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みやまる・スポーツブックス・レビュー

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#読書感想文

猪木の粋な息づかい:アントニオ猪木「猪木詩集『馬鹿になれ』」

猪木の粋な息づかい:アントニオ猪木「猪木詩集『馬鹿になれ』」

「そのまんま」の猪木

 昨年10月1日、アントニオ猪木の訃報に接した際、「あの猪木さんでも、最期にはやっぱり天国へ行ってまうんだ」という風に感じた。一度生で目にしたことがあるにも関わらず、どこかマンガのキャラクターのような、我々一般人とは明確に一線を画す存在のように感じていたのだ。あの「猪木」に「死」なんて似合わない。心のどこかでそんな風に思ってしまっていた。

 私が大学生だった10年前、西武

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江分利満氏の静謐なる職業野球論/山口瞳『昭和プロ野球徹底観戦記』

江分利満氏の静謐なる職業野球論/山口瞳『昭和プロ野球徹底観戦記』

 山口瞳の直木賞受賞作、『江分利満氏の優雅な生活』は文学というジャンルの奥深さを柔らかく指し示す小説であった。「every man(普通の人)」から命名したであろう、著者の分身たる江分利満(えぶり・まん)氏が送る戦後のサラリーマン生活は、家庭も仕事もどこか不完全で欠けている印象であるが、そんな日常も悪くはない。そもそも戦争で死ぬはずだったのに、「普通の人」となったのだから……。敗戦を「僥倖」と表現

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光も影も紙一重のリーグを語る:松井大輔「サッカー・J2論」

光も影も紙一重のリーグを語る:松井大輔「サッカー・J2論」

松井大輔というと、私はルマン〜グルノーブルに所属していたころの印象が強い。独W杯(06年)前後のイメージだ。当時「海外組」と言うと、まずトップに中田英寿が居て、小野伸二・稲本潤一らの99年のワールドユース準優勝組が、“ポスト・ヒデ”を虎視眈々と狙っていた。そしてWY組の少し年下の松井も、フランスから小野らを飛び込えて、その座を狙っていた。
 松井はその後、ブルガリアやポーランド、現在ではベトナ

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ありそうでなかった野球と鉄道の関係性を紐解く一冊:田中正恭『プロ野球と鉄道 新幹線開業で大きく変わったプロ野球』

ありそうでなかった野球と鉄道の関係性を紐解く一冊:田中正恭『プロ野球と鉄道 新幹線開業で大きく変わったプロ野球』

 3番“でひす”(リチャード・デービス)、4番“ぶうま”(ブーマー・ウェルズ)、5番“みのだ”(簑田浩二)。86年末に発売されたファミコンの野球ゲーム『ファミリースタジアム』(いわゆる初代『ファミスタ』)には、阪急、近鉄、南海の近畿圏の鉄道会社の球団の連合チーム、レイルウェイズが収録されていた。西武が隆盛を極めていたころだが、上記のクリンナップトリオに加え、ここに“まつなか”(松永浩美)や“やまだ

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「栄光」という光の裏側にあるもの:沢木耕太郎『敗れざる者たち』

「栄光」という光の裏側にあるもの:沢木耕太郎『敗れざる者たち』

 中学生の時に2002年のサッカー日韓ワールドカップを取材した『杯(カップ)-緑の海へ-』を読んで以来、スポーツや映画を中心に様々な沢木耕太郎「私ノンフィクション」を読んできた。都会的でありながら、アスリートや役者の肉体にこもる芯の熱くなる部分も忘れない、シャープな文体のファンである。
 今回の『敗れざる者たち』については「なんで今まで読んでこなかったんだろう…」と、少し後悔すら感じるような「珠玉

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黄金期を作った“寝業師”の面倒見の良さとは:髙橋安幸『根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男』

黄金期を作った“寝業師”の面倒見の良さとは:髙橋安幸『根本陸夫伝 プロ野球のすべてを知っていた男』

 所沢の僕の実家の近くに根本陸夫邸があった。根本は99年に亡くなっているし、他の家族が住んでいる気配も無かったので大した接点とは言えないが、それでもずっと掛かっていた「根本陸夫」の表札を見ると背筋がシャンとした。西武ファンとして、野球ファンとしては、名前を見るだけで凄みが伝わる人物であった。

 本著は旧制中学から近鉄まで長らくバッテリーを組んだ関根潤三はもちろんのこと、工藤公康、大久保博元、

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猪木が北半球と苦闘した熱い1年:柳澤健『完本 1976年のアントニオ猪木』

猪木が北半球と苦闘した熱い1年:柳澤健『完本 1976年のアントニオ猪木』

 アントニオ猪木のタオルと同じく真っ赤な表紙と、文庫にして500ページ近い束の厚さ。正直なところ、「プロレスは詳しくないが、猪木はなんとなく好き」という知識の自分が、この迫力ある本を読み通せるか自信が無かった。だが、数多の当事者の証言からパキスタンの新聞記事に至るまで圧倒的な取材量で、あっという間に当時のプロレス・格闘技の世界に引き込まれた。
 猪木は1976年にウィリエム・ルスカ(オランダ)、モ

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