままに、ありのままにみるということ。それは大変な事で、実際にそのこれまでの自分に起こったありとあらゆる事をありのままに、そのままに見て行けば、自分のこの身もそして心も到底もちそうにない。私のこの身はズタズタに引き裂かれてしまう。

私たちは自分を守るために、そして生きるために、自分に起こったありとあらゆることを日々必死で自分に都合よく書き変える。そしてあたかもそれを現実であるかのように自分の頭の中にインプットする。記憶の置き換え。

そうしないと、苦しくて苦しくて生きていけない。そうしないと、この世界との折り合いがつかない。それをしなければ、いとも簡単に私たちの心は破綻してしまう。

自分がこれまで得てきた体験、経験、それを誤魔化して現実を歪めて生きる事はとても簡単なこと。これまで自分にあったことを、全部自分に都合よくその現実を置き換えて、それを自分の人生の中に組み込んでそれを自分にしてしまえば、私たちはなんなく苦しみから逃れる事が出来る。何も知らずに楽しく生きて行く事が出来る。実際問題、私がそうだった。

でも、そのこれまで自分が体験してきたこと、経験してきた事、それをありのままに見つめ、そしてそれを今第三者の目を持って見つめてみれば、そこには、これまで自分が現実だとしてきたものとは全く違った現実が顔を出す。その現実を目の当たりにしたとき、さて、これから、自分は一体この現実世界とどう折り合いを付けて行ったらいいだろうか?という思いに苛まれる。

自分のこれまでの体験、経験をありのままにそのままに追っていくと、そこには自分ではその時気づく事の出来なかった真実というものが見えてくる。

あれ?自分がこうだと思って認識していた事が全然違った。こうした新しい認識を自分の中で得る時、なんだか、一気に自分の中から力が抜けてしまう。私の見ていた現実は全てが幻だったのか?と。これまでずっと自分は現実の中で生きてきたとそう思っていた。でも、その現実が実は自分が自分に都合よく作り上げた幻だった。これがわかると、自分の中で何かが音を立てて崩れていくそんな錯覚を覚える。

これまで明るい光が差し、様々な色に輝くお花畑の中で親の愛情をたっぷりと得てこれ以上ない幸せに満ちて生きていたと思っていたその自分が、実は、絶望の淵に一人ぽつんと置かれその苦しみゆえにもがき、泣き叫んでいたのだという事に気づく。この時だ!!自分の心が一気に苦しくなるのは。この時、自分の心を襲うその苦しみは本当に辛い。目の前の光が一気に闇に変わる瞬間。

これまで肯定してきた自分の周りにある世界が、この時を境に何も肯定できなくなる。何もかも嘘だった。自分が騙されていた。私は自分で自分の身を守るために、自分の事を騙していた。その事に気づく。この時の落胆は、言葉にならない。

何もかも美しく輝いて見えていたその世界が、一気に絶望に変わる。

楽しく生きて行くには、私たちは自分の事など何も知らない方がいい。何も知らずに盲目的に生きていれば、その目が自分に向く事はない。だから、そうなれば、自分は一生自分が作った幻の中で生きていける。でも、この世界を少しでも変えたいと思うのなら、私もそうだが、私たちは自分が自分に都合よく作り上げたその幻想の中から抜けでなければいけない。その幻想の中から抜け出て、これまであったことをありのままに受け止め、それを第三者的な目をもって客観的に見つめ直すという事が出来ないといけない。

歪んだ現実の中に身を置いていたんでは、この世界は何も変わらない。私たちはもっと強くなって、自分の生きているその世界をありのままに見、受け入れる事が出来るようにならないといけない。偽りで自分を固めるのではなくて、どんなに辛くてもそこに在る現実をもって自分を自分と定めなければいけない。自分を守るために、自分を歪めていたら、その歪みがこの世界に大きな歪みをもたらす事になる。

私たちの生きる世界の為に、どうかその自分のこれまでの経験、体験をありのままに自身に受け入れて欲しい。そういった事の出来る精神的強さ、それをもってほしい。そして正しい目を持ち、客観的事実を踏まえた上で、今ある自分というものを、自分の生というものを見つめ直し、形づくっていってもらいたいと思う。

こうした事をする事は、とても辛い事。でも、それをしなければ何も変わらない。個人が皆、自分自身を守るためにその自身にかけたその魔法を解き、そしてしっかりとその現実に向き合う時、私たちは本当の意味で自分を縛っているありとあらゆるものから解放される。私たちがそうして得た精神的自由、それがきっとこの今縛られ生き場を失っている社会に、もしくは世界に自由をもたらす事になると私はそう信じています。

読んで下さりありがとうございます。



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