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創作SS『グレーパステルの夕暮れ』#シロクマ文芸部

冬の色はグレーパステル。灰色がかった淡い夕暮れ。吐いた息が長く残留するから、にじんでゆくだいだい色が泣いていた。心臓が内側で熱く鳴り響いて、寒い気温と競争しているようだった。駆け上がってゆく呼吸。たった、たった、たった、たんっ。頬が赤らんでくる。早くなってくる足取り。雪で滑って、つるり。尻もちをつく。どこまで行っても届かない、うちの明かりを捕まえたかった。

『ねえ、A、どうやったら、うちの明かりを捕獲できるの?』
『Zの言っているのって、どの明かり?』
『もうこの世界には、存在しないわ』 
『じゃあ、捕獲できないじゃない』
『だから欲しいんだよ、あたたかいうちの明かりが』
『じゃあ、自分で作りなよ』
『どうやって?』
『ほら』

Aはマジックみたいに
とおい明かりを掴んで
ポケットに捻じ込んだ

『家に持って帰って、屋根裏部屋で育てるんだ』
『明かりって、育てるものなんだね』
『ほら、種をあげる』

Aはちいさくて、うつくしい炎をビー玉に閉じこめた。

『でもA、私、もう帰る家がないの。お父さんとお母さんが離婚したから、今、施設にいるの』
『しーっ、耳を澄ましてごらん』
『……z、z、z、Z、Z、Zー!』
『あ、お母さんの声だ』
『ほら、大事に育てるんだよ』
 
受け取ったビー玉は、じんわり温かかった。真っ青なブルーの硝子玉の中で、赤い炎が燃えていた。

『ありがとう。希望の種だね。大切にするよ』
『こちらこそありがとう。君は僕の幸せの素だから』

Zの母親がグレーパステルの世界から、飛び出してきた。たくさんの明かりの中から。

『Z、ごめんね。施設に迎えに行ったんだよ』
『お母さん、会いたかった。また一緒に暮らせるの?』
『Z、また二人で始めよう』
『お母さん、ふたりの明かりだね』
『うん』
『A、ありがとう、A?』

振り返ると、スノードームが並んだアパートの一室にいた。あたたかいちいさな明かり、これから育ててゆくふたりの明かり。ビー玉をぎゅっと握りしめた。

冬の色はグレーパステル。灰色がかった淡い夕暮れ。みんな寒い手を擦りながら、帰り道を急ぎ足で歩いている。息が上がってゆく。早くあたたかい明かりのなかに帰りたい。たった、たった、たった、たんっ。所々、滑って、転ぶひとたち。そのなかの明かりには、星屑みたいな幸せが瞬きながら息づいている。


photo:見出し画像(みんなのフォトギャラリーより、riamritaさん)
photo2:Unsplash
design:未来の味蕾
word&story:未来の味蕾

#シロクマ文芸部
#冬の色

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