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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ 明治維新編

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~ の明治維新編をまとめます。
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#井上武子

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#54

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#54

12 神の行く末(1)

 公儀の直轄領だった長崎は、鳥羽伏見での敗戦を受けて奉行が退去していた。そのため、無政府状態だったところ薩摩、長州、肥前、土佐といった長崎にいた藩士たちがとりあえずの行政機能を担っていた。その状況の改善が朝廷に働きかけられ、九州鎮撫総督の沢宣嘉の参謀として聞多は長崎に赴任することになった。
 総督府や裁判所(県庁)を開庁し、行政機能を図ることになった。五箇条の御誓文といっ

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#75

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#75

16廃藩置県(1) 内々には決まっていた聞多の大蔵少輔への就任だったが、思わぬところから拒絶されるところだった。大久保利通が、聞多が造幣寮の仕事を嫌になったので、転任を希望したと思っていたらしい。そんな誤解も解けて、博文の米国渡航に合わせて聞多は上京することになった。武子も一時的に大阪に呼び、山口の母を迎えに行くことにした。
「武さん、これも新婚旅行っちゅうものかの」
「初めて二人きりということ

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#99

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#99

19 予算紛議(9)

 馨には重大な変化も起こっていた。母婦佐子が亡くなった。父親の厳しさとは違い母親からは、ずいぶん甘やかされていた。金の無心は日常茶飯事だった。そんな母に悲しい思いをさせたのは、長州藩での内訌の中心にいたことだったろう。膾切りにされ死んで当然のところを、たまたま居合わせた外科手術のできる医者に救われた。そのときには兄に介錯を頼んだところ、母が身を呈したのだった。その後の座敷牢

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#111

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#111

21 大阪会議(1)

 新聞に大きな文字が踊っていた。
「民 撰 議 院 設 立 建 白 書 」
 民の選挙によって議員を決めて、国会を開こうというものだった。これまでも民権活動家と言われる人たちがやったものはあったが、今回は政府の中枢にいた人たちも一緒に名を連ねていた。
 征韓論で下野をした、板垣退助や江藤新平がおり、でも知らない名の者が筆頭に出ていた。小室信夫、古沢滋という人物に、馨は興味を

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【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#129

【小説】奔波の先に ~聞多と俊輔~#129

23 成功の報酬(5)

 このアラスカ号は設備はよいが古いらしく、よく揺れる船で武子は船酔いに苦しんでいた。しかも、海が荒れて、ゆれは一層ひどくなっていた。あまりの事態に、武子は動けなくなっていた。
「ママは船酔いで動けんらしい。お末は父と食堂に行こう」
「ママは大丈夫ですか」
「大丈夫じゃ。わしがママの食べられそうな物をもらってきてやる」
と、二人で食堂に行き、武子のためにリンゴやバナナ、オレ

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【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#130

【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#130

24 維新の終わり(1)

 イギリス、ロンドンにつくと木戸からの文が届いていた。下宿の支度が整うまで過ごすことにしている、ホテルで馨はおそるおそる開けた。
 準備や様々なことが整わないため行くことを断念したと書かれていた。それは木戸自身が、いけないことを確信しているような内容だった。
「松さんの洋装が不細工だなんてありえんだろう」
 読んで感じた寂しさを紛らわすような言葉を口に出してみた。弥二郎

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【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#131

【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#131

24 維新の終わり(2)

 馨たち一家は、ロンドンでの初の公式行事として公使館主催の歓迎会を兼ねるパーティーに出席した。
イギリス公使の上野景範・いく夫妻のエスコートを得て、パーティー会場にでた馨と武子と末子は、久々の日本にほっと安心していた。特に武子は、いくの存在に同じ女性として安らぎを感じていた。末子は武子のそばにいて、愛らしい笑顔とおしゃまな会話で、周りの大人達に笑いを振りまいていた。一方

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【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#133

【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#133

24 維新の終わり(4)

 馨は家主のハミリーの助言を受けながら、経済学の本を読むことにした。そしてジョン・ステュアート・ミルの「自由論」の講義も受けた。他にも英語の教授のもとにも行き語学力を高めることもしていた。
 日課の散歩の一環として、日本公使館に顔をだすことも忘れなかった。留学生たちとの購読会はそういう日常の良いペースメイカーにもなっていた。しかも、その内容に即した議論をすることは、彼ら

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【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#134

【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#134

24 維新の終わり(5)

 ドイツのベルリンの公使館には旧知の青木周蔵がいる。同じ長州だし、色々相談したいこともある。だが、青木は現在進行の問題を抱えていた。
「やぁ青木、いつ以来じゃの。一度帰国した時に木戸さんの所で会って以来かの」
「多分それくらいじゃないですか。それにしても、いつもお元気で」
「ふーんおぬしにはそう見えるか」
「何かずいぶん絡まれているような」
「聞いたぞ、白い肌の女人と良

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【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#135

【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#135

24 維新の終わり(6)

 パーティの夜、武子は青い花を散りばめた、オーガンジーの生地を重ねたドレスをまとっていた。末子は可愛らしさをあわせて表現するかのような、桜色のドレスがとても似合っていた。二人をながめた馨は、満足だった。ドレスの美しさに負けない、武子の凛とした姿に見とれていた。
「馬車も来たことだし、行くかの」
 馨は、二人に声をかけた。馬車に乗る時に武子の手をとると、パリで買ったダイヤ

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【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#136

【小説】奔波の先に~聞多と俊輔~#136

24 維新の終わり(7)

 約束通り、馨は公使館へ行った。青木は公使室に茶を運ばせると、しばらく誰も近づけないように書記官たちに命じていた。
「井上さん、お約束の品物です。こちらが武子さん用で、このリボンのほうが末ちゃん用です」
「お代はいかほどかの」
「お代は結構です。これをお読みいただいて、お話をお伺いできれば」
「それは」
「木戸さんからの文です。薩摩がきな臭くなってきたと」
「大西郷が、

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